第66話 コンスタンツィアの日記
とても長いです。
次のおはなしでキャラクターが要点は整理するので読むのがきつくなってきたら次話をどうぞ
■1430年1月1日
先ほどまでヴァネッサやヴィターシャ、ノエム、ソフィー達と新年祝いをしていた。
わたくしはそれに参加しながらも同時に書斎で研究を続けている。
友人達に悪い事をしている気もするが、一応参加しているのだから許してもらおう。
祖母とシャフナザロフが残した研究記録をまとめて早く形にしたい。
■1430年3月1日
今から150年くらい前、いわゆる大コンスタンツィアからお婆様達の秘密が始まった。紙の値段も安くなり貧乏貴族の娘でも私的な記録がつけられるようになって皆が、平民さえも記録を残し始めた。
大コンスタンツィアの時代から多くの人々が知識を共有し、些細な発想が最先端を行く科学者にも影響を与え、学問が一気に発展し始める。しかし医学については神々の聖域とされてなかなか発展しなかった。
シャフナザロフは何万、何十万という人間を実験で殺害したが科学的手法を用いて記録を残した。資料を押収した帝国魔術評議会は彼の記録をもとに医学を大いに発展させた。
おぞましい実験を行いながら処刑されずに済んだのは学問への貢献が評価されたのかもしれない。
■1430年3月2日
シャフナザロフは大量の実験体を必要としていた為、人間と獣人を交配させた。
人間は大半の種族と交配可能であるらしいが、獣人の異種族間は無理だという。
人間は獣人とかなり近い種族だという事実は帝国の支配体制を揺るがしかねない。
シャフナザロフが追放刑に処された時期に皇帝の宝物庫から強制誓約の神器を持ち出された記録がある。二度と帝国に戻ってこれないように神器で特別な誓約を課されたのかもしれない。
■1430年3月15日
シャフナザロフの記録では貴族を亡者化させた時、周辺の死体も復活させてしまう事があると書かれていた。これは果たして本当に別の個体なのか疑わしい。
科学的手法を用いていたシャフナザロフは霊視を軽視していた可能性がある。
お婆様も同様の疑いを持ったようだ。
貴族の亡者は魔術を使う事も出来ず、肉体をマナで覆う結界も張る事が出来なかった。
あふれ出るマナが周囲の死体を動かしたのではないか。
わたくしがこうして別の体を動かすように。
■1430年3月16日
ヤドヴィカが掃除中に肉人形の素体を見つけて大騒ぎしてしまった。
もう少し見た目を整えないといけないかしら。
■1430年3月16日
肉人形に映像記録などに使われる記憶石を入れてみた。
■1430年3月21日
シャフナザロフは亡者のマナスを詳しく調べるべきだった。
といっても彼は霊的根源の事を知らなかったのかもしれない。
わたくしもいつか誰かが日記を読んでしまった時の為に、逐一解説を書いておいた方がいいのかしら。
■1430年3月25日
日記はお婆様と同じように子孫にしか読めないようにしておこう。
定期的に更新する遺言書と共にエイレーネ様にアウラの大神殿地下に保管して貰えばよい。
■1430年5月15日
学友のマヤが帝国貴族に強姦を繰り返されていた。
方伯家の力を使えばあんな恥さらしの家は取り潰せる。
しかし、わたくしの援助はマヤに断られた。
彼女は獣人の血を引いていて、マッサリアにはそういう人が多いらしい。
わたくしが騒げば露見し、マッサリアでまた大量虐殺が起きてしまう。
遭難中には善意でやったことでも酷い結果を招いてしまった。同じ過ちを繰り返してはならない。
迂闊な行動は慎まなければ・・・でもマヤの事は本当にこのままでいいのだろうか。
■1430年5月15日 追記
わたくしに婚約の話が来た。
方伯家が分裂し内戦状態なので争いを収める為に、不利になったら嫁がされるらしい。
でもその家って親戚・・・お爺様の兄弟の家系なのよね。
メルセデスお婆様が実のお兄様と愛し合って生まれた子が現当主で、それはわたくし以外誰も知らない。本人でさえ。
お婆様の才能は尊敬しているけれど、わたくしは近親婚なんてまっぴらなのでいざとなったら逃げてしまおう。
■1430年5月24日
漂流して遭難している間に世話になったバルアレス王国の王子を死の淵から呼び戻す為に、夢見術師ルクレツィアの力を借りた。
善意でやった事が次々と裏目に回り外国に酷い被害をもたらしてしまったけれど、あの王子がわたくしの後始末をしてくれた。
彼はまだ幼いのに公爵位を与えられ、わたくしのせいで発生してしまった賊に領地を滅茶苦茶にされた。お母様は外国貴族でご病気になり、残ったあの王子は王位継承を巡る争いで追い出されるように帝国に留学してきた。
わたくしが守ってあげなければ。
日記訂正:あのルクレツィアはお婆様の弟子コリーナ本人だった。
本人が死亡した後も現世に留まっていた。親族であればその体を乗っ取る事が出来る?
