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天に二日無し  作者: OWL
第一章 地に二王無し ~後編~
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番外編:第二次フィンドル城攻防戦

 最初にアルピアサル将軍との連絡が途絶えた。

ダカリス地方に潜伏している獣人の掃討をしていたが、新たな敵が現れたとの情報を送って来た後に連絡が無い。捜索に出した騎兵が戻ってくる前に次にツィリアの母の実家ウェイトリー家が襲われた。

亡者の監視の為に配置していた魔導装甲歩兵と魔導騎士に帰還命令を出したが、それも戻ってくる前に襲われて散り散りになってしまった。


そして二大公が休戦に応じたという噂が流れ始め、市民は少しずつ街から姿を消していった。

敵がフィンドル城に現れたのはそれからだ。


「ドルガスというのは狂暴な獣人という話だったが・・・」


アテが外れた。

十分に弱り切ったのを見計らってから襲ってきた。

ドゥンという希少種が百体もいたのは驚きだった。翼の生えた奇怪な虎が、城壁や市街地や防御塔のあちこちで魔導装甲歩兵と戦いを繰り広げている。

こちらも前回の戦いから三倍の数に装甲歩兵を増やしていたが、向こうは一体で装甲歩兵三体を相手にしている。集団戦はこちらの方が上手うわてなので持ちこたえているが、占拠した城門の上でじっとこちらを見つめている大型の白虎が不気味だった。


大筒を持った兵士が接近してぶっ放すが、弾は表面の舐めらかな毛皮を滑ってどこかへ飛んでいく。

さらに騎馬砲兵が走ってきて狙いを定めようとするが、突然地面が盛り上がって転倒し、尖った岩の弾丸が生成されて砲兵も馬も串刺しにあってしまう。


白虎の首の周辺には不気味な髑髏が首飾りのように埋め込まれている。

アルコフリバスなどから収集した情報によるとあれはかつてドルガスが倒した同族や人間の魔術師や精霊達でそれを取り込んで力が強大になり、複数の魔術を同時に行使できるという。


