第62話 家臣を得る
アルハザード達野盗一味は全員無罪となり釈放が決まった。
ただし再び市民権を得るには三年間の労働に従事する必要がある。あるいは獣人への提供が決まった土地で彼らに奉仕するか。
「アルハザードさんはどれも選ばなさそうだよね」
釈放されたアルハザードをレナートは迎えに行った。
「まあな」
魔導騎士用の特別な留置場で長い間拘束され手錠をつけられていたので、体が鈍っており首からコキコキと音を鳴らせながら曖昧な返事をする。
「で、なんなんだお前は。王妃様に天馬に何やらぞろぞろとおでましで」
「あなたがどれも選ばないなら国外追放処分になるから、それなら護衛を務めて欲しいと思って引き取りにきたの」
経歴に問題はあっても優れた魔導騎士ではあるので誰かしらそのうちスカウトに来ると思ってその前にレナートは勧誘することにした。
「といっても武具も魔石もなければな」
「被害者への補償金としてボクが貰ったからボクについてくるなら返してあげる」
「今度はお前に仕えろってか?俺ァもう誰かの下につく気はねえんだ。悪いな」
「まあ、命の恩人に対して無礼な騎士ね」
パーシアがレナートの代わりに少し怒って見せた。
「すいませんね。王妃様。無罪にするよう図らってくれた事は有り難いと思ってますがね」
「私はもう王妃じゃないわ。でもレンが貴方を気に入っているようなの。無礼は許してあげるから護衛は引き受けて欲しいわね。これからヴェーナに向かう事になるのだし」
「ヴェーナに?なんでまた」
「ついてくるなら教えてあげます」
「あー、そんなら別にいいですわ」
アルハザードは手をひらひら振って断った。
「ええ?そこまで嫌?武具も返してあげるし、ボクの故郷に土地もあげるし、無礼も許してあげるっていってるのに。あー、そうそう愛人の三人も貴方についていきたいって」
貴族階級出身の女性達は平民に落され、獣人に明け渡す都市に住むか、やはり運河建設作業の工事現場の食堂などで働く事を要求された。彼女達は世間の好奇の視線にさらされながら平民として働くことは出来ず、誰にも自分達の事を知られていない土地で生きるのを望んだ。
「いやあ、もてる男はつらいねえ。お前もそんなに必死に頼むほど俺に惚れたか?」
にやにやしながらアルハザードは答える。
「はぁ?調子に乗らないでよね。一回勝ったくらいで調子に乗ってるわけ?ボクに一撃でのされたくせに」
「ありゃあちょっと余所見してただけだ。実力で俺を倒したとでも己惚れてんのか?」
アルハザードは取り囲んでいる騎兵と天馬に魔力を傾けていたので、不意打ちで顎を殴られて倒されてしまったが、レナートは普通に正面から戦って敗れたのでアルハザードは未だに軽く見ていた。
「ボクだってあんなのぜーんぜん本気じゃ無かったんだから。魔石の補助が無ければチンピラ同然のくせに」
「はっはっは。顔を真っ赤にして可愛らしいもんだ。魔石があろうと無かろうとお嬢ちゃんくらい一発だ」
魔石の補助による筋力強化さえ無ければ距離を取って逃げ切れたと思っているレナートはムキになって反論する。
「へぇ、じゃあ試してみようよ。ボクが勝ったらおじさんはボクのもの」
「なら、俺が勝ったらお前は俺のもんだぜ」
「いーよ。やってやろーじゃん」
売り言葉に買い言葉で二人は再勝負する事になってしまった。
「ちょっとレンちゃん。よしなさいよ」
「レン、こんな男止めておきなさいよ。護衛ならアヴァリスから誰か借りるわ」
ソフィアとパーシアは止めたが、レナートは勝負に拘った。
◇◆◇
近くの広場で同様に釈放された一味達から観戦されながら二人は決闘を行った。
立会人として近くの神殿からアウラの司祭もやってきて見届け人となる。
「この決闘の結果に対して法的拘束力はありません。我が国は奴隷制度を採用しておらず、誰かが誰かを所有することは許されておりません。故にお互いの誓約に違反しても罰則はありません。しかし天の神々は常にお二人の行いを見ている事を肝に銘じて下さい」
「わかってます」
「ああ。王の怒りより神罰の方が恐ろしいからな」
二人は素手で戦う事になった。
レナートを女魔術師として認識しているアルハザードはハンデとしてかなりの距離を与えようとしたが、レナートはそれを拒否して普通の剣闘試合の戦士の距離で始めるよう要求した。
「いいのか?杖も発動体もなしで」
「帝国で一般的な魔術とは違うから」
「そうか。負けても距離のせいにするなよ」
刺青のあたりでマナが濃くなるのを察知したアルハザードはどうやら根拠もなく強気に言い放ってるわけではないと察して本気になる。