■1430年6月15日
一度ルクレツィアの手ほどきを受けたおかげで研究も大分進んだ。
お婆様は時々シャフナザロフの夢に現れていたようだから、研究が進めばさらに何かわかるようになるかもしれない。
■1430年6月16日
エドヴァルドはまだ入院中でフィリップがマグナウラ院の入学に反対している。
ああ、めんどうな王子様。
■1430年6月16日 追記
エドが可愛くて仕方がない。
夢の中でお母様を求めて泣いていた所を救い上げて以来、ずっと気になってしまう。
ヴァネッサも可愛いのだけれど同性愛者は地獄に落ちるといわれているから、少し距離をおいた方がいいのかしら。
■1430年6月17日
エドの学力はマグナウラ院に入るには正直物足りない。
しかし幼いのに自国では指揮官として戦争を経験済み。帝国に来るときには海賊団を壊滅させているので帝国騎士になる実績は十分にある。
理事会にかけて強引に入学させてしまおう。
あの海賊団にいたアンは昔、わたくしが助けた人物だ。
まさかあの後、女海賊になってエドヴァルドとイルハンを苦しめる事になるなんて・・・。
エドはアンを殺したことはともかく彼女のお腹の中にいた子まで殺してしまった事を死ぬほど悔いている。
わたくしがアンを助けたせいで、エドは死にたい、とうわごとに漏らすほど苦しんでいる。
エドはわたくしの心を救ってくれた。
わたくしも彼を助けたい。
■1430年6月18日
一応エドの学力向上の為に、課題を与えているのだけれど難しかったようでむくれてしまっている。そんなところも子供らしくて可愛らしい。
まだまだ退院出来ず、体を清める手伝いをしてあげた所随分わたくしの事を意識しているみたいだった。年頃の男の子らしく胸が気になって仕方ないようだ。
顔が真っ赤よ、と指摘したら『び、美人すぎるから!』ですって。
まあ、なんて素直なんでしょう。
レクサンデリのようにすれた帝国貴族とは大違い。
夢の世界で母親を求めていた赤ん坊の印象が強くて、ついついお乳をあげたくなっちゃったけど、もう立派に男の子なのよね。
■1430年6月19日
彼は怪我と病気で倒れた時からうわごとでもう死にたいと言っていたけれど、どうにか生きる気力を取り戻してくれた。レクサンデリが理事会を買収して入学を認めさせてくれたし、今後は学院で守ってあげなければ。
彼を見ているとどうしてもお乳をあげたくなる衝動に駆られるので『子ウサギを愛でる会』で乳児たちのお世話をしてきた。やっぱりそろそろ結婚しようかしら。
もちろん婚約者候補のことじゃなくて。
■1430年7月1日
エドも無事入学した事だし、そろそろ切り替えなければ。
魔術を使う時のように人格を分離して研究は研究で専念しよう。
物質的根源スペルマータと霊的根源マナスについて整理する。
物質は肉眼で見えるが、スペルマータはあまりにも小さすぎて顕微鏡がもっと発達しなければ捉える事が出来ないだろう。現時点では学者、哲学者が理論上必ずあると認識しているに過ぎない存在だ。
霊視しなければ認識できないマナスとある意味似ている。
スペルマータが何万、何億と結びついてようやく視認可能な物体となる。
生物も鉱物も単に結びつき、組み合わせ方が違うだけだ。
魔術による肉人形、石人形は生体鉱物とでもいうべきか。
スペルマータはマナを伝導させる特質を持つ。
