東方編③:マクシミリアンとアルベルドとマヤ
「お前に言いたいことは山ほどあるが、いったん政に携わる者として話をしよう」
マクシミリアンは内心の動揺を押し殺して仕切り直した。
正直一人娘に嫌われたのはかなりショックである。
「お主は引退したのじゃろ」
偉そうにアルベルドに着席を命じたマクシミリアンに対し横からマヤが茶々を入れる。
「王としては退いたが、力ある者として世界の現状は改善したい」
「それでイルンスールを巻き込むつもりですか?」
虚勢を張りつつアルベルドも席に着く。
「いや、彼女がいるとは知らなかった。亡者の実態を確認しに来たんだ」
「それならもう知っているでしょうけどヴェルムスニールが追い払ってくれました」
この地方一体から亡者を追い払った後、近くの湖や海で過ごしているらしい。
「他の地域でも亡者がちらほら出ている。頼めそうか?」
「駄目じゃ。あれはイルンスールの頼みしか聞いてくれん。中央大陸でも亡者が大量発生しているから来てくれんかと頼んだが、駄目じゃった」
「しかしあの子の頼みなら聞いてくれるんなら言って聞かせれば」
「駄目です」「駄目じゃ」
アルベルドもマヤも断った。
「何故だ?亡者がこれ以上増えたら皆困るだろう」
「儂も頼んではみたが、身近な所に沸く亡者くらいならともかく世界全体までは面倒みれんと言われた。そもそも死者に敬意を払わずちゃんと弔わなかった者達の責任といわれるとのう・・・」
獣人達は帝国人を惨殺して回っていたし、かつての報復で苦しめてから殺したケースも多い。今はもう復讐も終わって落ち着いてきたが、亡者の大量発生に気付いた時には手遅れだった。
パワーバランスが逆転してからはヴェルムスニールも獣人に肩入れしなかったし、イルンスールもどちらの味方でもない。
「天爵時代も残酷な刑罰を止めるよういっとたのに帝国人は完全には止めなかったしの」
「ヴェルムスニールは消し飛ばすだけだから根本的な解決にはならないし、あいつは亡者を祓う時、彼らの記憶を読み取ってしまうんです。数百人祓った時も酷く憔悴していました。旧都の戦いの時は姉神達や天の楽師達の援助がありましたが」
「また手を貸して貰う訳にはいかないのか」
「天界でも神々から狙われて逃げ出して来たそうです」
森の女神達には恩義があるので天女達は手を貸してくれたが、今は天神達と敵対して逃げ出して来た身なのでもう手伝っては貰えない。
「何故神々があの子を狙う」
「何でも天界でも神々は新しい神が誕生せず、活力を失ってどんどん消滅する神が増えているそうです。地上で大勢の人間が死んでいるのも関係があるのだとか」
「シャフナザロフやメルセデスが地獄で暗躍しておるようでの」
マヤは自分が知っている範囲の説明をマクシミリアンにしてやった。
「イルンスールは天神達に自分の子を産めと迫られたそうでの。神としては唯一、子を産める可能性があるのだとか」
「しかし不妊に悩んでいるのだろう?」
「うむ。ヒトとしての生がまだ残っているから地上に降りて来たそうでの。恐らくヒトとしては他の人間達と同じ条件じゃったんじゃろうが・・・」
「天界でそこらの雲から天馬を産んで神々に目をつけられたそうです。そんな真似が出来るのは創造神のモレスだけ。なのにあいつは宴会の席上でそれを披露してしまったものだから他の神々に迫られてしまったのだとか」
天界では神兵達の腕試しがあったのだが、イルンスールの神兵となったアルヴェラグスがそこで雷神の神兵と戦って天馬の差で敗れてしまった。
そこでイルンスールがかつてのアルヴェラグスの愛馬の魂から天馬を創ったところ、大勢の神に注目された。
「で、こっそり地上に降りてきて近くで生活していたんですが、俺とばったり出会って妻になって貰う事にようやく同意してくれて・・・」
「それは後で聞く。とにかく神として人々を助ける事は出来ないのだな?」
「やろうとしても俺が止めます。あいつが苦しむ必要はない」
「神々は地上の問題に直接介入はしない。森の女神達はその誓約をしておらんそうじゃが、余計な手出しをして他の神々の介入を招かん方がいいというのは儂も納得した。今の所万策尽きたわけでもないしの」
「しかし先ほどの地獄で暗躍している者がいるというのは?シャフナザロフやメルセデスは私も知っている名だ」
マクシミリアンはスパーニア王ティラーノと戦ったこともあり、彼の裁判にも出席している。シャフナザロフの関与はその時も聞いたし、イルンスールの母から雷神の神器を奪う為にやってきた時の話も聞いた。
「奴らが関与しておっても人間じゃ。地獄からアイラクーンディアが出てきたわけではない。さすがにアイラクーンディアが地上に出て来た時はイルンスールに頼むしかあるまいが、姉神は因縁があることじゃし、恐らく頼まなくても出て来てくれるじゃろう」
生まれついての王者として責任を果たしてきたマクシミリアンには力があるのにこんなところで隠遁生活を送っているのは少々納得いかないが、強引に亡者達と戦わせるわけにもいかないのでひとまず引き下がった。
「で、マヤは本当にあの子の治療のためにここへ来ていたのか?」
「いや、違う。偶然出会って儂も驚いておったのじゃ。不妊の件はついでに過ぎん。転移陣を復旧させ各国の協力のもとで地獄門を捜索し、発見すれば封印し、場合によっては地獄へ乗り込んで亡者を地上へ送り込むのを止めさせる」
「地獄の女神を止める気か?」
「地獄へ乗り込むというのは今思いついたんじゃがの。儂らだけでは勝機が無いので封じるしかないと思っておったが、森の女神達がいるのであれば話が違う」
木気は土気を剋し、土気は水気を剋す。
帝国末期に旧都であった戦いでも森の女神達は地獄の女神アイラカーラに勝利して浄化に成功した。
「では戦う時が来たら教えてくれ。私も手を貸そう」
「うむ。妖精王の助けがあるのであれば心強い。そうそう、お主にはひとつ頼みがある」
「なんだ?」
「ピトリヴァータにあった神斬刀を覚えておるか?あれを手に入れるか、使い手を探して欲しい。地獄の女神と戦うにせよ天神達と戦うにせよ必要になる」
「ふむ、探しておこう」




