東方編④:マクシミリアンとアルベルドとマヤ②
「ところでエドヴァルドの奴はどうしている?」
マクシミリアンはエドヴァルドの行方について訊ねた。
いつの間にか領主はアルベルドになっていて、まだまだ若いエドヴァルドは引退するような歳ではない。彼はいったい何処にいるのか、その疑問にアルベルドが答える。
「南方圏はどうやらほぼ全滅状態らしく、そこで奇怪な蟲が発生していて亡者さえも食いつくしているようです。ヴェッターハーンから渡って来ないか監視してたんですが、最近イルンスールが連れ戻してちょうど亡者が押し寄せて来た時に助けてくれたんです」
アルベルドはエドヴァルドの腹違いの兄が亡者となってこの城に襲ってきた話をした。
妙なことに知性があり、会話も可能な亡者だったという。
「で、そのあとは?」
「・・・エーヴェリーンの無事を確かめる為にアルシア王国へ行きました。アルヴェラグスと」
「あちらにも亡者が?」
「わかりません。とにかく何十万もの亡者が近隣に沸きました」
ヴェルムスニールはイルンスールとしか会話をせず、他の者とは意志の疎通もたどたどしい為、エドヴァルドは自分で確認に行った。
「地獄の女神と戦うのであればアレは役に立つだろう」
「そうじゃな・・・」
物憂げにしているマヤの態度に不審を感じたマクシミリアンはさらに問うた。
「何かあるのか?」
「うむ・・・奴にはまだ話していないがどうもアイラクーンディアのもとには死者となったコンスタンツィアがいるらしい。又聞きで確認しようもないから言うだけ無駄だと思っておるのじゃが・・・もし連れて行ったら最悪敵に回るかもしれん」
「コ・・・って母上の事か!?」
初耳だったアルベルドが驚きの声をあげる。
「ああ、どうもそうらしい」
「何故早く言わない!?」
一度も会った事の無い母の情報をいきなり聞かされたアルベルドは怒りの混じった非難を浴びせた。
「それ。お主でさえこうじゃ。妻を惨死させてしまったエドヴァルドは今も彼女に想いを残している。もしコンスタンツィアに説得されて敵に回ったらどうなる?誰が勝てる?」
現代最高の騎士といわれたエドヴァルドに勝てる可能性があるのはマクシミリアンだけだ。
ティラーノもマクシミリアンとほぼ五分だったが、妖精の血を引くマクシミリアンと違ってもうかなり老いている。
「アルベルド。儂はお主を高く評価しておる。必要なら情に流されずどんな判断でもする男だと」
獣の民と東方諸国連合軍の同盟を成立させたのはアルベルドだった。
イルンスールと一緒に捕らわれていた時代があるのでヘルミアやミアとも交流があったし、一部の帝国人に情はあったが優先順位は弁えていた。
「アルベルド。お主も地獄へは行かん方がよいな。コンスタンツィアは死の際でエドヴァルドを遠隔魔術で補佐し続けた為に別口でやってきた暴漢に殺された。無力だった時も、必死にお腹の中のお前達だけは傷つかないように庇っていたとノエムが教えてくれた」
「・・・・・・」
エドヴァルドにとっても辛い記憶だった為、アルベルドは自分の出生について誰からも教えて貰えなかった。
「どうじゃ?地獄の女神に囚われているコンスタンツィアに頼まれたらあちら側につかん自信があるか?」
「そんなもんわかるわけないだろ。でも俺は母上が地獄の女神なんかに囚われているなら解放したい」
「それは無理じゃな。コンスタンツィアは大地母神の信徒じゃった。アイラクーンディアには逆らえん。イルンスールなら彼女らの契約をどうにか出来るかもしれんが、お主は巻き込みたくないのじゃろ?」
「ぐっ」
「わかるよ。儂も彼女の厚意を利用してきた連中を軽蔑してきたし、ああはなりたくないと思っていた」
イルンスールは何をやっても報われなかったし、体も不具にされ人見知りも激しくなったが、一度信頼した相手には全身全霊を委ねてくる。アルベルドも抱いて繋がる度に以前はあれほど嫌悪されていた義姉がここまで変わるのかと驚いていた。
どうにかして不幸な人生に報いてやりたいし、幸せにしてやりたい。
「手持ちの神器を世界中の有力な戦士達に与えれば地獄の鬼や怪物には対抗できるかもしれんが地獄の女神がアイラカーラと同格かそれ以上だとイルンスールか姉神の力を借りざるを得んと思う」
マヤは弱気に零す。
「イルンスールは姉神が参戦すれば自分も加わるじゃろう」
「結局巻き込まざるを得ないか」
マクシミリアンはそれは当然だと、仕方ないと受け止めている。
「それは世界の行く末を決める戦いとなる。できればその前にあやつの願いを叶えてやりたい」
「願い?」
「人間としてアルベルドの子を産みたいのだとさ。もうつべこべいうなよ」
マヤはマクシミリアンを睨んだ。
「ぐむむ・・・。しかし不妊の呪いはどうなんだ?」
「我々の調査ではアイラクーンディアの力が強く働いていると妊娠することは出来んという事じゃった」
マヤは中央大陸で研究が進んでいる生物のマナの成分分析についてマクシミリアンに伝えた。
「女神にも効果が及ぶのか?」
「この手のことは大地母神の力の方が強いというのが一般論じゃ」
「一般論というと?」
「儂に神々の力の事まで断言できるわけなかろ?儂としては別の理由があるのではないかと思っておるがの」
「思わせぶりな事を言わないで想定される理由があるなら言ってくれ」
「その理由が来るぞ」
「は?」
その言葉と同時に勢いよく扉が開けられた。
◇◆◇
「お父様!養育費を払って下さい!」
「は?」
イルンスールによく似た女性にいきなりかけられた声にマクシミリアンは目を白黒させる。
「ついでに慰謝料も!
