第32話 秘密の花園④
エンマは寮に入る前に『寮生のしおり』というパンフレットを渡された。
さっそく生活するに当たり注意事項を読んでみたが・・・
「寮の規則は『汝のなしたいように為すが良い』?どういうこと?好きにしていいってことかしら?」
先に入寮していたグランディーにどういうことか、と訊ねた。
「私も管理人に聞いてみたけど本学院に入学許可を得ている時点で立派な人間と認められている以上、君達に規則など必要ないですよね?という創立者の理念だそうです」
「・・・聖堂騎士団と同じってわけね」
寮に入るとグランディーが恐れた通り、次々と寮生がエンマのもとに挨拶にやってきた。
「御機嫌ようエンマ様、私は遠縁にあたるブレスト伯爵の姪で・・・」
「エンマ様、私は大公殿下の食卓に献上させて頂いております御用業者の・・・」
「殿下に献上させて頂きたい一品がありまして、是非ご挨拶を・・・」
コネを得ようと貴族、平民問わず東部出身者が次々と挨拶にやってきてエンマも応対に疲れて扉に就寝中の札を下げさせて侍女に扉の前に立たせ群がる女生徒を追い払った。
「で、ほんとに決まりはないのかしら?」
ようやく落ち着いてレナートに淹れて貰った茶を飲み、エンマは再度確認した。
「学院としては無いそうだけど、寮の自治会は決まりを設けていて男子生徒の立ち入り禁止、家族との面会は面会室だけ。毎日掃除すること、毎日点呼を取るので風紀委員の指示に従う事、飲酒禁止、魔術の使用禁止とか当たり前の事ばかりよ」
エンマは大抵の規則には納得したが風紀委員の指示に従えという部分は難色を示した。
「このわたくしにどこぞの馬の骨の指示に従え、と?」
「学院内では身分をひけらかす事禁止、貴族も平民も平等に生徒であることを忘れないように、ですって。皇家の御曹司やパーシア様もいらっしゃるけどみんな同じ立場よ」
「・・・そういえばアルキビアデスもいるのね」
「天爵様にさえ暴行を働いた男ですから私達も気を付けましょう」
「ぼうこうってなーに?」
エンマの髪に次々花を活けて遊んでいたレナートが口を挟んだ。
エンマの頭は春の花々でなかなか派手な事になっている。
「とっても痛くて嫌な事をされることよ。傷が残っていると知られると女としては一生を無駄にしかねないわ。さて、外も静かになってきたことだしさっそくお風呂にでも入りましょうか。レンの体の事も気になりますし」
「冗談じゃないんですから皆の前で吃驚しないでよ?」
◇◆◇
エンマの侍女は自分も荷物の整理があるので、と侍女用の館へ向かった。
エンマ、グランディー、レナートは浴場へと向かったがその途中でパーシアに遭遇した。
「あら、ようやく来たんですね。エンマ様」
「御機嫌ようパーシア様、貴女は二年生?先輩にあたるのかしら」
「そうね。寮の決まりの事は聞きました?」
「ええ、風紀委員とやらに従わなくてはならないとか」
「お嫌なら自分が立候補することね。私のように」
パーシアは二年生の風紀委員になったが、実際の業務は面倒なので他人に丸投げしている。
摂政の娘なのでいくらでも彼女に従ってくれる人間がいた。
「なるほど、検討してみます・・・レン?」
検討してみるといいつつエンマは面倒な立場に立つ事を嫌って、グランディにやらせようかと考えていた。ちょっと思案している間にレナートが後ろから歩み出てパーシアに近づいていくので何をするつもりかと声をかけた。
「お姉ちゃんにこれあげる」
レナートはパーシアの首元にマフラーを巻いてやろうとしていた。
「別に寒くないから必要ありません」
パーシアは何、この子という顔で一瞥し受け取ろうとしなかった。
レナートはそれでも背を伸ばしてなんとか首に巻いてやろうとしていた。
「一生のお願いだから受け取って」
「レン・・・どうしたの?あっ・・・」
「何か?そういえばこの子前に会ったかしら」
「ええ、グランディの侍女になったのよ。この子。つまり我がクールアッハ家所縁の者ね。是非受け取って下さる?パーシア様」
「エンマ様がそうおっしゃるなら・・・」
パーシアは屈んでレナートのしたいようにさせてやった。
「あら、なかなかお洒落じゃない。レン。パーシア様、顔色が良くないようですから今日は入浴は避けて侍女にでも体を拭かせた方がよろしいでしょう。では御機嫌よう」
「???」
◇◆◇
脱衣場でエンマはレナートが本当に性転換してしまったことを知り、事前にグランディから注意されていたにも関わらず驚きの声を上げた。
「一体何がどうなっているの?」
