第57話 ソフィアの再来訪
ショゴスはしばしば城の屋上から領土を眺めながら政策を練っている。
そこにまたソフィアがやってきた。
「随分早かったな。こちらはまだ何の準備も出来ていないが」
「今回は使者ではありません。家族にレンの様子を見てくるよう頼まれました。とはいえ、一応情勢をお知らせします。クールアッハ大公エンマ様は休戦の受け入れをお決めになりました」
「確かか?」
「はい。もちろんお疑いでしょうから使者を送ってご確認下さい」
三大公の一角が落ちたのだからそちらも、という駆け引きかもしれないがすぐに分かる嘘を伝令役に過ぎない彼女がつくとも思えずショゴスは事実だろうなと確信する。
「早速送るとしよう。で、レン君についてだが、もう健康なのでさっさと引き取ってくれ」
「はあ・・・」
ソフィアにレナートの行動を決める権利はないので生返事になった。
とりあえず会って様子を確かめないと始まらない。
◇◆◇
ソフィアは早速レナートとパーシアの所に案内された。
「ソフィアさん!久しぶり」
「元気そうでなによりね。それよりいったい何してるの?元気になったのなら家に帰らないとお母さんやファノちゃんが心配してるわよ。あとヴォーリャさんがとても怒ってるわ。同じくらい心配もしていたけど」
「う・・・」
「ヴォーリャさんが自分でこっちに来て連れ帰るっていうから、私が来たのよ」
陸路でここまで来るにはあまりにも危険で困難が過ぎた。それでもヴォーリャが行くと言い張るのでソフィアが急いでやってきた。
「それは心苦しいけどボク、やることあるの」
レナートは後ろめたそうに目を伏せる。
「やること?使者のお役目は終わったわよ。エンマ様は休戦を承諾したし、ショゴス様は議会にかけあってくださるんでしょう?」
「それとは別。アルハザードさんの弁護をしなくちゃいけないし、それに・・・」
レナートはちょっとそこで言い淀んだ。
「それに、何?」
「ボク、パーシア様の赤ちゃん産むって決めたの」
「はあ?」
いったい何を言ってるんだ、と唖然とするあまりソフィアの心の中で顎が落ちた。
「何を言ってるの?パーシア様は女性でしょう。女の子同士じゃ子供は作れないのよ。あ・・・でも神様なら別なのかしら。それとも男の子に戻るの?王妃様相手はさすがに不味いと思うのだけど」
ソフィアは混乱して支離滅裂な事を言った。
「ううん、そういうのじゃなくてパーシア様はね。ショゴス様の事愛してるのに子供が生まれないのを残念に思ってダフニア様に王妃の座を譲ろうとしてるの。でもね、ショゴス様はパーシア様を愛してるからそれは絶対に嫌だっていうし、ダフニア様もお断りしてるの。だからね、ボクが代わりに産もうと思って」
愛し合っているショゴスとパーシアの間に子供が生まれればこの国は安泰だ。
ダフニアは身代わりになるのを嫌がっているが、レナートはパーシアに子供をあげたいので東方の代理母の習慣に習って仮初の妻となることを承諾した。
ソフィアもマグナウラ院に通っていた時に留学生から外国の変わった風習は聞いた事がある。だが、それを現実に目の当たりにするとカルチャーショックが大きい。
こめかみを抑えつつ苦言を呈した。
「ショゴス様はレンちゃんに早く家に帰れっていってたわよ」
「そうなの!ボク、結構自信あったのに失礼しちゃう」
レナートはプライドが傷つけられプンプンと怒っていた。
黙っていればすっかり大人で美人に成長したのにこうして感情を露わにするとまだ子供っぽい所が残っている。
ソフィアはレナートからパーシアに会話を移した。
「パーシア様、あまりこの子で遊ばないでください」
「遊んだりしてないわ。本気よ。もっともレンが承諾してくれた時は吃驚したけど」
「そりゃそうでしょう」
「レンったら旦那様が嫌がっても自分ならモノにできるっていうのよ?私だって期待するじゃない?」
ショゴスとダフニアはお互いが嫌がっていたので関係は成立しなかった。
しかしレナートの場合は違う。
「レンちゃん。どこからそんな自信が?」
「ペレスヴェータが必要な事は全部教えてくれたもん。・・・なのに」
「なのに?」
「王様のくせにちょっとキスしただけで凍っちゃって。すぐに解除したのに顔見るなり悲鳴上げるし、役立たずになるし失礼しちゃう!」
神域内に取り込んでもドムンでさえ無事だったのに、魔力が高く強い抵抗力を持つ筈のショゴスはちょっと唇を合わせただけであっさり凍ってしまった。容姿にも成長した体にも自信を持っていたレナートは顔を見ただけで逃げられることに憤慨していた。
「レンちゃんがちょっと強くなり過ぎたのよ」
「でも・・・アルハザードさんにはこてんぱんにされちゃったのに。やっぱり男のまともな騎士様は強いんだなあって」
稽古とは違う、本気の戦士の強さにレナートは参っていた。一生努力しても勝てそうにはない。
「あんなのがまともな騎士なものですか。パーシア様の件はおいておくとしてあの男の弁護をするつもりなの?」
「弁護といっても権利は無いから議員さんとか有力者の人に会ってお願いするくらいだけど」
パーシアが仲介して一緒に会ってくれているので外国人扱いのレナートにもそれなりに影響力があった。
「どうしてそこまでするの?まさかほんとに一晩で惚れちゃったんじゃないでしょうね」
「違うって。あの人は悪い人だろうけどそこまで悪い人じゃないと思う。それにあんな状況になったのはそもそも王様のせいでしょ?」
裏切者を炙り出し、みせしめとする為に帝国追放刑と同等の処遇が地域全体に課された。
力の無い何万もの民衆が巻き込まれることになっても、政治的利益が優先された。
「そうだけど、それを公言しちゃ駄目よ」
「わかってます」
レナートはパーシアに協力して貰い、王の権威を傷つけない形でどうにか事を収められないか模索していた。




