第8話 会談直前 ~シェンスク~
シェンスクで獣人を統括するマヤは各国の勇士を集めて地獄へ進撃する準備を進める為、忙しく働いていた。
最低一年間千人の魔導騎士に補充できるほどの魔石や大軍を維持出来る食糧、水、砥石、武具、油、太陽石、火唱石、それらを整備する為の道具類。支援する為の鍛冶屋、細工師、革細工師、地質学者、医師など後方支援部隊と護衛の手配。
何処から地獄に向かうかはもう決定しているが、この後予定している会談で明らかにする。
長距離魔力通信では傍受されても検知できず、作戦が筒抜けで妨害される恐れがあった。
マヤはシャフナザロフと彼と親しい獣人一派など地上に地獄の女神の代理人が暗躍している事を確信しており妨害工作を封じる為に欺瞞作戦も行っていた。
「セッカク抑エタノニツェレス島ノ地獄門ハ使ワナイノ?」
ツェレス島はヴェーナからも近い島で、昔から亡者の島として恐れられてきた島である。
オット・パンゴ火山が噴火し、地軸がずれ、海流も変化し南海の海竜達が内海に入り込んで以降、人類は海上交通の手段を失った。
内海全域の港湾都市は津波で壊滅的な被害を受け、戦争で疲弊していた艦隊は壊滅し、海上で難を逃れた交易船が帰港しても接弦できず、復旧には多くの年月を必要とし海竜への攻撃手段も失われていた。
ヴェーナでヘルミアの代わりに雑務を行っている側近のミアはスパーニア王ティラーノと協力して港湾施設を復旧させ帝国海軍兵器研究所の爆雷を再現し、海竜を蹴散らして近海の島までならどうにか航行できるようにした。補給能力の問題で長い距離の航海は出来ない。
そして地獄門が存在すると疑われていたツェレス島に飛行船艦隊を派遣し、爆弾で亡者を一掃し、感染対策を施した調査船を上陸させてそれらしきものを巨大な穴の下に発見した。
「あの島ではいざという時撤退できん」
かつて、唯一信教が地下に大量の爆弾を用意して当時のエイラシルヴァ天を爆殺し、その時に出来た大穴だった。
天爵の強力な結界魔術で地上の人々は難を逃れたが、唯一信教徒達は生き残った慈愛の女神の信徒を迫害した。その後、一時的に唯一信教が帝国政府を乗っ取ったが最終的に彼らは追放された。
唯一信教が蔓延っていたツェレス島では長く慈愛の女神や旧来の神々の信徒が迫害され、非道な扱いを受けて虐殺されていた。
亡者がこの島を占拠していたのは迫害された人々の恨みがあまりに強かった為とされていたが、慈愛の女神の信徒達が亡者化するだろうかという疑問も囁かれていた。
調査船はツェレス島ではあらゆる生物が死亡しており、飲料に使える水も無いと報告した。
「地獄での戦いが長引いた場合、補給も出来ないし、怪物どもに追い立てられて一時撤退する場合に間に合わず全滅しては先に望みが無くなる」
孤島では援軍を長期滞在させる事も出来ない。
「ジャア、何処カラ?」
「西方でもシャフナザロフの研究所近く『天の杭』から地獄門を発見出来たが、地形が峻険過ぎて現地に大軍を送り込むのは無理じゃ」
「ジャ、一ツネ」
「うむ」
インフラが整っていて集結も容易な地獄門は一ヵ所しかない。
「ドルガスハナンテ?」
「マクシミリアンとエドヴァルドが倒した。こちらのいう通りにするとさ」
「ヘエ」
妖精王もいるとはいえ人間の騎士が大精霊を倒せるとは思わずミアは素直に驚きの声を上げた。
「ヘルミアはどうしてる?まだ臥せっとるのか?」
「洞窟ニコモッテル」
ヴェーナの天柱五黄宮から退去して洞窟に籠り誰にも会おうとしない。
もともとナルガ河の向こうに住んでいた頃から人里離れて暮らしていたが、慕う眷属には気軽に会ってくれていた。だが、今は誰も近づけようとしていない。
ミアは無理に会おうとしたが、力づくで追い出され怪我まで負った。