魔石のように大量のマナを溜め込んでいる物質は含有量が高くなるよう加工される。
魔石の使い方を誤ってマナを吸い出し過ぎると割れて使い物にならなくなる。
一度魔石から限界までマナを絞り出した所、砂になって崩壊した。
実験室で魔石を密封して、重量を確認した時崩壊した砂を集めても元の重量にはならない事を発見した。つまり第二世界の存在とされるマナは第三世界、現象界で質量を持っていたということになる。
天然魔石、人工魔石、純度の高い物、薄い物を何百何千と集めてヴァネッサと実験してみたが、純度の高い物の方が失われた質量は大きかった。
マナは神の血を引く貴族にしか扱えない純然たる力という認識が一般的だが、マナとは力であることが正しいのなら、それは質量に変換しうる、と判断出来る。
■1430年7月2日
神学者達は世界の総量は決まっているという。
何故なら世界は原初の巨人ウートゥから作られたからだ。
何かが失われたように見えてもその分、別のものが増えて世界の調和が保たれる。
五根統一聖典で整理されているように、北方圏では水、南方圏では火というように対極の神の力が世界の調和を保ち、帝国は中央に位置しその相克、相生の調和を促している。
マナが失われて魔術という現象が起きる。
無意味に失われた時は代わりに光が発生し、マナを霊視できない一般人にも視認される。
より効率的に行使すれば一般人は勿論、他の魔術師にさえ視認は難しくなる。
神々の血を引く貴族は神々のようにマナを自在に操り、無から何かを創造する事が出来る存在として特権を維持しているが科学的には間違っている。
第二帝国期の神学では物質やマナだけでなく、あらゆる概念にも及ぶという拡大解釈がなされた。幸不幸、美醜、愛憎、健康と病、戦争と平和なんでもありだ。
愛の女神シレッジェンカーマに対して憎悪の女神アイラクーンディア、彼女達の名前は五根統一聖典にもあるが、この時期に編纂された神話には何万もの神々の名が増えた。
わたくしが実験の為に散財した魔石でレクサンデリは儲かった。
レクサンデリはその資金で貧しい人に金を貸す。
わたくしは金銭の代わりに知識を得た。
■1430年7月3日
魔術の光のような無駄は減らさなければならない。
あまり現金が無いのだ。
エドの入院費用も意外と高額だった。
必要なのは結果、現象だけだ。
■1430年7月3日 追記
実験で浪費されるマナが勿体ないので拡散される前に屋敷に吸収させることにした。
お婆様は様々な自動防衛機能を屋敷に残したがマナ不足でほとんど稼働していない。
最大の浪費家は塔を支える装甲魔導歩兵二体。
■1430年7月4日
霊的根源マナスについてだが、これはそれ以上最小化出来ない本人を本人たらしめる霊的根源であると定義している。
親子や血縁関係があるとよく似ているようだ。
感情を昂らせるとより顕著になる。
発見したのがヴァネッサを可愛がっている時というのがなんだけれども、世の中の研究者達もきっと何でもない時に新たな発見をしてしまう事があるのではないかと思う。
スペルマータ間が結びついているようにマナスにも繋がりがある。
結びつきは記憶されており、傷ついても元に戻ろうとする。
結びつく力が強い物は金剛石のように固く魔石のようにマナを多く含有する。
