第20話 公都タルトムードの戦い②
エンマはアルピアサル将軍に守られて城内に戻り、守りを固め、アヴァリスに軍の精鋭を率いさせて怪物を掃討し、公都の衛兵を集結させつつ市民に郊外への退避を命じさせた。
出来るだけのことはしたが、市街地の指揮命令系統は破綻しており整然と退避することも集結も不可能だった。
城の守りが固く怪物たちは城を攻撃せずに市街地を荒らしまわったが、だからといって増援を出す事も出来ない。
歯痒かったが、今は戦力を少しでも集中し温存させることに努めた。
そうこうする内にどんよりした雲を裂いて戦車の一団が現れた。
「また怪物か?」
アルピアサルがそう思ったのも無理はない。
戦車を牽引するのは角から青い炎を吹き出す牛だった。
戦車に乗る人物も髪が炎のように赤く揺らいでいる。肌は褐色で半裸の人間のようだった。
その男の指揮で似たような戦車が降下してきて市街地の怪物の蹂躙が始まった。
怪物たちを跳ね飛ばし、戦車から投じられる槍や弓矢が怪物たちを狙い、人間を狙っている様子は無かった。だが、戦車が通った後は炎の渦が巻き起こり市街地全体が燃え始めてしまう。
「なんてことを!」
怪物よりも戦車の男らによる被害の方が遥かに大きくなった。
怪物たちは数百体なのか数千体いるのか分からないが、市民の全てを殺し尽くせるほどの数はいない。先ほどの蛙人間も毒は厄介だが、倒せないほどの強さではない。
しかし、このまま市街地全体が炎上しては市民は全滅する。
現代の都市においては火災こそがもっとも恐れるべき敵である。
「戦車を撃ち落としなさい。そして城内の魔術師を全て集めて市内の鎮火を」
エンマの命によって城内から発砲が開始され、増援も送り込まれた。
◇◆◇
市街地では三勢力の戦いが始まり、状況はより一層混迷を深めた。
危険だったが、エンマは城の屋上から指揮を執った。そこでなくては状況を掴むことが困難だったからだ。
怪物はそこに到達することは出来なかったが、空を飛ぶ謎の集団はやってくることが出来た。
天馬のように空を走る馬が舞い降りてきて、エンマに向かって炎の槍を投じる。
アルピアサルは槍を打ち払うべく魔剣を構えたが、その必要は無かった。
”槍持たぬ裁断者よ”
大公家の城には神代から続く守りが宿っており、エンマにはその力を行使することが出来る。炎の槍は雲散霧消し、謎の兵士はさすがに予想外で驚いたようだった。
「装填、狙え」
アルピアサルは魔導銃兵に指示を出す。
怪物と同様現世の生物とは思えず、通常弾より魔導銃の方が有効だと判断した。
”待て”
古代神聖語で敵兵は語りかけてきた。
それに応じてエンマもアルピアサルを手で制しながら言葉を返す。
”何者か?”
”我は神兵ニーガ”
”神兵ベアル”
”同じくメギド”
神兵と名乗る者達は次々と集まってきて名乗った。
”汝らの処分は命じられていないが、敵対するのであれば焼き払う”
”この地から去りなさい。去らないのであれば撃ち落とします”
敵対もしていないのに市民ごと焼き払っておいて何をいうか、とエンマは毅然とした反応を返した。
”我々は汝らを助けてやっているのだぞ”
”あれで?”
エンマは炎上する市街に視線をやった。
話している間にも被害は拡大している。
”今すぐ去りなさい”
”我々は害虫を駆除しているだけ。神の使いに対して無礼であるぞ”
”何処の神であろうと関係ない。例え守護神であってもわたくしは『失せなさい』と命じます”
”なんと傲慢な!”