「そっちこそ魔石のせいにしないでよ」
「いうね。今晩が楽しみだ」
「下につけて無理に従わせる気はなかったけど、ここまで放言したんだからちょっとは礼を尽くして貰う事にするから」
「こっちもな。二度と生意気な口が叩けないようみっちり仕込んでやる」
「それ以上は神への冒涜とみなしますよ」
二人の軽口を司祭が叱責する。
「その先は決闘の後で二人でどうぞ。そこまで私は関知しませんので」
「はーい」「あいよ」
それからようやく司祭が開始の合図を出した。
戦士と魔術師の戦いでは魔術師に周辺からマナを集める時間を与えるわけにはいかないので先に戦士がしかけて勝負は一瞬でつく。
即時発動できる魔術の霊媒が無ければ戦士の勝利だ。
だが、アルハザードは動けなかった。
全身が一瞬で凍結していた。
「あっはー。どうしちゃったのかなー?動けないのかな?」
アルハザードの目にはレナートの肌が少し青白く、やや背が伸びてより豊満になったように見えた。素の状態でもかなり成長していたので女神を降ろしてもあまり差は無くなってきている。
「何も喋れない?あれだけ大言壮語してたのに手も足も出ないじゃない。だっさー」
レナートはアルハザードの目の前で舌を出してさんざんにからかった。
「ちょっとレンちゃん。女神の力は・・・」
見るに見かねてソフィアが窘める。
「大丈夫、制御出来てるから。今だってちゃんと呼吸出来るように小さな穴開けてあるし」
レナートは振り返って勝利の笑みを見せた。
その注意が逸れた瞬間にアルハザードは内なるマナを高めて自身を覆う氷を砕き、背中を見せていたレナートの胴体に太い腕を回して締め上げた。
「油断したな。やっぱまだまだガキだぜ」
「ちょっとレンちゃんを放しなさい!」
「負けを認めたらな」
アルハザードは後ろから抱え込んだままレナートを持ち上げた。
「どうだ?」
「す、凄いね。魔石無しで破るとは思わなかった」
レナートは驚いて抵抗もしなかった。
アルハザードは左腕で胴に手を回して締め付け、右腕は首に回しているが締め付けてはいない。やろうと思えば一瞬で首も締め上げられる位置で止めている。手加減してやる余裕すらあるらしい。
「ちょっとレンちゃん。油断なんかするから・・・。遊んでる場合じゃないのよ」
「さすがに人力であのぶ厚い氷が破られるなんて・・・」
レナートは手加減されている事を悟り、抵抗もしていない。
上から腕ごと抑え込まれており、少しだけ自由な右腕でアルハザードの腕を撫でてその太さを確かめた。
「もう、何赤くなっちゃってるのよ」
ソフィアが文句を言う。
「ん?俺にほんとに惚れたか?」
抵抗しないレナートを降ろして振り向かせると本当に頬を染めていた。
「趣味が悪いわよ、レンちゃん。失恋したばかりだからって」
「ほーう。そうなのか。そんなら少しは優しくしてやってもいいぜ」
「そう?ボクの事守ってくれる?」
頬を染めたままのレナートは少し背のびをしてアルハザードの頬を両手で挟んだ。
「まあ、お前が俺のもんになるならそうなるだろ」
「違うよ、あなたがボクのものになるの」
「は?」
現実離れした美貌を持つ相手に頬を染め、唇を寄せられたアルハザードはこの時少しばかり浮かれていた。しかしレナートから冷たい吐息を肺に送り込まれて再び全身が硬直する。
「ぷっぷー。ひとの事ガキとかいってくれちゃってたのに、なーにでれでれと油断しちゃってたのかな?こんな手にひっかかるなんてざっこーい。まさにチンピラだね」
(き、きたねえ)
アルハザードに意識はあったが、声一つ発せられなかった。
「今度は魂を凍り付かせたの。体はそのままだけど、身動きできないでしょ?」
アルハザードが再び内なるマナを振るい起そうとしてもまったく反応しなかった。
いくら気合を入れようとしても心が動かない。
「ボクが全然本気じゃなかったってわかった?でもね、やっぱり体はそんなに頑丈じゃないからアルハザードさんに守って欲しいの。お願い出来ない?」
「レンちゃん。動けないんでしょ?聞いても無駄じゃない?」
「大丈夫。この人が負けを認めて神に誓った事を果たす気になればボクにはわかる。認めないならずっとこのままになるだけ」
騎士として武芸で負けたわけではないアルハザードはすぐには納得しなかったが、そんな彼をパーシアが諭した。
「あなたもこれまで無敗の騎士だったわけではないでしょう?今日、久しぶりに敗北を認める日が来たってことよ。別に無理な事、非道な事、騎士の誇りに反する事は命じないし、前の主君よりは仕えやすい事を保証するわ。私達の住む家に貴方も住まわせる。だから潔く認めなさい」