望遠鏡を使って見ているのに、ドルガスとダンの視線が絡み合う。


「どうにか倒せないのか」


五分の戦いを繰り広げている装甲歩兵は動かせず、通常戦力を投入しているがなかなか近づけない。

ダンの護衛を務めている魔導騎士も投じて倒す事に賭けてみようか迷う。

城門を守備していた三人の魔導騎士は既に倒されているので投入するならあと十人は欲しい。

しかしそれには装甲歩兵を遠隔操作している魔導騎士達も駆りだす必要がある。


迷っているうちに城門周辺に砲弾が落ち始めた。


「誰が命じた!」


奪還しようと必死に戦っていた兵士達、負傷者を救出しようとしていた者達が巻き込まれてしまった。伝令を確認させに行き、戻ってくると命令を出した人間が分かった。


「ツィリア様がお命じになったそうです」

「・・・そうか」


軍の指揮権を握っているのはダンだが、女王はツィリアだ。逆らえなかったのだろう。

味方の損害に構わず、さらに今後の防衛に穴を開ける結果になっても砲撃を強行したというのにドルガスは健在だった。


何度かドゥンの群れを押し返す場面もあったが、突然魔導装甲歩兵が全て停止した。


「何があった?」


宮廷魔術師に訊ねるまでもなくすぐに報告があった。

遠隔操作の制御室が潜入していた獣人達によって占拠されたのだ。


 ◇◆◇


「ということだ。妹よ」


ドゥン達は装甲歩兵を城壁上から突き落とし、ゆっくり本城に向かっている。

ダンは部下達が必死の防戦をしている間に妹が隠れている部屋に入って情勢を告げた。


「では、これまでですね。お兄様」

「ああ。我が家もこれまでだ」


彼らも覚悟はしていた。

神代の技術を使った結界で守られていた帝都を落した獣人相手にここまでよく戦ったと思う。


「我が家だけが最後まで人類の誇りと名誉を守った真の貴族だった。家を滅ぼす事になったが、父祖もあの世で我らを咎めたりはすまい」

「ええ、ではお先に」


ツィリアは用意させた毒杯を呷り、ダンも続いた。

彼らは机に突っ伏すように倒れ、見守っていた執事が二人の口元を吹き貴族の威厳を取り戻させた。


 ◇◆◇


 目を開けるとダンの胴体がガラスの容器に入っていた。

頭と手足はそこから露出している。

ローブを纏った男と豹頭の獣人がやってきて彼を吟味している。

彼らは机を用意してダンの腕を乗せると、それを切り取った。

ダンは声もあげず虚ろな視線を虚空にやっているままだ。彼女は呆然とそれを見ていた。


男は腕をさらに小さく切り取り、肉片を魔術で出した火で炙って容器から何かを振って獣人に差し出す。獣人は一口で食べてその味わいに唸る。


「悪くない」


豹頭の獣人は流暢な帝国語を口にした。


「さようですか?一週間ではまだ馴染んでなかったかもしれません」

「ま、そこらの一般人の腕を付け加えただけにしてはいいほうだ」

「ヴィガ殿はもとの腕の味を知っておりますから評価が少し辛いかもしれません」

「そうだな、皆は満足するだろう」


ローブの男は新しい腕をダンに取り付けて、接合面に腕輪を巻く。その腕輪からウジ虫のような物が沸きだし、腕の中に入り込んでいった。


「安全性は問題ないんだろうな」

「ええ、これは死霊魔術の応用で生まれた治癒魔術です。スパーニアのソラ王子をご存じですか?彼もこの技術で腕を再生したんです」

「ほーお。食用に応用されるなんてシャフナザロフも思いもよらなかっただろうなあ」

「そりゃあ、そうでしょう」


二人は笑う。

大貴族の血肉はヴィガのような獣人にとって非常に美味なものだが、気の向くままに食べていてはすぐに全滅してしまう。狩場を設けたが、皆が一番美味い獲物を求めて争って食いつくすので中央大陸全土であっという間に貴族が狩りつくされた。


「攻略が遅れていたおかげで貴重な大公家の食用肉が養殖可能となりました。間違っても本能に負けないで下さいよ」

「ああ」


彼らはダンに着せているローブを捲ると、そこもウジ虫が蠢いていた。

チリチリと魔力の光がウジ虫の中に灯っており、普通の生物ではない事が伺える。


「まだ食えんな」

「こちらをどうぞ」

「おう」


ヴィガという豹頭の獣人はダンの目玉を抉って平らげ、代わりの目玉を埋め込む。そしてまたウジ虫のような生物が隙間から入り込んでいった。


「やっぱ調理した方が旨いな」

「そうでしょうとも。狩りの楽しさとは別の趣きがあります。しかし狩りはいずれ終わる。繁殖が必要です」


そして二人はツィリアを振り返った。


「おや?」「ん?眼球が動かなかったか?」


二人がゆっくり近づいてきてツィリアは恐怖に慄いた。

ツィリアの瞼を開き、火を近づけて眼球運動を確認する。


「どうも薬の効きがいまいちだったようですね。覚醒してしまったようです」


近くで確認するとローブの男は筆頭宮廷魔術師のダイソンだった。

毒杯を手配させた筈の。


「何かいいたげだぞ」

「まあ『裏切者』とか『騙したわね』とかでしょう。声帯を焼いて舌を切り取っているから自殺も出来ませんし何も喋れませんよ」

「気の毒だからちゃんと意識を奪ってやれ」

「左様ですな。しかしこの方には民と家臣の怨嗟の声を少しは理解して欲しかった」


兄とウェイトリー家以外誰も信用しようとはせず、簡単に死刑命令を出した。

領内を視察することもなく、他人の苦しみを一切理解しなかった。先王の顧問だった宮廷魔術師は諫めたが、聞き入れられる事はなかった。


「皆さん、若くて柔らかい雌の肉が好きでしょうによく我慢出来ますね」

「俺達は理性的で文明的な一族だからな。調理もするし家畜も飼うんだ」


ヴィガは誇らしげに胸を張った。ツィリアはこれから意識を失わされ、繁殖犬のように飼われる事を悟った。彼女を恨むダイソンはあえて意識を残して苦しめるかもしれない。

なんとか動いて、兄の腕を切り裂いた鋭利なメスと掴もうとしたが体は動かなかった。


ツィリアの指先が切り取られて味見される。


「やはり首か太ももあたりがいいな」

「太ももはまだ再生してませんね」


ダイソンがツィリアのスカートを捲るとそこにはウジ虫のような生物が蠢いていた。

じくじく、とむず痒いような痛みと卒倒しそうな恐怖を感じる。


「怯えると肉が不味くなるがあまり薬漬けにするのもな」

「適度に調合しましょう」


ここにまた別の魔術師が入室してくる。


「地獄門の様子に変化は無かった」

「やあ、シュミット。済みませんね、あんな深くまで」

「さすがにあんなに深くまで降りるのは二度と御免じゃのう。監視用に映像中継器を設置してくれ」

「そうしましょう。もし異常があればマヤ殿に通報するということで間違いないですな」

「ああ、そうじゃ。シェンスクを留守にすることも多いようじゃから、何もなくとも定期報告は欠かさないように。マヤ殿に連絡がつかない時はミア殿かマミカ殿に」


彼らはもうツィリアを忘れたかのように業務連絡をし、立ち去って行った。

ツィリアの前には虚ろな顔の実験体がひとつ。

部屋は真っ暗になり、ツィリアは暗闇の中で恐怖に震えるしかなかった。


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2022/2/1
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