鉱物と違って人体にはマナスがある限り元に戻る力も強くなる。
これが治癒力・・・いや復元力だ。
マナスはもとの状態を記憶しており、第三世界では脳に多くその情報が保存されている。
ヴァネッサのマナの流れで理解した。
脳らしきものがない極小生物でもこの復元力がある。
シャフナザロフの実験で医学は科学的に進歩したが、魔術に応用すればもっと効果があるかもしれない。評議会が資料を押収したのだから、誰か転用していてもおかしくないはずだが。
■1430年7月5日
肉人形に埋め込んだ記憶石では大規模な実験が出来ないので装甲魔導歩兵の頭脳も流用してマナスを転写した。
■1430年7月6日
亡霊というものを幼い頃は子供を怖がらせる御伽噺だと思っていたのだけれど、死霊魔術の記録を見ると事実だと断じざるを得ない。
亡者が体を動かせるのは脳がまだ残っているからだ。
スペルマータとマナスの結びつきがどれほど残っているかで亡者の機敏性は異なる、と推測できる。
では亡霊は?
大半は精神的な幻とされているが、亡者が実在する以上発見例が幻ばかりだとは思えない。
亡霊を貴族でもない平民が視認できるのは何故か。
亡霊が死者と結びつけることが出来るほど生前の面影を残し、何らかの行動、恨み、執着を示唆出来るのは何故か。
■1430年7月7日
亡霊について友人や先生方に質問しても皆、信じていない。
しかしながら世界中で共通の事例があるのは明らかにおかしい。
■1430年7月8日
物質はマナ、力に変換しうる。
動物実験で生命が失われた時、マナに変換されて世界に拡散するのを確認した。
そして死体には死後活発化するスペルマータがある事も。
■1430年7月9日
死後活発化する特殊なスペルマータの結合体をグリアと名付けた。
シャフナザロフの成功例第一号の女性の名だ。
グリアは脳で最も活発化する。
■1430年7月10日
つまるところ、亡霊とは肉体が崩壊した時に変換されたマナなのだ。
記憶媒体である脳が失われ、代わりにマナが発生する。
地獄か冥界に行くべきマナがこの世に残ってしまい亡霊となる。
彼らは単に生前の記憶が変換され転写されただけなので、意思はなく残留思念とでもいうべき存在だ。まともに意思疎通出来ず単純な行動を繰り返すだけなのは変換効率が悪く死体自体もまだ残っている為だ。地中の蟲や腐敗によって徐々に肉体が失われても亡霊には変換されない。
お婆様がシャフナザロフに呆れていたのも今となっては分かる。
霊視を重視せず何万人、何十万人と死なせた成果があれでは実験効率が悪すぎる。
■1430年7月11日
肉人形の容姿が若干変化している事に気が付いた。
とりあえず人間の作業がこなせればよいと形だけしか整えていなかったのにわたくしに似てきた気がする。
■1430年7月12日
映像記憶用の魔術道具で肉人形の外見を残す事を本日から開始する。
■1430年7月13日
復元力というのは実に面白い概念だ。
様々な生命体には本来あるべき姿という設計図が存在する。
マナスは傷ついても時間が経てば元に戻る。
スペルマータの結合体、生物は復元限界がある。
失われた手足は元に戻らない。
だが、スペルマータから失われたマナ、情報を魔術で補完して手足を接合すると時間が経てば元の状態に戻る。鼠で実験してみたが、恐らく人体でも可能だろう。
