第13話 三ヶ月前 ~自然主義団体ヤミス教団~
裸人教徒ほど尖った団体は少なかったがフロリア地方にも自然主義を尊ぶ団体がおり、彼らは獣人達との融和を説いていた。
フロリア地方では肉食系獣人の立ち入りは制限されており、草食系の獣人に粗暴な獣人もいないでは無かったが犯罪率は人間達とさほど変わらなかった為彼らの活動に理解を示す者もいた。
創始者のヤミスは獣人のように植物だけで人間も健康に生きていく事が出来ると説いて実践した。一部の栄養学者や動物学者は体の構造が違う、我々は獣人と同じものを食べても同じ結果は得られないとして反対したが、民衆に人気の高いエイラシルヴァ天爵は僅かな木の実しか食べず、献上品はプランの実だけ受け取って極上品の肉類は全て貧しい者に分け与えていた。
その逸話を持ち出されると学者達の反論は尻つぼみになり、国の後押しもあってヤミスの教団は全国規模に拡大した。
出版業界は国が抑え、労働力の大部分を食糧生産、加工業に振り分けた結果、学者達の弁論活動は減っていった。議会は王に強権を与えて、自宅に一定以上の敷地を持つ者は知識人であろうと家庭菜園を設ける事を強制させ食糧生産に国力を振り向けていた。
ヤミス教団の働きかけもあり、当初より多くの獣人がこの地域にやってきたが彼らは重労働を引き受けてくれたので民衆の反応も好意的だった。
ヤミスは現実的な男で全ての信徒に菜食主義を強要せず出来る所から徐々に、と促した。
フォーン地方では家畜の所有が禁止されていて、フロリア地方にも導入されると聞いたが、ヤミスは交渉で豚や牛など一部の家畜は今のまま所有し食用にすることも獣人の長に認めて貰った。
獣人達は各種族ごとに分かれて暮らしている為、同意を取り付けるのに時間がかかったが、彼の忍耐力は報われてさらに信徒が増えた。
勢力が拡大すると一切の肉食を止めた者、毛皮製品の使用を止めた者、乳製品に限っては許容する者、細かい派閥が出来ていき、過激派はヤミスの現実路線を嫌って独自の団体を作っていった。
◇◆◇
「ヤミス、お前の尽力には助かっている」
「恐縮です」
ある日、ヤミスは国王ショゴスと会談をもった。
王に無礼があってはならないと出来るだけ短く返答するよう侍従に指示を受け、いつもその通りにしていた。
「多少の混乱はあれどどうにか統治はうまくいっている。今後も協力して貰いたい」
「勿論です陛下」
ヤミスは精いっぱいの礼儀を払ったが、ショゴスは皮肉気な笑みを浮かべている。
(何か失礼を?)
彼は支配者達に重宝されていたが、やはり平民ということもあって時折侮蔑の視線は感じる。
しかし今回は違う気がした。
「何でも無い。最近、あちこちから赤い目と舌を持つ火蜥蜴を見たという報告が相次いでいる。南方圏にしかいない筈の魔獣だが、獣人が連れて来たかと思い聞いてみたが違うという。お前達は知らないか?」
「いえ、存じませんが確かに畑付近で藪の中から赤い目にじっと見つめられていたという話は聞きます」
「ふむ、お前も詳細は知らないか。まあいい。それよりワルドという男を知っているな?」
「はい、過去私どもの団体に加わっていた事がありますが他の信徒に対して攻撃的な言動に及ぶことがあり、何度か叱った所姿を見せなくなりました。風の噂では独自の団体を作ったとか」
「うむ、その男だが少々やり過ぎているようだ。獣人との融和を説いてくれるのはいいが、親しみを持ちすぎているようでな」
「どういうことでしょう?」
「知らないのか?」
ショゴスは値踏みするような視線を送った。
「恥ずかしながら私一人では離脱した者が何をしているかまで把握しきれません。今や支部は何百とありフォーン地方でも同様の思想を持った団体が結成されたとか」
信徒の行動を把握するだけでも大変で、追従者がおべっかや讒言をしてくる事もある。
真偽も分からない話が多く、彼は抜けた者の行動にまでいちいち気を使ってはいられなかった。
「では読むがいい」
ショゴスは侍従から資料を渡させた。
**************************************************************************
◆ヤミス教団ワルド派に関する動向調査
信徒数:900人
内訳:男性150人女性650人獣人100人
教義:獣人との融和
活動内容:理解促進の為の交流会
告発者:トルカ村の女性信徒アマンダ
告発内容:薬物を嗅がされ意識が朦朧としている時に獣人と強制性交させられた
調査結果:告発者死亡により真偽不明。アマンダは堕胎したとのこと。内偵したが事実確認出来ず。しかしながら同様の訴えが数件あり、以降の調査はヴォルジュ伯に依頼。
**************************************************************************
次のページには他の信徒への質問や、獣人への質問などが記載されていた。
大貴族の領内では国王の部下といえども自由な調査を行うのは困難で信徒達から協力は得られなかった。その為、地元領主に調査を依頼し、獣人達については王から実態解明を依頼するに留まった。
二枚目以降についてはヤミスはいったんパラパラと捲って流し読みにした。
「アマンダはどうやら自殺したようだ。生まれた子は奇形だったらしい」
「では、その・・・まさか獣人との?」
「恐らく。夫からも協力は得られなかった。近所の人間からもな」
「子を失ったせいで妄想に囚われていたということはありませんか?この報告書ではヤミス教団となっておりますが、酷い名誉棄損だと強く訴えさせて頂きます」
「お前の影響を受けてワルドという男が起こした団体であることには違いない」
ヤミスにとっては酷い話だが、支配者からみれば大枠で同じ集団ということになる。
「だが愛の女神の出産同盟という産婆会から奇形の子があまりにも多すぎると訴えがあった」
古来から彼女らは成長しても生存が困難と思われる哀れな子を産湯に沈め、冥福を祈ってきたがあまりにも数が多くなって精神に支障をきたしてしまうものが続発し産婆会は王に対して調査を求めた。
まったく別件での報告だったが、たまたま目を通したショゴスは改めて諸侯にも情報を求めヤミスを呼び出した。
「私には何の関わりも御座いません」
「そうか。それならそれでいいが、私もツェリンのような強硬派からお前を庇うのは難しくなるぞ」
ヴォルジュ伯ツェリンは反獣人派の急先鋒であり、支持する諸侯も多く王も好き好んで敵に回したい相手ではない。軍事力では王が圧倒しているが、諸侯を束ねられては面倒になる。
今は諸侯の権利を制限して王の権力を強化しているが、それが議会で覆されてしまう。
その時、ヤミス達は弾圧を受ける事になる。
「親しい者がいないか確認させ、活動実態について分かる事があれば報告させて頂きます」
「よろしい。急ぐことだ。手遅れになる前に」




