第4話 時の癒し
カイラス山に住んでいる人々は燃料を節約する為もあって皆で一緒に食事を取る。
ヴォーリャはその席で鍋をかき混ぜながらレナートに話しかけた。
「そういえばこの前ソフィアが来てたぞ」
「へえ、なんだって?」
ソフィアは伝令として相変わらず各地を旅している。
彼女の実家は亡者に襲われてしまったので、天馬達は散ってしまい数頭だけがソフィアの一族と共にヴェーナの都市内に引っ越した。
「そろそろ戦力を集めて地獄に攻め込むらしい。今回は通りすがっただけだからまた今度お前に依頼しに来るってさ」
「そっか。もうみんな我慢の限界かな?」
「亡者の脅威は去ったのにな」
亡者達は氷神の監視下にある山々を越えて中央高原地域に踏み込むことは出来なかった。
グラキエースの力はますます強大になり、亡者が何万、何十万いようが神域を作って吹雪、雪崩を引き起こせる氷神には関係がない。
以前、レナートが何故か北方圏では無く東から力の流入を感じた事があったがそれは以前亡者達から逃げるように警告された裸人教徒達のものだった。
彼らは沿岸部の避難民達と共に山岳民と合流し、氷神の助言に感謝して神殿を建て祀るようになった。その結果、氷神信仰が広がり力の強化に繋がった。
「でも俺やアルハザードから離れて突っ込むなよ」
先日、亡者に危うく斬られかけたのを見ていたエンリルが苦言を呈す。
「いやあ、あれはちょっと吃驚したね」
「お前が死んじまったらマヤ達の計画が破綻するぞ」
ヴォーリャは良く焼けたモモ肉をかじって焦げた部分を吐き飛ばしながら注意した。
「あら、どんな計画があるのかしら」
「詳しい話はまた今度っていってたが、地獄の女神を浄化出来る神様が来てくれる事になったらしい。しかし地獄の炎には耐えられないだろうからレンの力が必要だって話だ」
「へえ、森の女神様かな。それなら納得」
地獄の女神の片割れアイラカーラは帝国崩壊時に祓われている。
東方のバルアレス王国の姫にして帝国選帝侯の一人こそが森の女神であり、天界へ去ったと伝えられていた。
「東方からもたくさん騎士が来て参加するらしいぞ」
「へえ、向こうも困ってるんだね」
「そりゃそうだろ」
レナートは環状山脈東部に侵入してくる亡者の監視を請け負っているが、政治には関わりたくないので距離を取っている。
「例の空飛ぶ船で?」
「ああ」
東方圏からは亡者対策の秘薬がもたらされ、食糧援助も行われている。
内海には海竜が蔓延っているので海上輸送は出来ず、空輸だが神器のおかげで大量輸送が可能となっていた。
「こっちの人恨んでるだろうに」
「もう大分時間が経ったし、いつまでもそんなこといってられないだろ」
「じゃあ、ヴォーリャさんは恨みを忘れられる?」
「忘れはしない。だが、子供達を生かすのにはニキアスがまだ必要だ。お前はどうなんだ?ニキアスとその部下達と一緒に地獄の怪物共と戦えるか?」
「やるしかないんだからやるしかない」
聞かないで欲しいとレナートは声を殺して抑えながら答えた。
上空からヴェニメロメス城を見下ろす時、時々何もかも虚しくなって城ごと氷漬けにしたくなることもあった。
「でもパーシア様と一緒に暮らす方が大事」
「もう、結局『様』づけは治らないのね」
「永遠にボクのお姫様だからね。旦那様とか奥様と呼ぶのとおんなじ」
ニキアスは優秀な統治者であり、人類支配の代理人として獣人側も重宝している。
死んでしまえば協力して亡者対策と食糧生産、流通の回復にあたっている各地がバラバラになり争いが再開してしまう。
今更殺せなかった。
「ロスパーは見つかったのかな?」
「さあ、今度来たら聞いてみりゃいいんじゃないか?」
地獄に行って返ってきた唯一の人間であり、道案内役として期待され捜索されていた。
「アイラクーンディアに操られているかもしれないんでしょ?いない方がいいわ」
「ん」
口をとがらせているパーシアをレナートは抱き寄せてそれ以上は喋らせなかった。
「とにかくいつまたソフィアが来るかわからないからあまり遠出するな」
「そうだね。じゃ、明日はウカミ村に行ってくる」
「おう。ヴァイスラさん達によろしくな」