その言葉はやや砕いて表現したが、騎士叙勲の際にかける言葉だった。
こうしてアルハザードも遂に敗北を認めて膝を屈した。
◇◆◇
「じゃあ、約束通り武具や魔石は返してあげる」
受け取った装備をアルハザードは身に着け始めた。
「手錠と首輪もか?」
一式の中には旅の資金などもあったが、不要と思われるものもあった。
「天馬が嫌がるから一緒に持って来てもらおうと思って」
「どうすんだ?また縛られたいのか?」
「そう」
冗談半分に言ったのに肯定されてちょっと目を剥いた。
「なんだ。そういうのが趣味だったのか。道理で俺に惚れたわけだ」
「ばーか。ボクの力が暴走しないようにするのにあった方がいいって。パーシア様がいうから」
あまり緊張したり昂ってしまうと相手を凍らせてしまいかねないのでパーシアが欲しがった。
「女神の力を抑え込むなんてずいぶんな品ね」
「略奪してた時にどっかの家の家宝だったとか聞いたな」
ただのエゼキエル鋼製の拘束具では無かったらしい。
「じゃ、よろしくね。貴方を慕っている人達も責任持って連れてくるんだよ。ボク達は一足先に家に帰るから」
「しかしバントシェンナ王の領地は問題なく通れるのか?」
「ちゃんとニキアスさんにも話は通しておくから国境線の大橋で待ってて」
アルハザードに従っていた一部の野盗と女達もウカミ村に移住する事になったので、彼らを率いて陸路でウカミ村に行く。レナートとソフィアとパーシアは天馬で先に戻る事になった。
「めんどくせえなあ」
「ボクは貴方がチンピラ騎士でも構わないけど、慕ってくれてる人を見捨てるような人なら要らないから」
一人の方が楽なのになんだかんだいって見捨てなかったので大丈夫だろうとレナートは思っている。
「しゃあねえなあ。手付金とか無いのか?」
「武具返してあげるんだから十分でしょ」
「魔導騎士雇うなら武具を渡すのなんて必要経費みたいなもんだぜ」
「現金とか無いし、キスで良ければしてあげようか?」
ショゴスは一度の経験で逃げ回るようになったし、どうせ同じだろうと思って軽口を叩いたがアルハザードは気にせず抱き寄せて唇を合わせ、舌の裏から歯の裏までたっぷり数十秒ねぶった。
「いいんですか?パーシア様」
それを見てソフィアが囁く。パーシアとレナートが恋人関係にあるのでそれを気にしたのだ。この国では同性愛は文化的なご法度だが、法で禁止されているわけではなく既婚者が遊びでつきあっている分には大きな問題にはならない。パーシアの場合、夫婦関係は良好だったが後継ぎを産んでいないので非難されていた。
「レンは私に子供を産んでくれる約束だもの。それに全然嫌がってないでしょ」
レナートの方からも背中に手を回して応えていた。
「同世代の男に幻滅しちゃったのかしら。頼りになる男、お父さんが恋しいだけだと思うけど」
「別にいいじゃない。この先どうなるかなんてわからないし、今、幸せにしてくれる相手がいるならその相手に縋っても」
周囲が苛立つようになる頃にようやくアルハザードが満足して体を放すとレナートの方が名残惜し気にした。
「へっへっへ」
唇を合わせて抱き合っていれば相手の考えている事は通じる。アルハザードは満足げに腰を抱き、見上げるレナートにもう一度軽く口づけをしてやった。
「さっきの件があっても嫌がらないなんてさすがに豪気だね」
「こんな美人に抱かれて氷の彫像になるならそれもいい」
「もうガキだとか馬鹿にしたりしない?」
「ああ、お前はいい女だ。俺の剣と心を捧げてもいい」
単に敗北したからだけでなくアルハザードは心から騎士となる事を誓った。
「そっちこそどうなんだ?惚れたか?」
「うん、ちょっとかっこいいかなって」
今度は演技でもなく頬を染めている。
「気に入ったんならそこらで続きをしてやってもいいぜ」
「それはだーめ。忙しいからご褒美はまた今度ね」
「どっちのご褒美になるかな。・・・んじゃ、皆、連れていくが本当に全員に土地と家を貰えるんだな」
「家は自分で建ててね。完全自治権を貰ってるから税金もないけど、田舎だから生活は苦しいよ」
「それくらいは構わん」
「あと、ボクらは先にヴェーナに行っちゃってるかもしれないけどその時は待ってて」
ここからウカミ村までは一か月以上かかるので、レナートはマヤがすぐに動けるようだったら待たずにパーシアを連れてヴェーナまで行くつもりだった。
「わかった」
「お行儀良くね」
「わかったわかった」
念入りに釘を刺されてアルハザードは適当に答えた。
「早く来てね」
レナートがくふっと蠱惑的な笑みを浮かべ、周囲の人間が男女問わずどきりとさせられた。




