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天に二日無し  作者: OWL
第一章 地に二王無し ~後編~
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天界編③:大地母神と美猴帝と

 『正気に返り、己を取り戻せ。目を醒まし、悩ませていたのは夢であった事に気づき、夢の中のものを見ていたように現実を見つめよ』


        ―――マルクス・アウレリウス・アントニヌス―――


 ◇◆◇


 娘達を下がらせた後、ノリッティンジェンシェーレは再びスクリーヴァと向かい合った。


「お前もよく、地上を制覇して『帝国』など創りあげたものです」


五千年前スクリーヴァは一族を率いて世界中を制覇して大帝国を作り上げた。

彼一代では成し遂げられなかったが、子孫達がよく引き継いだ。


「母の行いが罪とされ、地上を破壊した原因だとして地獄に括られたのなら、地上を再び栄えさせれば解放されると思ったのです」

「愚かなことを。世界の均衡を崩し、寿命を早めただけです」


いかめしい顔つきの獣王も母の叱責に項垂れる。


「でも、嬉しく思いますよ」


叱責はしたが、意を汲んで優しい言葉をかけてやるとスクリーヴァがぱっと顔をあげて嬉しそうにする。


「さあ、おいで」

「いや、さすがに・・・」


抱いてやろうとしたのに遠慮されてノリッティンジェンシェーレは哀しそうにした。


「グラキエースは遠慮なく胸に飛び込んで来たのに」

「あのグラキエースが!?」

「そう。誰しも子供時代は可愛いものね。まさか彼女が私の子孫として再臨するなんて夢にも思わなかったけれど」

「不思議な事もあるものですなあ」

「ええ、ほんとに」


ウィッデンプーセの所にやってきた彼女を見かけた時には随分驚いたものだった。


「さて、まだ幼い娘には少し手を貸してあげてもいいでしょう?」

「そう思います」


ノリッティンジェンシェーレは献上された黄金の麦穂を一人の人間に変えた。


「目覚めなさい。狩人よ、迷い子よ。我が神兵として」


 ◇◆◇


 彼が目覚めた時、正面には稲穂を携えた優しげな顔をした女性がひとり。

その隣に鎌形の刃を穂先につけた槍を持った獣人がひとり立っていた。


「俺は・・・あんたたちは誰だ?」


周囲を見回すと遺跡を思わせる質素の建物に麦畑が広がっている。


「スクリーヴァ。お前にわかるようにいえば初代皇帝スクリーヴァ。こちらは大地母神ノリッティンジェンシェーレ」

「んな、馬鹿な。何千年前の人間だよ。おまけに尻尾生えてるじゃないか」


その失礼な口の利き方に腹を立てたスクリーヴァが槍で頭を殴った。


「なにしやがる!」

「黙れ」


断固たる口調と威圧感に押されて数歩たじろいだ。


「で、お前は自分の名を覚えているか?」

「俺は・・・俺の名前はドムン。で、ここはどこなんだよ。俺は・・・俺はスリクと戦ってた筈なのに」


話しているうちにドムンは自分が喉に槍を突き刺され、何も言い残せないまま意識が途絶えた事を思い出した。


「あの状態から治療してくれたってのか?」


田舎者の彼にはわからないような治療技術が世の中にはあったのだろうか?


「いいえ、貴方は死にました。狩人との古の盟約に従い私の兵士として蘇らせたのです」


女神にそういわれたがドムンはうさんくさげな視線をやるだけだった。


「母よ。こいつは何かおかしくありませんか?」


神兵にしては妙に主人に反抗的な態度をしている。


「ええ、そうなの。竜狩人の一族との盟約では力を貸してやる代わりに死後、その魂を貰う約束だったのだけれど」

「死神じゃねえか!何が大地母神だよ!」


そこでまたスクリーヴァにガツンと殴られる。


「いい加減にしないと二度と復活出来ないようにこの鎌で真っ二つにするぞ」


片鎌槍を持った男が傍に控えているせいで余計に死神らしく見える。


「仕方ないのよ。スクリーヴァ、この子は別の女神に魂を捧げているのだから」

「はあ?俺は誰にも魂なんか捧げてねえよ」


ドムンにはそんな奉仕の約束をした覚えはない。


「まあなんて子でしょう。あんな大事な約束を忘れるなんて」

「約束ぅ?」


とんと覚えがないドムンにノリッティンジェンシェーレは一字一句その誓約を読み上げてやる。


”大地が砕け、海が凍り、天地が混ざりあい、時が果てようと”

”命が燃え尽き、肉体が灰になろうと”

”聖霊となって愛する者を守ると誓う”

”その誓約をレナートに捧げる”