必要なマナの量が多すぎてやる気にならないが、シャフナザロフはここまで実験すべきだったのだ。
■1430年7月14日
やはり人体を復元するのは効率が悪い。
グリアを人為的に製造し、生命がある状態で活動させれば大幅に効率が改善すると思われる。
■1430年7月15日
わたくしの魔術に関する質問にまともに答えられるのはマヤだけだ。
学院の講師達でも物足りない。
■1430年7月16日
御伽噺も馬鹿にならないと思って複数の肉人形と記憶石を行使して神話を片っ端から読破した。肉人形を作る為、錬金術師から随分買い集めて散財してしまったがその成果はあった。
モレスがアンチョクス王に与えた蟲は復元と破壊を繰り返して凄まじい苦痛を与えていた。
この蟲こそグリアを特化させたスペルマータなのだ。
その気になればアンチョクスの蟲を再現できるのではないだろうか。
■1430年7月17日
仮説ばかりで実証実験が足りない。
マナスが希薄な動物では確証が得られない。
人体実験の必要がある。
■1430年7月18日
肉人形の容姿はやはり変化している。
特に魔導装甲歩兵の頭脳と記憶石を直結させた個体の変化は著しい。
石人形は変化がない。
生体をもとにした人形の方がマナスの影響が大きくなる。
■1430年7月19日
今日は対極の調和について考察しよう。
生命の神モレスと霊魂の神アナヴィスィーケは大陸各地に五大神を配置した。
統一聖典では地上の繁栄を競わせる為となっている。
そういった要素もあるかもしれないが、別の要素もある。
世界のバランスが崩れるとウートゥの復元力が勝ってしまうのだ。
実験室で五根の霊媒を配置し、その調和を崩した時、霊媒間のマナの流れが変わった。
■1430年7月22日
マナスの秘密の解明を続けている。
人のマナスは土地の守護神の影響を受ける。儀式で授かった守護神のものも。
神官たちからサンプルを集めた。
守護神以外の反応も若干ながらある。
墓地で眠る遺体周辺からも試料を得た。
二つの大きな反応は地獄の女神アイラカーラとアイラクーンディアだろうか。
アイラカーラの方は同じくらい大きな力はあっても休眠状態で穏やかに見える。
■1430年7月24日
エドがセイラさんと喧嘩してしまったらしく間を取り持つことにした。
エドはアンを胎児ごと殺してしまった事で荒んでおり、アンを放り出したセイラにも責任の一端がある。
■1430年7月31日
霊媒が一つの塊になっていた。
魔石としても利用できる。
狂信者と思われていた唯一信教徒はひょっとしたら正しいのかもしれない。
古代神達は偽物であり、本来は唯一無二にして全治全能の神があるべき姿なのかもしれない。全ての神といわず、調和が崩れるほど神々が死に絶えれば復元速度は加速する。
これを確認するには試しに神に死んで貰わなくてはならない。
■1430年8月17日
以前に貴族の亡者が壊れた体では内包できないマナを周囲の死体に分散してひとつの存在として復活するという仮説を建てた事があったがあれは間違いかもしれない。
最終的に全てのスペルマータとマナスが結びついてウートゥに戻るように、近しい存在感には繋がりがある。
神々とその子孫である現代貴族。
軍団長と軍団兵。
領主と臣下。
親と子。
結びつく力が強い集団がまとめて死んだ時に集団復活した亡者となるのでは?