神兵達はいきり立ち再び武器を構えた。
”そもそも神々は現象界に二度と干渉しないと誓った筈”
エンマもすっと腕をあげて銃撃の合図を送る。
”ここは既に現象界ではない。異界と混ざっている”
”くだらない言葉遊びで誓約を破る神など神ではありません。我が守護神、法と契約の神、槍持たぬ裁断者アウラとエミスの名の下においてお前達を断罪します”
エンマの発言によりアルピアサルも攻撃を決断した。
「撃て」
銃兵達は一斉に射撃したが神兵は雲散霧消したかのように姿を消して回避し、しばらくしてから姿を現して武器を投じてきた。
エンマは再び城自体が持つ力を発動して自分と部下達を守る。
”おのれ、猪口才な”
どちらも有効な攻撃手段に欠けている。
アルピアサルは彼らが降下して直接戦闘して来ないのは接近戦は不得意なのだろうと判断した。姿を消す前に攻撃を当てるか、格闘戦をしかけなければならないがこちらにはそんなことが出来る人間はいない。
「炎の神に仕える神兵ならば軍神の眷属だろう。姿を隠すとは卑怯なり」
”隠してなどいない。お前達には我らの真の姿が見えないだけ”
平民が魔力に覆われた貴族を傷つける事が困難なように、第一世界の住人は神力で守られている。
三人の神兵は分散して囲み、エンマの注意を逸らし始めた。
強力な結界を持つエンマに攻撃のタイミングを分からないようにするつもりだ。
次の攻撃は防ぎきれない。
エンマはぐるぐると回る神兵を睨みつけたが、三人同時に視界に納めるのは無理だった。
「せいやっ」
ちょうど正面のニーガを睨んでいた時、その横合いから飛び蹴りをかましてきた人物がいた。
「レン?」
随分長い間会っていなかった。どうやら東部の山岳地帯を天馬で走り回って亡者の襲来を防いでいるらしいと聞いていた。連絡役として来るのはソフィアばかりでどうも避けられているらしかったのに。
「こんにゃろ!」
蹴り飛ばして地面に叩き落した神兵に向かって手を伸ばし、虚空を掴むように握りしめるとニーガは凍結して砕け散った。
「次」
レナートは氷の槍を空中に創り出して、ベアルに投じる。
ベアルはまた霧のように姿を消したが、レナートは神域を出現させてそれを防ぐ。
”逃がさないよ”
神兵は再度出現し、一瞬で氷の世界に閉じ込められ、神兵達は神力で自らを覆い、この世界で姿を消す事は出来なくなった。
”失せろ!”
神兵二人を全周囲から覆う氷柱が出現して同時に氷の槍となって彼らを襲った。
「あ、待ってレン!」
どうもレナートが圧勝しそうだと気付いたエンマは捕えて情報を聞くべく制止したが、間に合わず神兵達は蒸発して消えてしまった。
消滅させてしまったレナートは制止の声にあっと気付いたがもう手遅れだった。
神域を解き、バツが悪そうに降りてきた。
「もう、そんな顔しないの。すっかり立派になったのに。助けてくれたありがとう、レン」
「ごめんなさい。エンマ様。あいつらに何か用だった?」
「何者か知りたかっただけ」
「あ、それなら分かります。火の神オーティウムの神族だって言ってました」
「そう、やっぱり」
特徴が有名な神像の通りだったのでそんな気はしていた。
氷の神がいるなら火の神も実在するだろう。
最初に見たオーティウムらしき姿は無く、戦車は何処かへ走り去っている。
「それにしても大きくなったわね。見違えたわ」
エンマが最後に会ったのは幼児の頃なので、普通はなかなかわからないだろう。
「良くわかりましたね」
容姿はソフィアから聞いていたとはいえ、肖像画があったわけでもないのに。
「凛々しい横顔がなんとなくね」
「えへへ」
「子供っぽいところも残ってるのね」
「いやあ」
「それにしても強くなったものねえ」
「でへへ」
しきりに照れるレナートだった。
「ところでわたくしの街をレンの力で助けられないかしら」
市街地の炎上は続いているが、化け物は焼き払われ、戦車も走り去っていた。
「お安い御用ですよ。ちょっとウェルスティア呼んできます!」
レナートに宿る顕聖グラキエースは久しぶりに姪を呼び出して鎮火させた。