「覚えがないかしら?」


ノリッティンジェンシェーレの意地の悪い笑顔にドムンの顔が真っ赤になる。


「ちっちがっ!それはペレスヴェータに無理やり言わされそうになっただけで言ってない!あいつにそんな約束してない!」

「口には出さなくても貴方は心の中でそう誓った。だから召喚した私も知っているのよ」


あの時は照れ隠しで否定したが、無理な頼みを聞いてもらって付き合わせてしまったし、血を捧げたお守りも貰ったしいまいち頼りない弟分を守ってやろうと確かに心の中で誓った。


「だというのに彼女に貰ったお守りを捨てた挙句、罵って傷つけるなんてね」

「本当ですか、母よ。この男が?」

「ええ、本当ですとも。自分は複数の女と付き合っておきながら彼女には貞淑とやらを求めて汚らわしいと罵ったの」

「はぁ?貞淑ですか?」


スクリーヴァもなんだそりゃ、という顔をした。


「『はぁ?』とはなんだ。だいたいあんたが初代皇帝だって言い張るならあんたが一夫一妻制を決めたんだろうが!」

「決めてない」

「じゃあ、あんた!」

「知らない」


概念上の父たる神なので人間とは感覚が違うが父神のモレスと交わって多くの神々を産んでいるノリッティンジェンシェーレは他にも多数の愛神がいた。

豊穣の女神に貞淑などという概念は無い。

第四帝国期生まれのドムンには第一帝国期のスクリーヴァとも話が噛み合わない。


「肉体を失ってもう洗脳は解けたでしょう。自分の行いを振り返ってみなさい」


麦から再誕した時に、薬物と魔術によるドムンの洗脳は解けている。

冷静に思い返すと確かに新妻を放置して獣人の娘達と交わったりしていたのに、レナートを詰った事が思い出された。


「可哀そうにあの子はあの後・・・・・・」

「な、なんだよ」


二人の咎めるような視線にドムンは動揺する。


「自暴自棄になって自殺しようとした挙句、野盗に捕えられて慰みものに・・・」

「そ、そんなわけないだろ。あいつはつえーし、女神の力を持ってるんだし」

「私達の力は戦う為にあるわけじゃない。それに多くの弱点を持っている。だから神兵を必要としているの」


樹木の神が火や金属に弱いように神々には秀でた力の分、弱点もある。


「いや・・・そんな。嘘だろ?」

「嘘ですよね、といえ」


スクリーヴァがまたガツンと殴った。

目覚めたばかりで混乱も多いだろうと先ほどまでは多少多めに見ていたが、そろそろ落ち着いて話してもいい頃だ。


「父親を失って、貴方に助けを求めていたのに裏切られ、傷ついて、今も貴方を思いながら他の男に抱かれているわ」

「やめろ!やめてくれ。そんなの俺に今さら話してどうしろってんだ!」

「今さら?今、こうして肉体を再び与えてやったのに?他の男に抱かれた彼女はもう救うに値しない?」


視線だけではなく、ノリッティンジェンシェーレははっきりと非難の意志を言葉に込めた。


「・・・助けに行けるのか?」

「今はまだ無理。お前には力が無い。他の神々も若い女神を狙っている。それでも助けたいのかしら?」

「ああ」

「彼女が助けを求めているから?」

「そうだ・・・いや、違う」


一度肯定してから少し違うように思えて言い淀む。


「実の所、彼女はもうお前の事はただの思い出として割り切り始めているのだけれどね」

「それでも助けたい。他の奴も狙ってるん・・・でしょう?」

「ええ、でも何故?もう必要とされていないかも」


ドムンは生まれ育った文化の価値観と自分の思いに苛まれた。


「それでも俺はあいつを助けたい。あいつはいつも置き去りにされた冬の畑で待っていた。無表情だけど、泣いてて、助けに行くのは兄貴分の役目で・・・、俺の役割で・・・」


なかなかはっきりしないドムンにノリッティンジェンシェーレは苛立つ。


「ここは神界。思いは力になり、言葉にすれば強固となる。ただの人間のお前が他の神々からあの子を守りたいのなら私が授ける力だけでは足りない。お前自身の強靭な意志が必要となる」


後代の概念と共に生まれた神々はまだまだ幼く、心の強さも人間と大差ない。

種としての力が違うだけだ。


「わ、わかってる。俺があいつを守りたいのは俺があいつを守ると誓ったからだ。俺が、俺があいつのことを愛してるからそう誓ったんだ。もう必要とされていなくても助けたい」

「よろしい、愛の女神としてお前に力を与えましょう。スクリーヴァ、稽古をつけてやりなさい」


美猴といえば孫悟空

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2022/2/1
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