群体意識が動かしているのかと思っていたがそうではないかもしれない。
絆の深い集団に死んで貰って亡者化する実験が必要だ。
■1430年8月18日
死後間もなくは損傷していない限り脳は夢をみている状態に近い。
それは急速に失われるが、お婆様や弟子たちの夢に介入する力を使えば死体は操作出来る。
シャフナザロフは数体の死体しか操れなかったようだが、ほんの少しマナを注いで『絆』という情報を改竄すれば亡者を意図的に集団復活させる事が出来る。
そしてほんの少し夢に介入すればいい。
司令塔に示唆を与えれば亡者の軍団を操ることが出来る。
そして肉人形に転写したマナスを使って並列実行させれば何万、何十万という亡者を操る事が出来るかもしれない。
■1430年8月21日
以前、帝都のマナが希薄化した為、地脈を操る儀式を実行したのだけれど今になってその悪影響が出ていると地質学者が力説している。
地揺れの神ナイの信徒たちもそれみたことかと便乗して帝国議会に抗議行動を始めた。
無理やり流れを変えた結果、磁場に乱れが生じそれは将来に渡って天災を招くという。
確かに世界の総量が一定だという仮定が正しいのなら希薄化した帝都のマナ濃度を上げた分、どこかが薄れている筈だ。
帝国議会で補正予算から帝国騎士と学者達を世界各地の調査に送る事が決定された。
わたくしも議員代理として出席したのだけれど、公の場に顔を出す度にラキシタ家の問題の調停を依頼される。正直勘弁して欲しい。
■1430年9月15日
セイラさんの様子がおかしい。
イルハンの様子もおかしい。
シュリの様子もおかしい。
みんなエドの事を意識している。
エドはフィリップと決闘をすることになり、シュリさんを訓練相手にしたのだけれど、婚約を餌にしてシュリさんに本気を出させた。
年上で修業期間も長いシュリさんにエドはあっさり勝ってしまった。
やり口が汚かったのでエドを叱ったら、彼は恥じる所はないという。
心の中を覗いてもいいと言われたので見てみたけれど確かに彼は『汚い手口』を恥じていなかった。生粋の戦士である彼とわたくしでは勝負に望む心構えが違うようだ。
彼は純粋にわたくしに理解して欲しいと願っていた。
ついでにもう少し探ってみたらまたわたくしの胸の中で眠りたいんですって。
お詫びに叶えてあげようかしら。
■1430年10月7日
断り切れずラキシタ家のボロスの幽閉先の調査を有志議員達と行う事になった。
ボロスを助け出そうとしたラキシタ家の兵士達と戦いになり、わたくしは魔術の勝負で劣勢だった。研究ばかりだったし、魔術を戦いに使う訓練や研究もしてないのだから仕方がない。
ボロスの状態は明らかにおかしかった。
有力皇家の御曹司にしてはマナスが微弱過ぎたし、別人が寄り添っているようにも見えた。
自宅の実験室で解剖して見たかったけれど、五法宮の銃兵が魔導銃を使ったので肉体だけでなくマナスも滅茶苦茶に破壊されてしまった。
■1430年10月8日
ボロスの死体をどうにか手に入れる手段はないだろうか。
■1430年10月9日
ラキシタ家の報復が予想されるので、自宅の警備を強化する必要がある。
傭兵を雇うのもいいかもしれない。
出来れば家族がいない、誰にも心配されない天涯孤独の者がいい。
■1430年10月17日
博物館にある自然発生で確認されたという亡者の一部を確認した。
他にも評議会に封印されている亡者の部品をいくつか。
以前墓地で得た試料よりアイラクーンディアの力が大きい。
■1430年10月18日
どうにか頼み込んでボロスの遺体の一部を確認させて貰った。
アイラカーラのものでもアイラクーンディアのものでもボロスのものでもない。誰かの残留マナがある。
しかしこれをどうやって証明する?
霊視出来てもそれを他人と共有出来ない。
現象界の物質に映し出す方法が必要だ。
■1430年11月5日
エドとフィリップが決闘を行い、エドが勝った。
精霊達がフィリップの味方をしていたのでわたくしも霊体になって精霊達を追い払った。
フィリップはわたくしが介入したことに憤慨していたけれど、あちらも精霊に手伝って貰っていたのですから構わないでしょう?
