第27話 太后レア
フォーンコルヌ皇国の太后レア。
彼女は西部の有力な貴族アークトゥルス家から12歳で嫁いできた女性で、当時としてもまだ幼過ぎるのではないかと言われたが皇家が西部貴族の勢力を統一し他の総督達に対抗する為に必要な結婚とされた。
まだ十分な教育を受けないまま嫁ぎ、子を儲けた為、公式行事では時々無知を晒し帝都では『空っぽ頭のレア』と陰口を叩かれていた。
その為、彼女は帝国社交界から逃げ、本国から動こうとせずお飾りの妃として長い年月を過ごしてきた。夫に先立たれてからは城にも寄り付かず、ずっと郊外に与えられた宮殿に住んでいる。
摂政のベラトールも世間から忘れ去られた彼女にわざわざ会いにいかず、手紙を召使に渡してやりとりするだけである。
「あの男、今度は我が子が頭の病気だから医者に見せよ、などと言ってきおった!どこまで妾を侮辱すれば気が済むのか!!」
彼女は実家から寄こされた騎士に手紙をみせ不満を露わにしている。
「今は耐えるしかありません。アルシオン様が王位につけばすぐに彼は用済みとなります」
「しかしな。そなたは悔しくはないのか。我が子を侮辱されて・・・」
「しっ・・・声が大きすぎます」
室内に他に人はいないが騎士は周囲を憚ってレアの口を抑えようとした。
「あら、昼間からそんな」
レアはその手を取り、騎士を引き込むようにソファーに倒れこんでいく。
「レ、レア様。いけません」
「何がいけない?」
レアも既に四十代となっているが、いまだ三十前に見えるほどに容姿を保っている。
熟女の妖艶さも加わって騎士もその誘惑に抗えぬように彼女の手を逆に掴んだ。だが、真剣な表情で語りかける。
「もし私達の関係が露見すれば何もかも終わります。今は耐え、後にご実家から適当な方を派遣してもらいそちらを宰相として彼は追放しましょう」
「しかしのう、アルシオンが帝都にいる間はアルキビアデスにこの国を任せてやろうと思っておったのに」
「いくらなんでも若すぎますよ」
騎士は苦笑して立ち上がり、レアも姿勢を直す。
「じゃが、あやつに言われるがままにしたらあの子の名誉も地に落ちる」
「その点については妙案が御座います」
「ほう。申してみよ」
「実はちょうど伝説的な霊媒師と言われる旧スパーニアのブラヴァッキー伯爵夫人がフラリンガムに滞在しているとのこと。外国の方ですから国内の医師とは無関係ですし外部に情報が漏れる事は御座いません」
騎士アイガイオンは彼女に診察してもらい、結果はどうあれ口止めしてアルキビアデスに都合の良い事を報告して貰う事を提案した。
「そんなに高名な方なのかえ?」
「ええ、帝国魔術評議会も特別に外国から導師として招聘を行ったという方です。そして当代最高最悪と言われた魔女メルセデスの直弟子となり、深い心の傷を負い廃人となった人間を何度も蘇らせてきたとか。精神的な問題を治療することに長け、そして本人や家族が知らない、忘れてしまった情報さえ引き出し、死者と対話することさえ出来るのだとか」
「ふうむ、しかしそれほど高名な術者であればちと高くつくのではないか?」
彼女の夫はアークトゥルス家に配慮して王室予算を大量にレアの為につぎ込んだ。
幼くして嫁いできた彼女にまともな金銭感覚も育っておらず、夫に甘やかされて浪費家になってしまった。しかし、王の死後は予算をすっぱり切られてしまい昨年分の借金の返済にも苦慮している。
「それならば心配いりません。夫人も高齢ですしさほど報酬は求めていないとのこと。ただし、もしアルシオン様が皇帝に選ばれた際には先代のスパーニア王に出した帝国追放刑を解き、王国の復活と王の帰還を認めて頂きたいとおっしゃっております」
「ほうほう、さすがはアイガイオン。すでに接触していたか。そんなことくらいわけはない。妾からアルシオンには言って聞かせよう。夫人を呼ぶが良い」
「はっ」
アイガイオンはそう言って踵を返そうとするが、レアが「あっ」と悲し気な声を上げる。
「何かご懸念が?」
「もう・・・妾を焦らすのがうまい男よ。そんなに急ぐ必要はなかろう?さ、隣に来てもう少しゆっくりしていくがよい」
「しかし私にはやるべきことが・・・」
アイガイオンは三大公に対抗できる胆力と政治力を兼ね備えた人物を見出して、アルシオンにベラトールの首をすげ替えて貰う為の工作に忙しい。
自分達の不義の子であるアルキビアデスが王位につければ申し分無かったのだが、まだ若すぎた。先王があと五年生きていてくれれば王家の乗っ取りが成功したのに、と悔しい思いをしたものだった。
「妾を慰める以上に大切な事があるのかえ?夫に先立たれ、長男は失踪し、次男は遥か遠い帝都に滞在したまま戻ってこぬ。娘たちは学院の寮で暮らすといって帰って来ない。学生生活が楽しいのじゃろうが妾にはそんな時代は一度も無かった。義理の弟にはこんなところに追いやられ、喪に服せと他人との接触を禁じられたのにまだ国民に知らせられぬ、と夫の葬儀を上げる事さえ出来ぬ。誰か妾を少しでも憐れんで慰めてくれる男はいないものか・・・」
世間から揶揄されたように彼女は愚かである。
アイガイオンも時々呆れる事があるが、彼女のせいではない。
子供を産み、夫婦関係を続け、家と家の間を繋いでくれればいいとだけ思われてきたのだ。
娘達からもまともな教育を受けていないと馬鹿にされるほどレアは愚かだったが、彼女にはそんな機会が与えられなかっただけ。しかし、そんな彼女も人の気を惹くのは上手かった。
先王も長く臥せっている間に、妻に愛人がいることを察したようだが、罪悪感からか放置していた。
アイガイオンも彼女には哀れみ、愛情、打算、様々なものがあいまぜになった感情があり、彼女と危険な関係を続け、結局翌日まで彼女の私室から出る事は無かった。




