第33話 氷神降臨
「アルハザード君を捕まえて話し込んでいた儂が悪いんじゃが、少々レナート君を無防備にさせ過ぎた。お母様には申し訳ない」
老魔術師がヴァイスラに謝った。
「この子に十分な護衛をつけて貰えないのなら今度は私も舟を降りるわ」
薬師として優秀なヴァイスラは貴重であり、舟に残って貰いたい。
祖父のホルスも竜殺しの特技があり、貴重な人員である。
そんなわけで舟に残って貰っていたが、大事な娘が傷だらけになって帰ってきたのでヴァイスラは憤慨している。
しかも強敵との止むを得ない戦いではなく、油断で一般人に傷つけられたというのだからその怒りもひとしおである。
「今後は偵察して安全を確認した後か、敵の存在が確定した時にだけ出て貰う。それでどうじゃ」
「まあ、いいでしょう。それで今後の方針は?」
「使い魔と別動隊が有力な火神の信徒集団を発見した。改宗しないようなら始末する。エニプスにいた民間人も火神の祭壇を築いていた」
「殺しちゃうの?」
地下倉庫の襲撃者はともかく彼らからも逃げ回っていた人まで火神に力を与えるからと殺してしまうのは残酷だとレナートは非難の面持ちで老魔術師をみつめた。
「君が女神らしいところを見せてやれば君の信徒になるじゃろう」
「じゃあ、この船の食料あげちゃってもいいかな?彼らも好きで人を食べていたわけじゃないと思うの」
「むう」
火神との戦いの後は地獄への遠征がある。世界中から食糧を集めてはいるが、役に立たない人間に施しなど与えたくはない。
「別にいいでしょう、老師。食糧は無限に増えるのだから」
あまり口出ししなかったアルヴェラグスが助け舟をだしてくれた。
「ええっ、そうなの?」
東方圏から相当な量の食糧や医療物資が支援されているとは聞いていたが無限とは知らなかった。
「無限といっても増え方はゆっくりじゃ。勘違いするでない」
「あ、そうなんだ」
「倉庫の人肉は回収して、獣人に交換して貰えばいい。何も無駄にする必要はない」
消費速度の方が速いので、老魔術師は渋っていたが火神の力を弱めるモデルケースになるということで施しを与える事に同意した。
世界中の全ての命は他者の食糧であり、人間も例外ではない。
ここにいる人間は人間を食料品として扱う事自体にいまさら異議は唱えない。
「でも、あいつら頭おかしい感じだったけど恩義を感じるかな」
スリクもあまり施しには乗り気でなかった。
「狂気の神の使徒に言わせて貰えば人は狂いたいから狂っとるんじゃ。ほんとに頭の壊れた人間などごく少数。奴らには欲しいものを与えてやればよい」
「欲しいもの?食べ物?」
「食べ物、罪の許し。過去を無かったこととし、新たな名と土地、希望。そういったもんじゃ」
「彼らが望んだらフォーン地方に連れて行ってあげてもいい?」
「事が済めばな。土地なら腐るほど余っとる」
「じゃあ、やってみようかな。気候は・・・・・・」
この舟、湖から離れると南国のうだるような暑さになっている土地だ。
もう気にしてもしょうがないとレナートは割り切った。
◇◆◇
顕聖グラキエース。
ペレスヴェータに教えて貰った合言葉で自分とグラキエースの魂を同調させる。
ただの自己暗示なので言葉は無くてもいいのだが、今は力を借りるだけでなく人々をひれ伏せさせる神威が欲しい。
レナートはエニプスの街全体を取り込むほど大きな神域を創りあげた。
街に隠れていた人間達は火神の祭壇に火をともしていたが、舞い降りて来た雪の結晶と共にその火が消えてしまった。
駐屯して貰っていた部隊には伝えていたが、聞かされていない住民は巨人が雪と共に降りてきたと思って慌てて隠れつつ、祭壇の火を消された事に不満そうな声をあげた。
神域に取り込んだのでそんな感情も伝わってくるが、祭壇のあたりは完全に取り込めていない。異物が体の中にあるようで不快だった。
”こんなもの!”
腕を振るうと地吹雪となって祭壇が消し飛ばされた。
”我が名はグラキエース。氷の女神であり、北の守護者。荒れ狂うナルガを鎮めしもの”
口をついて出る言葉は自然と古代神聖語になってしまうが、同行している魔術師が同時通訳で帝国語に翻訳し、拡声魔術で街中に広めてくれた。
(意外と芸達者じゃな)
容姿は似ているが、今はキリっと表情を引き締めて大分雰囲気を変えているので魔術師は少しばかり驚いた。レナートは孤独に過ごしていた時間が長く、そこそこ裕福だったオルスに買って貰った本の世界に没頭していたので割と演技派である。
孤立し愛されず、理解されない絶望を取り繕う為に自然と演技するようになり、幼少期に出会ったエンマのような貴婦人の影響も大きい。
あとはペレスヴェータの真似をしていればなんとかなるだろうと北の地でも乗りきった。
”火神はお前達に温もりと糧を与えたかもしれないが、彼らは地上に降臨しないという誓約を破り、お前達にも共食いという禁忌を犯させた”
じゃあ、あなたはどうなんだという心の声が伝わってくる。
”火神は天神に属し、二度と地上に干渉しないという誓約を課されているがわたくしは違う。地上の神であり、今は冬の時代、その守護者である。自然の成り行きに逆らい火神が干渉していい時代ではない”
彼らを説得する為に紡ぎ出した言葉だが、自分で言っていてストンと胃の腑に落ちてきた。
現代の寒冷化に冬を司る神は関わっていない。
”生き抜くために抗うのはいい。しかしたとえ神であろうが人間であろうが、自然を従わせてはならない。このように不自然なものはグラキエースの名において抹消する!”
わずかに残っていた火神の祭壇の結界も消え去り、周囲の気温は一気に下がった。
(説得して信徒にするのでは?)
”あ”
つい不快感のまま行動してしまった。
”到来したばかりの冬を夏にすることはできない。わたくしはお前達に冬の時代でも生き抜く術を教えよう”
とりあえず軌道修正を図った。
そして舟から神器で持ち出した食糧を出現させて配布させる。
小さな籠に大量の物資を格納させる神器でグラキエースとは何の関係もない力だが魔術師の演出でどうにか格好がついた。
◇◆◇
「どうにかなった?」
グラキエースの姿のまま街の広場で皆に状況を確認する。
「貰えるものは貰っておくという者が多いじゃろうが、多少理性があるものの心には響いたようじゃ」
「ま、そんなもんだよね」
魔術師はいちおうフォローを入れてくれたが信徒として鞍替えするほど影響力は与えられなかったようだ。
「なかなか悪くなかったと思うぞ」
アルヴェラグスはそれなりに評価してくれているらしい。
彼は舟に残らなければならない立場だったが、いいからいっといで〜と言われてヴァイスラの手前もあり警護の為に今度は来てくれた。
「そうですか?」
「ああ。東方圏の熱帯地方にも雪が降るようになってしまったが、作物を品種改良して皆、たくましく生きている。この地で育つ作物についても我が神に協力して頂けるだろう」
「だといいな〜。はやく森の女神様にも会ってみたいな~」
地上に降臨していて、もと人間の神は他にいないので会った事もないのに妙な仲間意識があった。
「その前に・・・」
「うん。ちょうど来たみたい」
神域に再び異物、侵入者の気配を感じた。
火神の到来だ。
体調がいい時に進められるだけ進めておきます。