■1430年11月18日
研究資金が心もとなくなり、資産を現金化する必要がある。
その件もあってシャルカ家のユースティアに節税方法を聞いた。
自宅を研究所として申請すれば個人的な研究で使った資金も、自宅の運営費も控除対象となる。お婆様が残してくれた自動防衛機構の魔術の維持もお金がかかるので含めてしまおう。
研究所の警備費用ですものね。
■1430年11月18日 追記
フランデアン王がやってきて立て替えていたエドヴァルドの入院費用などを補償してくれるそうだ。傭兵も手配してくれるのですって。
■1430年11月19日
セイラさんの様子がますますおかしい。
エドと密会しているのだが、何故か自分を罵倒するように要求している。
素直に謝罪できない彼女のプライドのせいで変に捻じ曲がっている。
■1430年12月2日
装甲魔導歩兵の頭脳を外部記憶媒体とした肉人形の容姿がわたくしにかなり近づいてきた。
スペルマータが持つ肉体の設計情報をマナスが記憶し、それが魔導歩兵から肉人形にさらに転写された結果、肉人形が本体であるわたくしに近づこうと復元力が働いたのだ。
装甲魔導歩兵は二体あり、もう一体にはお婆様の情報が記録されていた。
なら・・・その肉人形もどこかに存在している?
■1430年12月14日
塔の地下、霊体でなければ入れない場所にお婆様の肉人形が保管されていた。
お婆様は大勢の前で自殺した。
この人形たちも動作していない。
再稼働に必要なマナを与えた場合、動き出すのだろうか。
■1430年12月15日
肉人形はどこまでわたくしに似るのだろうか。
倫理的にも法的にも人体実験や死霊魔術の実験は許されないが、人形を可能な限り限界まで人間に近づけて実験した場合、それも許されないだろうか。
■1430年12月31日
今年のパーティにヴィターシャはいない。
彼女は政略結婚を嫌がって失踪してしまった。
実家の支援もない貴族の娘の末路は悲惨だ。
神殿に逃げ込まずに社会で働こうとしても失敗して、借金をする。
そして誰かの愛人や娼婦になってしまう。
起業に成功して独立しても貴族社会はそれを許さずあらゆる手を使って潰しにかかる。
■1431年1月7日
幽魂投射の訓練も進んで付近の精霊とも会話出来るようになった。
霊魂も存在は確認出来るが、マナスに残っている情報量が少ないので意思疎通は出来ない。
人為的に効率的に迅速に生体を霊魂に変換する必要がある。
■1431年1月8日
昨日のわたくしは殺人でも考えていたのかしら。
■1431年2月8日
エドったらいつのまにか市井で仕事を探していた。
ヴィターシャにしろエドにしろ信じられない行動力ね。
わたくしに同じことが出来るかしら・・・いいえ、無理ね。
選帝侯である方伯家の長女が街中でパンの売り子?
不可能だわ。
でもエドも東方ではそこそこ大きい国の王子なのよね。
人の強さって単純ではないのね。
■1431年2月9日
エドは下宿先で他の貴族女性と知り合っていたみたい。
昨年フィリップに勝ってからただの暴れん坊という評価が変わってきて女性受けもよくなったし、なんだか気に入らないわね。
東方候の息子に喧嘩を売って、乱暴な態度で学院の教師にも嫌われていた彼をずっと支えてきたのはわたくしなのに。
■1431年3月7日
彼が誇らしい。
ラキシタ家のサビアレス様の奥様の屋敷が監察隊の襲撃に遭い、アドリピシア様の遺体が酷い扱いを受けていた事に怒って監察騎士を倒したのだ。
遺体の尊厳を守ろうとしたエドが正しい。
わたくしは帝国議会で法務省監察隊に対する監査を要求した。
■1431年3月21日
アドリピシア様の件は完全にラキシタ家を怒らせた。
以前から小競り合いはあったが、帝都に向かって進撃を開始しているとの噂だ。
ボロスの死に関わったわたくしの身も危うい。
■1431年3月22日
ラキシタ家が我が家に押し入った時、どうなるだろうか。
