表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天に二日無し  作者: OWL
序章 神亀雖寿 ~前編~
28/397

第28話 ブラヴァッキー伯爵夫人

「お前がブラヴァッキー伯爵夫人とやらか」


母の宮殿の一室に設けられた診察室でアルキビアデスは明らかに不貞腐れた顔である。

感情を隠しもしない彼に対して夫人は苦笑して応じた。


「私は決して診断結果の詳細について他言は致しません。ベラトール様に対してもです。今回は母君の要請による形式的なものです」

「では、もう帰ればいいだろう」


形式的な問答なら時間の無駄、顔を会わせたという既成事実も出来たしもういいだろうとアルキビアデスは立ち上がろうとした。


「母君も心配なされておりますのでそういうわけにはいきません。本当に悪い所がないかくらいは診ませんと」

「悪い所などない!!」


アルキビアデスは怒りに震え、魔力の籠った手でコップを握りつぶした。

自分でも予期せぬ力の発揮に驚いて、その際に手のひらを破片で傷つけてしまう。


「・・・話に聞いた通り少しばかり衝動的になり過ぎるようですね」


夫人は机を拭き、傷ついた手を見ようと手のひらを取った。しかしそれをアルキビアデスは振り払う。


「うるさい!余計なお世話だ!!」


高位の貴族は先祖である神の血が濃く発現する場合が多く、その力は怒声にも籠りやすい。

しかし夫人はアルキビアデスの魔力を軽く受け流して作業を続ける。


「大声を出せば母君達にも聞こえます。ますます心配されて行動に制限がつくようになるでしょう。どうぞお平らに」

「・・・大した事は無いというに」


もう一度夫人はアルキビアデスの手を取り、手のひらの血を拭ってから離した。


「さ、御覧なさい」

「何を・・・?む、傷が無い?」


僅かとはいえ血が出ていた傷口が跡形もない。


「お前、ウェルスティアの神官なのか?治癒の奇跡を使える者はいなくなったと聞いたことがあるが・・・」

「違います。私は神を、神の奇跡を信じません。これは精神に作用する魔術の一つです」


夫人は精神面に関係する魔術師だとアイガイオンから聞いていたアルキビアデスは、説明には納得したが、結果には納得できていない。


「何故、精神に作用する魔術で肉体が治癒される?」

「目に見えるものが真実とは限りません。そして長寿の高僧や魔術師がいるように心のもちよう一つで肉体は変化するもの。貴方がおっしゃったように大した傷ではないいう思いが現象界に影響を与えるよう仕向けたのです」

「・・・フン、噂通り大した腕前だ。それで、どうするんだ」

「昔、シャフナザロフという魔術師が人体実験をして得た成果ですが、貴方のような方は解剖すると脳に生まれつき障害を抱えていらっしゃる事が多いようです。私がそれを癒しましょう」

「か、解剖!?」


脳を解剖するという発言にはさすがのアルキビアデスも驚いた。

そんなことをされてはたまらない。

夫人は苦笑しつつ話を続ける。


「心配御座いません。今やったように貴方の心に干渉して矯正します。しかし貴方のように高貴な方に深く魔術をしかけるのは難しいので私の力を受け入れて頂けますか?」

「・・・お前の力は分かったがそれで信用したわけじゃない。お前は人の心を覗けるとか聞いた。何もかも知られるのは嫌だ」

「しかしこのままでは兄君の足を引っ張る事になります。貴方も皇帝となる兄君の力になりたいでしょう?兄君に、母君に誇りに思ってもらいたいでしょう?貴方の問題は先天的な問題で、決して貴方のせいではありません。ですから恥じる事は何もないのです。貴方はただ生まれつき不運だっただけ」


アルキビアデスが衝動的に破壊的、自滅的な行動に出てしまうのは先天的な問題であって本人にはどうしようもなく、彼が恥じたり、怒ったりする必要は何もないのだ、と夫人は諭した。


「私は最初に申し上げたように決して他人に秘密を漏らしたりはしません。もう高齢ですから名誉にも金銭にも興味は御座いません」

「しかし・・・だな」


同年代の相手には強気に出てしまうアルキビアデスでも老婆といってもいい夫人にはさすがに強くは抗弁出来ず、徐々に受け入れ始めてしまう。


「フォーンコルヌ家には契約の神アウラの神器があると聞いたことがあります。どうしても心配でしたらその力で私に決して診察内容を明かさないと契約させればよろしいでしょう」


アウラはこの国の守護神である法の神エミスの兄弟神である関係でその神器も受け継がれている。契約の神器の力は強烈であり、違反しようと考えただけで激痛が走り、口を開けば神によって永遠の呪いが降りかかると言われていた。

