第3話 寒村の戦士
オルスには公私ともに悩みがあった。
妻と母は折り合いが悪く、子供の教育について揉めた。
髪の色が気に食わないと染めさせようとするし、部族の伝統として受け継がれてきた独自の刺繍などを覚えようとしない事についても文句を言った。
それだけではなく母が息子のレナートについてまで文句を言うのには閉口した。
「まったくあの子は誰に似たんだろうね?あの人もお前も一途だというのに、もう三人に求婚してるんだよ」
「小さい子なんてみんなそんなもんでしょう。もう少し大きくなれば今度は意識して縮こまるようになりますよ」
「そうかねえ・・・今月だけで三人だよ」
「・・・・・・」
三人はさすがに多いなあ、とオルスも呆れた。
l息子に聞いてみると求婚相手は近所の幼馴染と旅人のお姉さんと夜にだけ現れる精霊さんだという。恥ずかしいからお母さんには内緒にして欲しいらしい。
「そんで精霊さんってのは?」
「お母さんに似てるひと!」
オルスは「ははーん」と察した。
このくらいの子供がお母さんをお嫁さんにしたいとか言い出すのはありがちな事だ。
父親に言うのが恥ずかしくなって夢の中で見た似てる人という設定にしたのだろう。
しかし妻と息子の間には数々の問題があるのにそれでも慕ってくれているのは父親として有り難く、申し訳なく思う。
オルスは自分と父の間に長くしこりとして残った軋轢から自分の子供にはあまり部族と家の伝統を押し付けない教育方針にしている。
だが、オルスは父に反発していたものの何千年もの間一子相伝の技として受け継いできた技術を自分で廃れさせて良いのか、と少し考え始めていた。
歳を取るにつれ若い頃はさんざん反発していた伝統という見えない力の重しをひしひしと感じている。子供を得なければこれは感じなかっただろうに今にして父の苦悩が分かった気がする。子供には財産だけでなく、自分の知識、技術も伝授したいのだ。
自分で決めた教育方針との間で日々葛藤していた。
派手な都ではさほど浮かなかった妻もここでは目立っていた。
ブロンド、ブルネットが多いオルスの民族の中で銀髪の彼女は人目を惹く。
珍しいタイプの女性に男たちは色めき立ち、ヴァイスラはもともとお姫様のような立場だったのでもてはやされるのに満更でもない。それが母の気に障る。
ヴァイスラの部族は常に蛮族の脅威にさらされて死亡率が高く、出生率も低く、平均寿命が短く、その影響で『結婚』という制度すら無かった。
若い頃に部族を出てオルスの妻となったので彼女はその風習には染まらなかったが、もともとは産める時期が来たら気に入った男を適当に選んでさっさと産む、女の方が夜這いに近い形で種馬代わりの男を選ぶのだった。
そういう部族出身の妻を母は疑っていたのでどうにもこうにも仲が悪い。
孫がこの妻の悪影響を受けないか心配していると言われるとまあ、確かにそれはちょっと困る。
オルスは父が戦死してしまい、遺体も戻って来ず、一人になってしまった母を無下にも出来ないし、故郷を離れてついてきてくれた妻にも厳しくは言えず争いが絶えない家に居るのが嫌になった。
そこで仕事に打ち込もうとしたのだが、オルスの村での役割は領主から派遣される衛視の代行だった。村人同士では重犯罪は無かったが、揉め事はあった。
本来法で裁かなくてはならないところだが、解決法は皆、部族の伝統に従ってしまう。
内々で済ませられる事はそれでよかったが、問題は旅人との軋轢だった。
同胞の一人が家畜を盗んで連れ去ってしまった男を捕えて馬で引きずり回して殺してしまい、荒野に晒してハゲタカに喰わせてしまった。オルスは彼を捕えて領主に引き渡さざるを得なかった。
この件でオルスは同胞から裏切者扱いされ、母は家を出て妹の家に厄介になった。