グランディに質問攻めにしたが彼女もペレスヴェータとかいう親類の魔術師の影響かダナランシュヴァラ神の影響のせいだろうという推測を述べるしかなかった。
「原因よりオルスさんにどう説明したものか、一緒に考えてよ」
「わたくしが知るものですか」
他の女生徒も浴場にいるので二人は小声で相談している。
「預かっていた息子さんが娘さんになっちゃったのよ?」
「父親には戦士として望まれたり母親には娘さんとして望まれたり、レンには同情するわ」
「私達だって親に命じられるまま政略結婚の道具となる運命でしょう。貴女ほどの貴族なら違うのかしら」
「わたくしはわたくしで家臣に下げ渡されてしまうか、あのアルキビアデスの所へ嫁がされるかのどちらかよ」
対等の大公同士の縁組は皇家に警戒される為、基盤を固める為に家臣に嫁ぐか、皇家の誰かに嫁ぐかのどちらかで気位の高いエンマには屈辱となる。母は結婚してから初めて愛を育み幸せだと言われたが、臣下の娘から栄誉ある大公の妻となったので当然だろうと考えていた。
「嘘、あのアルキビアデスと結婚するの?」
「アルシオン様は既に奥様がいらっしゃるからアルキビアデスしか年齢の近い同格の相手はいないもの。でも、あんな奴の妻になるくらいなら神殿に入るわ」
外国と違って帝国では国法により貴族の女性にも婚姻の自由があり、裁判所に訴えれば強制結婚は回避出来る。しかしながら経済的に自立出来ない貴族女性は家から放り出されたら自力で生きていくことは難しく政略結婚は受け入れざるを得ないのが実情だった。
彼女達を受け入れられるのは政治から独立し、貴族、権力者の干渉を受けない神殿、修道院くらいなものだった。いわゆる”駆け込み寺”のようなものだ。
「貴女が『神の妻』になれるとは思えないわ」
近代に入り、信仰が薄れてしまい寄付が少なくなった為、神殿側も誰でも彼でも受け入れる事は出来ず献身的に神に仕える事を宣誓しなくてはならない。それが『神の妻』である。
契約の神アウラと婚姻の神エイラシーオに誓って一生を神に捧げる事になる。
誓えば世俗の権力から解放されるが、違反すれば激しい頭痛が与えられ最終的には発狂する。
異性との性交渉は許されず、髪を剃り、己のマナを毎日神に捧げる。
奉納の儀式では気を失って倒れる者が続出し、寿命も短くなってしまう。
日が昇る前に起きて神殿の清掃を始め、貧困者や老人、身体や心に障害を負った者の世話をして毎日を過ごす。膿が吹き出し悪臭がする患者の世話や老人の排泄の補助までしなくてはならない。
「そうね。破約の神に宗旨替えして『神の妻』から逃げ出してきたお嬢様をたくさん知っているわ。結局ブラヴァッキー伯爵夫人のいう通りにするしかないわね」
「後は学院でいい男を見つけて、父に我が家にとっても利益をもたらす存在だと事を証明して貰うとか」
「確かに。それもあるわね」
どうせ政略結婚するのなら自分で相手を見繕うという手段もある。
親子の仲が良ければ認めて貰える場合もあった。
◇◆◇
エンマとグランディーの会話が深刻になるにつれてレナートは自分が口を挟んだら不味そうだと悟って、少し距離を置いていた。
「はひー、暑いよう」
レナートが湯舟から上がって縁の所に座り片膝を立て、両手を後ろにつき、頭を上げて息を吐いて涼み始めた。
「あ、こら。はしたない。足を閉じなさい」
「ふえ?」
エンマに叱りつけられてもレナートには何のことだかわからない。男の子としての意識の方がまだ強かった。
「はしたないってなーに?」
「恥じらいを知らないということよ。今は女の子なんだから女の子らしくなさい」
「女の子らしくってなーに?」
「・・・何でもかんでも聞かずに自分で考えてみなさい。ディーもずっと一緒にいたのなら注意くらいしたらどうなの?」
むむむと唸っているレナートを尻目にエンマはグランディーにも矛先を向けた。
「といってもレンちゃんに女の子としての自覚を芽生えさせたらますます男の子に戻れなそうな気がして・・・」
「わたくし達が責任を持つような話ではないでしょう。レンは男の子でいたいの?女の子でいたいの?どちらなの?」
「ボクはどっちでもいいもん。お父さんとお母さんに望まれる自分でいたい」
「自分の人生でしょうに」
「お父さんとお母さんに喜んで貰えればボクは幸せ」
「そう・・・それがお前の選択ならいいけど」
じゃ、そろそろ上がりましょうかと三人が出て部屋に戻るとパーシアの侍女がやってきてマフラーのお礼にと兎耳フードのついたパーカーを渡してきた。
以降レナートのお気に入りとなり目立つ銀髪を隠す事になったが、それはそれで可愛らしいと目立つ事になった。