嘘をつけば地獄に落ちる覚悟であるという夫人をようやくアルキビアデスは信用して魔術を受け入れる事にした。


「そこまで言うならいいだろう。やってくれ」


 ◇◆◇


 アルキビアデスは睡眠を促す薬湯を飲み、夫人に手を取られたまま寝台に横になり眼を瞑った。すぐに睡魔がやって来て夢を見ているような、それでいて意識はしっかりして自分を客観的に見下ろしているような不思議な状態になった。


「貴方は衝動的になった後、後悔の念もすぐにやってくるようですね。それはお辛いでしょう」


(まあな)


手を出した直後に自分でも何でこんなことをしてしまったのか、と考えてしまうことがある。しかし地位とプライドが邪魔して謝罪など出来なかった。

王家の人間は決して他人に弱みを見せてはならず、目下の人間に謝罪するなど論外だというのが父の教えだった。

後悔しながらも踏ん反りかえってそれがどうしたと言い放ち、他人に非を求める。

これは自分の人生だ。

当然、世界は自分を中心に回っている。そう言い聞かせた。


「なまじ倫理観など持っていらっしゃるからお辛いのです。そんな余計なものは消してさしあげましょう」

(え?)

「思うように行動しなさい。貴方は生まれついての王者。不遜な三大公など皇家の敵ではありません。新王となる兄君に立ちはだかる老害だと思っていらっしゃるのでしょう?」

(そうだが・・・今はそんな話をしている時だっただろうか・・・。奴らから力を奪う大義名分もない・・・)


アルキビアデスの思考は揺れに揺れた。

薬の影響でまともな思考力が薄れていく。


「エミスの直系である貴方が法を決めてよいのです」

(だが、ベラトールや兄上がいる限り国内では何も・・・)

「貴方にはパーシア様がいらっしゃるではありませんか。王家も摂政家も全て貴方のものにできるそうでしょう?」

(何故それを・・・)

「心の枷を解いた以上、全てお見通しですよ。大丈夫、約束通り貴方が衝動的に行動しないようちゃんと病巣は取り除いてさしあげますとも。道徳、倫理感といった概念も失くしますが」

(おい・・・待て・・・)


そんな事までするとは話していなかったが、禁じる約束も無い。

アルキビアデスは術を掛けられるうちに思考力と共に、記憶も失っていった。


 ◇◆◇


 仕事を終えたブラヴァッキー伯爵夫人はレアからいたく感謝された。

アルキビアデスはこれまでと違って穏やかになり、よく考えて行動するようになったと。

母に良い医者を手配してくれた礼とこれまで邪険にしてきた詫びまで言われたと感激していた。


用事が済んだ夫人は少しばかりの報酬を貰い、宿に戻りタッチストーンと合流する。


「上手くいったようですね」

「ええ、今度はお前をベラトールの元に送り込みましょう」

「へへ、よろしくお願いしますよ」

「・・・そのおぞましい蟲は本当に民衆には影響ないのでしょうね?」

「実演してみせたのにまだお疑いですか?この『アンチョクス王の蟲』は神の血を引く者にしか作用しません。市民革命をやりやすくなりこそすれ害にはなりえません。一般市民にはただのウジ虫です」

「確かにフリギア家では外に出されていた愛人の子以外の王族は死にましたね」

「まだご懸念が?市民革命がことごとく失敗し、同志を全て失った貴方には例の新聞社くらいしか革命を成功させるアテはないでしょうに。帝国政府の市民階級の分断政策が成功してしまった以上、この体制を内側から変革するのは無理ですよ」

「分かっています。ですが、終末教徒のお前がそれで何を引き起こすのか、どうしても懸念が拭えません」

「終末教徒が望むものなんて世界の終わりに決まっているじゃあありませんか。しかし、それが貴族の世界の終わりにするのか、それとも世界の全ての終わりなのか、民衆の世界の始まりなのかは皆さんの努力次第なんじゃあないですか?」

「・・・いいでしょう。いずれにせよこの体制を、人々を奴隷にし寄生する卑しい神の作った理不尽な世界を一度は終わらせねばなりません。多くの苦しみを伴うでしょうが、きっと生命は新たな道を見つけるでしょう」


 こうしてブラヴァッキー伯爵夫人は他国に先駆けて独自の死霊魔術完成への道を模索するベラトールにタッチストーンを紹介した。

※アンチョクス王の蟲

アンチョクスとは神に見初められた人間の女性の子で、神の血を引くため、人の王となり強大な力を誇った。神代において己の力は天界を越えて星界に達し神にも勝ると言い放ち、不遜な態度から神の怒りを買った英雄。

神によって送られた呪いの蟲によって寄生された体は腐臭を放ち、妻子に逃げられ、自殺しようとしても死ぬことも出来ず、永遠に続く激痛で苦しみ続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、ご感想頂けると幸いです

2022/2/1
小説家になろうに「いいね」機能が実装されました。
感想書いたりするのはちょっと億劫だな~という方もなんらかのリアクション取っていただけると作者の励みになりますのでよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