第53話 じりじりするヴォーリャ
「まったく、あいつらはいつになったら帰ってくるんだ!」
スリクが戻って来るまでウカミ村で子供らの面倒を見ているヴォーリャはなかなか戻ってこない彼らに苛立っていた。暇をしているエイラやエンリルが手伝ってくれるとはいえ子供らは元気一杯で手間がかかる。親達が死んだ襲撃があってしばらくは怯えていたが、元気を取り戻すのは大人達よりも早かった。
ヴォーリャとテネスが子供用の弓を作ってやると、その練習にやっきになっていた。
ずっと帰りを待っていたのだが、ムッサとゲルドだけが戻ってきた。
「レンやスリクは?」
ムッサは黙って首を左右に振った。
「族長さん、マリアさんを呼んで」
ゲルドの要請でマリアとサリバン、それにヴァイスラと勝手についてきたホルス達にヴェニメロメス城で会った事を報告した。スリクがドムンを殺す事になった事情を知るとサリバンが「そうか・・・」短く零した。
子供がいないので民会にも代表者会議にも関わっていないヴォーリャにはそういった工作は初耳だった。バントシェンナ王に、彼の家臣達に恨まれるのは仕方ないと心のどこかで納得してしまう。
「マリアも知ってたのか?」
「はい・・・」
「俺のせいだ。狩猟協会の連中にはバレてたんだろう」
蛮族を押し付ける工作は成功したが、恨みを買っていた。
「マヤとバントシェンナ王としては先の条件、自治権については取り上げるつもりはなく今回の件で手打ちにしたい意向ですって」
完全中立のゲルドが両者の意向を族長であるマリアに告げた。
「なんじゃと!儂の息子を殺しておいて何が手打ちじゃ!ぶち殺してくれる!」
「黙って」
怒るホルスをヴァイスラが黙らせる。
「そっちのお爺さんが同胞を集めている事もバレてます。これ以上、カイラス族以外を引き込むつもりなら討伐する、と」
「勝手な事をほざきおって。のう、マリア。これはいずれ自治権も取り上げるつもりじゃぞ。戦いを挑むんじゃ」
「無茶言わないでください」
「いいや、無理ではない。野に潜んでいる同胞を集め、エンマの嬢ちゃんと同盟を結び、サイネリアとかいう女騎士の手も借りれば戦力は十分じゃ」
バントシェンナ王が神器を取り上げられると、十分な武装を持つ直臣の魔導騎士は僅かであり、マリアとサイネリア、そしてエンマに援軍を派遣して貰えばかなり有利に戦える。
直轄部隊は支配地の拡張につれ薄く広く散らばっている事もあり、暗殺に行く事も出来る。
「勝てる勝てないの問題ではなく、これ以上戦いたくないのです」
「戦わなければいずれ抵抗する力も奪われてから処分される。皆がそうじゃったんじゃろ?」
カイラス山の戦いでは降参し、武器を捨ててから墓穴を掘らされて従順に殺された。
結末が処刑なら最後まで戦えば良かったと皆が後悔しただろう。しかし戦いの中で家族や仲間が捕虜になると戦い続ける事は難しかった。
「そうはならないよう準備はしますが、今は怪しまれるような行動はせず諸王達がどう動くか待ちます」
「消極的過ぎるぞ!」
「ダカリス女王は意外とやるようですし、マヤは休戦を取りまとめるのに苦労するでしょう。私達がなにもせずともニキアスは排除されるかもしれません」
アルコフリバスが情報をシェンスクにもたらしてくれているので、ナグレブが敗れた事も伝わってきた。
「ニキアスも私達から取り上げた神鷹で情報収集はしているでしょうが、いずれマヤに取り上げられ焦る事になると思います。獣人からも諸王からもこいつの存在は邪魔になった、と思われれば何かしら行動を起こすでしょう」
その時、合法的に獣人や諸王の手を借りて復讐を果たせばよい。
「そううまくいけばいいがな」
休戦が普通に成功して皆が手を取り合ってこの苦境を乗り越えようとするならそれはそれでいいとマリアは思っているのでホルスの嫌味は無視した。
◇◆◇
その後ゲルドはしばしばシェンスクとウカミ村を往復して情報をもたらしてくれた。
レナートはフロリア地方へ向かったこと。ロスパーが発見されたこと。そして海では怪物が現れて船を沈め始めた事。
帝都の転移陣はある程度回復したが、いまだ人を転移させることは出来ない事。
書簡くらいは転送できるようになり、獣人と各国の情報共有は出来るようになった。
「あいつらが仲違いするようになるなんてな・・・」