魔導装甲歩兵もいるし、お婆様の魔術もある以上そう簡単に落ちはしない。
そして新鮮な死体が手に入る。
これまでの研究理論に問題が無ければわたくしは何百何千という亡者を作れるだろう。
歴史上誰も成し遂げたことのない魔術を実現出来る。
■1431年3月24日
エドがちょくちょく遊びに来てくれるようになった。
ノエムがわたくしの身を心配して頻繁に様子を見に行くよう言ってくれたらしい。
賢母の教えの通り、良き母になれるよう料理も裁縫の腕も磨いてきたけれど、まずは夫を見つけないとね。
以前記憶を見た時に彼のわたくしに対する気持ちは知ってしまったけれど、さすがに身長の差がありすぎるから難しいかな。
わたくしは同年代の男性と比べても遜色ないほど背が高いし・・・いえ、それ以上かも。
アドリピシア様の件での事情徴収でわたくしが彼女のお母様なのかと間違われてしまったし、ちょっと釣り合わないわよね。
それにしても四歳差でしかないのに「お母様ですか?」は無いわよね。
■1431年3月25日
神話の調査をしていてふと疑問に思う。
四方の神々の中で東方だけ雷神、風神がいる。
大神は兄神の風神だけれども弟神の雷神トルヴァシュトラは東方でも特に力のある神だ。
中央に位置する帝国の大地母神の姉妹にノリッティンジェンシェーレとシレッジェンカーマがいるのはいい。
対極に位置する西方の白色金剛神イラートゥスはこの二柱の神と拮抗し調和を保てるほど強力な神なのか?
■1431年3月26日
スペルマータ間の結びつきには雷気のマナが影響している。
エドの故郷のバルアレス王国は世界でもっとも落雷が発生する地域で、雷気の貴重な触媒も多い。お友達が持ってきてくれたお土産のおかげで特定できた。
土根の生物である鼠を実験に使っているがまとめて死亡させた時に微弱な雷気が検出される。別の地域の品種と同時に死亡させても群れと群れの間では検出されず、あくまでも群れの中でのみ発生する。
人間はどうだろうか。
■1431年3月27日
今日もエドが遊びに来てくれて必殺技とやらを披露してくれた。
ところで、日記の内容がおかしい。
思いつくまま書いていて見返す事は無かったのだが確認してみると本当に自分が書いたのか記憶があやふやだ。
もちろんわたくし以外に日記を開ける事の出来る人間はいないのだが。
わたくしはいつから死霊魔術の実験を考えるようになったのだろう。
書いた記憶の無い日記や実験もある。
魔導装甲歩兵の頭脳を使った頃から実験内容が特に血生臭くなっている。
もう止めよう。
■1431年3月28日
転写したマナスが入った肉人形が本体の意向に従っていない。
いや、本体のわたくしもおかしくなっているのだろうか。
眠っている間に代わりに作業をさせているが、その情報を毎朝統合する際に本体も歪んでしまったのだろうか。
人体実験を良しとする考えがいつの間にかわたくしの中にも芽生えている。
おぞましい、ありえないとシャフナザロフを嫌悪していたのに。
■1431年3月29日
もう統合せずに分離したまま、人形を処分するのが正しいと思う。
これまで大量に浪費した魔石の発するマナを装甲魔導歩兵の極大魔石が吸収している。
簡単には処分できない。
わたくしに似すぎた肉人形も処分しづらい。
もし朝、統合する前に人形が別の人形を創り出し、わたくしから隠していたらどうしよう。
おぞましい実験記録も含んでいる為、処分しなければならないが、もともと古代兵器の頭脳として作られたこの極大魔石が崩壊した時何が起こるか・・・。
わたくしが子供を産む前に、この身に何かあってお婆様の遺産もわたくしの遺産も『お爺様』が継いでしまった場合、きっと隠蔽するためにろくに何も考えず処分してしまうだろう。
『お爺様』は自分が恋焦がれた相手が実の母親だと知ったらどうするだろうか。
※グリア
死後活発化するグリア細胞から