「地獄の怪物と戦うには奴の力も借りたかったが、具合が悪いのでは仕方ない」
もともと世俗に興味を持たなかったのが大精霊だ。
ヘルミアは三百年以上生きてきて、帝国が侵攻してきてもたいして興味を持たず獣人達の好きにさせていた。マヤが母の仇を討つ為、同胞を解放する為に帝国に潜り込んでも積極的に援助はしてくれなかった。
変わったのは15年くらい前からだ。
「まあよいか。もう歳じゃしな」
「ヤクモドコカニイル。牽制ノ為ニモ地上ニ残スベキ」
ドルガスも一緒に地獄に向かう事を約束したので三大精霊のヤクが敵対してきた場合、対抗できるのはヘルミアくらいしか残らない。
「そうじゃな。ドルガスを連れて行けば大抵の事はなんとかなるじゃろ。シャフナザロフも地獄門の何処かで潜伏している筈じゃ。ツェレス島の探索も進めておいてくれ」
「ワカッタ」
爆撃から逃れた亡者がまだツェレス島にはおり、ギデオンの対亡者薬と東方から援助して貰った感染防止の秘薬を装備した兵士達が亡者を駆逐して回っている。
「コッチノ人間達トハ本当ニ手ヲ組メルノ?」
獣人の長達は人間と手を組んで地獄に行くのには反対している。
ヘルミアが指示を放棄している事でそれに拍車がかかり、中央高原に棲み処を設けた一部の獣人しか協力的ではない。
ドルガスが折れた事で若干協力者は増えたが、人間側の軍が主導する事になっている。
ミアはあまりに人間側に頼り過ぎているのではないかと懸念した。
「ニキアスを人間側の代表としたままでは無理じゃったろうな。しかしアルヴェラグスが来た。フォーンコルヌ皇家長男の命とあらば諸侯も大人しく従うじゃろう」
「他ハ?」
旧帝国の他の皇国の大半は亡者に飲み込まれてほとんど滅んでいる。
西部、南部、東部のヴェーナ以南まで。
北部のオレムイスト家やダルムント方伯領などに若干生き残りがいるが直系男子はどこも死んでいて、分家が争いあっている。
「その辺はエイラシルヴァ天の威光でなんとかなろう」
神喰らいの獣を封印し、多くの亡者を鎮め、人々の救済に尽力した最後の選帝侯には多くの支持者がいる。旧帝国の復活を目指すものにとっても帝位を承認する権限を持つ選帝侯には敵対出来ない。
「ヒトガ愚カデナケレバイイネ」
「この期に及んで争いを選ぶようなら絶滅してしまえばいい」
◇◆◇
その後、俊足のスヴァジルがウカミ村に怪物が現れた事を告げ、ラターニャが腐竜ヴェルハリルを鎮めた事を直接報告してきた。
「一応援軍は向かわせたが、もう片付いておったか」
「無駄足を踏ませて御免なさいね」
地獄に侵攻する為にすぐに派遣できる準備があったのでマヤは炎術が得意な魔術師や火を吐く魔獣、亡者対策用の部隊を派遣したが、無駄に終わった。
「いや、第一報としては適切じゃ。それに蟲が残って無いか調査して処分する必要がある」
「そうね、で、どう思う?」
「何者かが故意にやったのか、偶然か」
「ヴェルハリル自体は偶然だとしても最近の亡霊の発見報告や、怪物騒ぎは偶然じゃないでしょう」
一般市民からも亡霊を見たという怪奇現象の報告が妙に増えた。
稀に特異体質の者はいるが、市民には霊体を見る能力など持ち合わせていない。
恐怖が見せた幻ではなく、実際に亡霊がいたとラターニャは判断していた。
「儂らが連合軍を結成するのを妨害する気かもな」
「準備が中途半端だとしてももうやるしかないわ」
「じゃが、安全を確保せんと森の女神達は来てくれん。あやつが死ねば希望は無くなる」
「完璧な準備なんてあり得ないわ。機会を無くすだけ」
「そうじゃが、軍を編成するのに地元の協力は欠かせん。今度の会談でニキアスとショゴスとエンマが合意してくれんとな」
後手に回るだけじゃないかしら、とラターニャはこれ以上時間かける事に同意しなかった。