アルメシオンに因縁をつけられるようになったのはヴォーリャも深く関係している為、スリクが戻ってこない事がわかった後も子供達の面倒を見ている。
年長の子がスリクの代わりを出来るようになったらカイラス山に戻る事にした。
「私達のせいで、子供達が殺し合う事になったのを申し訳なく思います」
カイラス族代表者会議の出席権があり、だいたいの事情を知っていたエイラもドムン達に申し訳なく思った。
「しかし、レンの奴がパーシア様の所に行っちまったのか」
ソフィアと手分けして天馬の乗り手は分散する予定だったが、成り行きで北回りでフォーンコルヌ皇国領を一周することになってしまった。事件が無ければレナートは祖父が発見された時の状況の調査も兼ねてエンマの所にいくつもりだった。
「何か問題でも?」
「パーシア様はなんか・・・やべえんだよ。10年前からツィリアよりやべえ雰囲気だしてた」
「どういうことです?」
「エイラ先生はレンの事診てたから少しは知ってるだろ?あいつは笑顔の裏でずっと死にたがってた。冬の夜、ヴァイスラさんに畑に置き去りにされて、母親が迎えに来るまで自分じゃ動こうともしないからあたしやドムンが何度も連れ帰ってた。友達が出来て心からの笑顔を出来るようになったが、ドムンとスリクが殺し合う所見ちまったんだ。いまどんな心境なのか・・・・・・」
もう大人といってもいい年齢になってきたが、赤ん坊の頃から面倒をみてきたヴォーリャは心配になって自分が側に行ってやりたくなった。
「パーシア様もレンに似てた。ドムンやスリクなら沼にはまったアイツを引き上げてくれそうだが、パーシア様は二人で一緒に底なし沼に落ちていきそうな雰囲気がある。そういう娘だった」
「それは心配ですね。でもソフィアさんが一緒ですから。あの子はなんだかんだいって責任感も強い子ですし、すぐに役目を終えて戻ってきますよ」
国を一周しているせいで時間がかかっているだけだろうとエイラは楽観的に受け止めた。
しかし、エンマの所に寄った帰りにソフィアが一人でウカミ村に戻ってくるとヴォーリャもエイラも焦り始めた。
◇◆◇
「エンマ様は休戦を受けてくれたのだけど・・・ムッサ?」
ヴェニメロメス城での惨劇の際に現地にいたムッサが何か言いたげだった。
無口な彼はたどたどしくだが、ソフィアとレナートが去った後、マヤとドムンが何者かに操られていたのではないかという話をした。
「レナートがドムンにやったお守りを浮浪者が持っていた。マヤが命じて家人に吐かせると、ドムンがゴミとして捨てたものを浮浪者が拾ったようだった」
「ゴミ?いくらなんでも酷いわ」
レナートが自分の血を使ってまでドムンの為に作ったお守りで、それがあれば魔術に対する防御となる筈だった。
「家人も大切なものでは?と聞いたが『新妻に悪いから』と捨てたらしい。さらに調査すると叙勲の宴席で出席者に他の女から貰ったものかと問い詰められたのだとか」
で、その出席者の背後関係を調べると近くにセラとシーラとの接触があった。
「死霊魔術師の愛人だっていう?」
「そうだ」
ドムンに直接近づいて操るのが難しかった為、周囲の人間を使ってドムンの正義感に訴えるやり方で守りを解かせた。
「レンちゃんを苦しめる為だけにそこまでやったっていうの!?」
「どういうことなんだいったい?」
あまり関心を持っていなかったヴォーリャは亡者や神々の争いについてよく知らなかった。
「ロスパーの話をアルコフリバス老師が分析した所によると、地獄の女神はより多くの神の力を欲しているみたいでその為に女神の力を持つレンちゃんを自殺させようと追い込んでいるみたいです」
「クソが!」
怒り狂うヴォーリャだった。
「レンをどこまで苦しめれば気が済むんだ。まさかヴァイスラさんやペレスヴェータさんにまで関与してないだろうな」
ヴァイスラも子供三人を亡くして自殺寸前だったのでヴォーリャはそれを怪しんだ。
「さぁ、そこまでは・・・」
「もういい、あたしがレンを迎えに行く。あいつほっとくと家に帰って来ないからな」
「待ってください。ヴォーリャさんはさすがに無理ですよ。紛争地帯を通る事になるし」
大地峡帯を越えねばならず、どこの橋も軍隊が警備している。
「私が迎えに行きますから安心してください」
「しゃあないな。任せたぞ。遅かったらあたしも行くからな」
ソフィアは大急ぎでマヤにエンマとの休戦成立を告げてから再びフロリアへと向かった。