「なんなんだ?イルンスールか?」」
イルンスールは妖精宮にいた時にちょくちょく姿を変えていた。
小さな子供の姿だったり、鹿になったりさまざまだ。姉神に『永遠の幼神』と神格を定められてからは子供の姿で定着していたが、今の姿は天爵時代のもので成人女性だった。
しかし先ほどの態度からしていきなり父親呼ばわりは不自然だった。
半裸の見知らぬ少年も連れている。
「ノーファの方です。実の娘が分からないんですか?傷つきました。慰謝料の割り増しを要求します!」
「ノーファ?カー・スクォール島にいた時の名前か?マヤ、説明してくれないか?」
「こやつはイルンスールの分身じゃ。本人の記憶を持つしほぼ同一人物といって差支えないのじゃが神の体から分離しているのでただの人間に過ぎん。もしただの人間として生まれたら、好きなように生きられたらという願いから生まれた存在。人としての生が残っているが故に地上に降りて来たイルンスールはそれを分離してしまったから神性が強まり、人として子を孕む事が出来んのではないかと思う」
貴族でも魔力が釣り合わないとなかなか子供が出来ない。
神性が強まったイルンスールといまだ神格を得ていないアルベルドは釣り合わないので子供が出来ない。マヤはそう推測している。アイラクーンディアとは別の問題だ。
「じゃあ、俺達の間に子供は望めないのか?」
「お主が神格を得るか、ノーファとイルンスールが再び合体するしか無いのではないか?しかしイルンスールは今更ノーファを消したりはすまい」
ノーファは同じ記憶を持って誕生したとはいえ、既に別人格として行動している。
獣人のガ・ウルナと恋人関係になっているし、それを引き離す事はイルンスールは望まない。
「というわけで本体の方は別に慰謝料とか欲してないから私の方に下さい」
「む、むう?」
姿形はそっくりなのだが、どうも自分の娘という気がしない。
「あ、女子には継承権無いのでしたっけ?じゃあ領地は要りません。でも王室費の予算とかありますよね。二十年分?三十年分は貰わないとおかしいですよね」
ノーファはぐいぐいと迫ってきた。
「いや、私はもう退位したからそんな予算は動かせない」
「まあ、なんてことでしょう。それでも父親ですか?父親面するならそれくらい払って下さい」
「いや、君にはそんな風に振舞っていないが」
「『君』。今『君』と言いました?実の娘に?何十年もほったらかしにして死なせかけ、顧みる事の無かった娘になんの謝罪も無く、養育費の支払いも拒否?見下げはてましたね。本体が失望するのも当然です」
いつの間にか戻ってきたイルンスールも後ろで冷たい目をしていた。
「甲斐性無し」
「つまり浮浪者?」
イルンスールとノーファはこそこそと父親評を修正する。
「私は君達の存在を知らなかったんだ。許してくれ」
マクシミリアンの弁解に娘達は耳を貸さなかった。
「姉妹の両方に手を出していたくせに」
「姿を消したのは妊娠したからだって察してもいいでしょ」
白旗を上げるしかなかった。
「出来るだけの事はする。なんでもいってくれ」
その返答に娘達はさらに失望した。
「あーあ。がっかり。子供の頃の憧れの物語の主人公だったのに」
「思考放棄しましたよ、この人。償い方を相手に求めるなんて」
マクシミリアンは項垂れた。息子三人には尊敬される妖精王だったのに娘からの評価は散々なことになってしまった。




