第56話 バントシェンナ軍の戦い
ニキアスはナグレブが敗れた事を知ると僅かな供回りだけを連れてガル判事領へ入った。
そこには難民を押し返す為に半獣人達の混成軍も駐屯しており、早速彼らとの協議を行った。本来部族ごとで行動する獣人だが、今回は雑多な種族が入り混じっている。
その軍団長には半獣人の都市ユランの市長が就任していた。
「ネドラフ市長。ナグレブの親に当たる大精霊ドルガス殿はそうとう血の気の多い方だとか」
「ああ、お前が来たのは例の休戦の話ではなくそっちの件か」
「察しがいいですな」
「残った連中を見殺しにすれば恨みを買う。お前の軍師ともどうやって救出しようかと話していたところだ」
半獣人ネドラフは東方の国の王族だったが、獣人の血が混じっている事が帝国に露見することを恐れた小国軍と共にある陰謀に加わり独立を志した事がある。
当時は結局断念したが、東方王の反乱の際に獣人と東方人の間を取り持った功績で市長の地位についた。
そのネドラフの所にニキアスは要塞設計の終わったプレストル伯ブザンソンを送り込んでいた。彼は帝位を狙って反乱を起こしたラキシタ家の軍事顧問で、その反乱に失敗したあとバントシェンナ男爵家に保護されていた。
「ふむ、ブザンソン。方針は決まったか?」
彼を派遣してから随分日が経っているが行動を起こしたという連絡は来ていなかった。
敵が二十万もの大軍では指揮下の三万ではどうしようもないとしていたので叱責は送っていない。
「これまで情報収集に務めて参りましたが、おおよそ把握しました。陛下が来て下さったおかげで士気は大いに上がり勝率も高まるでしょう」
「敵将はどんな男だ」
ニキアスは具体的な情勢を求めた。
「敵の総司令官は王の叔父であるフィネガン公に仕えるグラントム将軍です。勝てない戦いはせず、堅実に勝利を重ねてきた名将だとか。今回も難民達に我らの街を襲わせる手法を取り、自らの兵を損ねずに勢力圏を広げてきました」
難民達は蝗の群れのようにそこら中を襲い、傘下に加わった諸侯を悩ませていた。
「厄介な男だ。で、どうする?」
「陛下のお言葉にケチをつけるようで申し訳ないのですが・・・」
「気にしなくていい、いってくれ」
「は。勝てない戦いはしない名将という評判ですが私にいわせれば運がいいだけの男です。世の中、勝てるかどうかわからずとも戦わざるを得ない時もあります。敵将にはその勇気が無いか、大公家に仕えていれば無理な戦いをせずともよかっただけでしょう」
「ふむ。だが、現実に我らの戦力は劣る。神器を使うなとマヤ殿からも釘を刺された。ネドラフ殿、そちらも三歳かそこらの半獣人が戦力になりますか?」
「難民どもを脅す役には立つが、戦場でどう動くか、動けるかはやってみないとわからんな」
「ということだ。ブザンソンよ、これでどう勝つ」
ニキアスとしては王自ら前線にでて救援の構えを見せたのでドルガスへの言い訳は立つだろうと考えた。
「勝つ算段はあります。しかし百戦して百勝とはいかないでしょう。七十回は自信はありますが、今回が失敗するうちの一回かもしれません。陛下が無理をして勝ちにいく必要はないとお考えなら献策はいたしません。ここで守備に徹しましょう。敵も休戦交渉を続けるのであれば、会戦は挑んでこないものと思われます」
ふうむ、とニキアスは唸った。
「どうなさいますか?」
「7割は勝てるのだな?」
「はい。ですがネドラフ殿の協力が必要不可欠です」
「どうかな、ネドラフ殿」
ニキアスは考えをまとめながらネドラフに水を向ける。
「ドルガスが来ればダカリス地方は奴の縄張りになるだろう。休戦なんて初耳だが、それが成立する前に可能な限りフロリアの土地を多く得たい。そこには豊かな草原があると聞く」
「あなた方も大変なのだな」
気の荒い虎人族が流入し、その前からこちらで生活していた半獣人達とのトラブルが絶えない。
人類を制圧した後は獣人同士で勢力争いが起きる事は予想されており、今のうちに自分達の勢力圏を広げておきたい種族が多かった。
「敵の人物像を聞く限り、負けた所で追撃の手は緩いだろう。多少の損害より実戦訓練を積める方が利益がある」
「ネドラフ殿の助けがあるのなら勝率はさらに増しましょう」
それでニキアスも腹を決めた。
「ブザンソン。俺はただ勝って敵を追い払うだけでは満足しない」
「と、おっしゃいますと?」
「ドルガスとやらがそれほどまでの力を持っているのであればショゴスも最終的には折れて休戦するだろう。エンマも身内に敵が多い上に亡者の脅威もよく知っている。俺と休戦するのは嫌でもマヤ殿とであれば休戦にも応じると思う。その時、俺はどうなる?」
間違いなく地位は低下する。
最近、臣下となりまだ心から服従していない者達には軽んじられもとの男爵領にまで押し込まれるかもしれない。
「ブザンソン。俺が要求する勝ち方は単に勝つだけではなく、難民どもを追い払い、後顧の憂いを無くし、飢える我が民の腹を満たし、虎人族への義理を十分に果たし、さらにショゴスとその臣下の恨みを買わず、休戦交渉を妨げず、マヤ殿の信頼も失わない。そういう勝ち方だ」
「無茶を言う。そんな都合のいい勝ち方があるか」
ブザンソンではなくネドラフが呆れて苦笑した。
「勝率が上がったのであれば、多少の要求が増えても問題無かろう?」
ニキアスは挑戦的な視線を送った。
「はい、陛下に冒険に打って出る勇気があれば」
ブザンソンはニヤリと不敵な笑みを浮かべて答えた。




