第29話 秘密の花園
レナートはグランディーの起床後のお世話をした後、託児所で赤ん坊の世話をしてやったり、図書館で児童書を読んだり、時々ケイナン教授の部屋の掃除もしてやっている。
しばらくはそんな生活を送っていたが、学院では犬のお散歩係を仰せつかった。
グランディも毎朝、毎晩つきあっていた。
「レンちゃんは犬が好きなのね」
「うん。お姉ちゃんは好きじゃないの?」
「好きだけど、レンちゃんほどではね」
レナートは暇さえあれば犬にかまいたがった。
「どうしてそんなに好きなの?」
「愛したら愛し返してくれるから。全身全霊で幸せって言ってくれてる。抱きしめても嫌がらないし、抱きしめ返してくれる」
女子寮の番犬も、学院の番犬もレナートよりも遥かに大きな犬で、その気になればレナートが持つリードを無視してレナートを引きずる力があるのにレナートに制御可能な範囲の力でしか歩かない。
「この子達、みんな凄く優しい」
レナートは学院の番犬のジーンという犬が特にお気に入りだった。
体毛が柔らかく、穏やかな性格でレナートが学院の門に近づく前から尻尾をぶんぶん振って待ち構えている。
「勘がいいのかなあ」
「学者さんによるとわんちゃん達の嗅覚は人間の何万倍もあるっていうからきっと匂っているのよ」
「ボク、そんなに匂うかなあ」
自分の袖をくんくんと嗅いでいるレナートにグランディはくすくすと笑った。
◇◆◇
新学年開始前だが学院内のあちこちで見かける銀髪の小さな女の子の目撃談は徐々に増えていった。教授の親戚の子で、グランディーが部屋で預かって侍女にしているらしいと伝わり、近くの部屋の女性達も気にせず接してくれている。
グランディーは普段、寝る直前にレナートを大浴場に連れて行っているのだが、新学期開始直前になり、入寮する女生徒が増え、その日は普段より生徒が多かった。
お湯につかって百を数えていたレナートにグランディーが小声で注意を促した。
「う、不味い。テルマさんだわ。レンちゃん。彼女が出るまでこのままじっとしててね」
「?」
「男性恐怖症らしいの。この前、何も知らない新入生男子に話しかけられてとんでもない悲鳴を上げていたから」
幼児相手とはいえ裸でいるところを見られたらどんな騒ぎになるか知れたものではない。
「はーい」
しかしグランディーの心配と裏腹に向こうはこちらに近づいてくる。
「その子が噂のレンちゃん?初めまして。私は二年生のテルマ。園芸部よ。今度是非グランディー様と私の温室にいらして」
「ボクに御用ですか?」
「ええ、銀髪のとっても可愛らしい女の子がいるって聞いて部員の皆が是非一緒にお茶を、と」
「ボク、平民ですし。失礼があっちゃいけないから・・・」
レナートは視線を逸らして少しテルマから遠ざかった。
「でも時々花壇で足を止めてずっと見ているでしょう?きっと温室も気に入るわ」
テリアはずいと近づいてきた。
他にも友人らしき女性達が近づいてきてレナートを取り囲み、銀髪を手に摘まんで指で弄ぶ。
「あら、珍しい。染めてるんじゃないのね」と感心していた。
裸の女性達に囲まれたレナートは少し視線を逸らして「ボク、百数えないといけないから・・・」と指折り数えるのを再開した。
その仕草がまた女性陣に受けたらしい。
「まっ、ボクですって」「ボクなんていう娘初めてみたわ!」「ほんとうに」「グランディー様のご領地にはこんな子がたくさんいらっしゃるの?是非うちにも奉公に出して欲しいわ」
「えーと、この子はちょっと特殊な子でお母様は北方圏から来たの」
「まあ、そんな遠いところから?どうして?」
興味津々の女生徒達の質問攻めにグランディーが答えている間にレナートはのぼせてしまい、ふらふらと湯舟で倒れこみ始めてしまった。
「あら、いけない。大丈夫?」
傍にいたテルマが抱き上げて冷やしてやろうとした。
「あっ、いけません!」
グランディーは慌てて止めようとしたが、遅かった。
女性とはいえ十代後半だ、湯舟でレナートを抱え上げるくらいわけはなくその体全体が持ち上げられた。
「どうかしまして?」
焦るグランディーの声にテルマはきょとんとしている。
「え?」
「?」「どうかなさいまして?・・・はやくお水をあげないと」
「あらら?」
のぼせたレナートは湯舟の外でゆっくり水をかけられて目を覚ました。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「どういたしまして」
グランディーはしばらく唖然としていたが、彼女も湯舟から出てレナートに「それ・・・」と指さした。周囲の女の子達は挙動不審なグランディーに疑問顔である。
レナートは指さされた所を見た。
股の間に、あるべきものがない。
「あれ?」
レナートは女の子になっていた。




