第51話 パーシアとレナート
精神的にも肉体的にも疲れ切っていたレナートは意識が朦朧とし三日間眠っていた。
ようやく回復し眠りが浅くなっていた時、近くで歌声がして覚醒した。
「あら、起こしてしまったかしら?」
「パーシア様。今のは?」
何の歌かと聞くとパーシアは少し照れくさそうに笑った。
「子守唄よ。いつか子供が生まれたら聞かせたいと思っていたけれど結婚して10年近く経つのにまだ出来ないの」
パーシアは哀しげに微笑んでいる。
「母の作ってくれた子守唄を忘れないように歌ってみたのだけれど下手だから逆に起こしてしまったのね」
「ううん、素敵でした。ボクも自分の為に歌って貰った事はないけどお母さんの歌を聞くのは好きだった」
ヴァイスラは時々妄想の中で抱いている我が子の為に歌っていた。
レナートは近づいたらぶたれてしまうので、陰でこっそりと母の歌を聞いて育った。
「お母様との関係は良くなったんでしょう?」
「あれ、どうしてパーシア様が知ってるの?」
「ソフィアさんから聞いたわ。私に会いたがっていてくれたんですって?」
「えへ」
そろそろ起きようとしたレナートだったが、パーシアがもう少しゆっくりしてなさいと寝かしつけて横で一緒に抱きしめてくれた。
「果物を絞った飲み物を持ってこさせるわ。もう三日も寝てたのよ」
パーシアはベルで侍女を呼び、簡単な朝食の準備をいいつけた。
「三日も!?」
「ほら、駄目よ」
吃驚して起き上がろうとしたレナートをパーシアは再び寝かしつけた。
「ソフィアさんはエンマの所に行くから貴女を休ませてあげて欲しいって頼まれたの。慌てなくてもいいのよ」
「あの、でもボクやることが」
「大丈夫大丈夫。心配しないで。アルコフリバス老師も残っているし」
パーシアの声は優しくとろけるようでレナートはまた眠くなってしまう。
「老師は正体を明かしたんですね」
「ええ。涸れ谷城の亡者達の様子が気になるって旦那様とダフニア様がいうから映像を中継してくださるそうなの」
「すごい、そんなことも出来るんだ」
「もとは使い魔だそうですからね」
レナートがそのまま数十分ほど眠ってから、再び起きると朝食の準備が出来ていた。
◇◆◇
朝食は少ししか入らなかったが、軽く運動をした後の昼食は大分食べる事が出来た。
「うん、大分よくなりました。ボク、ソフィアさんを追いかけなきゃ」
「駄目よ。病み上がりで危ないわ。もうしばらくここにいて私とお話しましょう?」
「え、でも・・・」
「ソフィアさんからも好きなだけ休ませて欲しいって頼まれてるの。お仕事はもうおしまい。気を楽にしていいのよ」
「そうなの?」
「そう。何も心配しないで」
そういわれるともう少し休んでもいいかという気になる。
「じゃあ、老師が戻るまで」
「ずっといてくれてもいいのよ?レンはとても凄い力を得たのでしょう?私、亡者も蛮族も怖いし頼りにしては駄目かしら?」
「ぱ、ぱ、パーシア様がボクを?」
「ええ」
幼い頃の憧れの人なので顔が真っ赤になってしまう。
ついでに体型も変化し始めた。
「あら、駄目よ。女の子のままでいてくれないと旦那様に叱られてしまう」
パーシアは長椅子にレナートを押し倒して体を抑えつけた。
「パーシア様はボクの体嫌いじゃない?変に思わない?」
「手足が八本生えてたりするわけじゃなし、別にいいじゃない。・・・実は生えてたりするの?」
「いいえ、まさか」
「ちょっと確認させてね」
パーシアはレナートを脱がして体をまさぐった。
「刺青があるのね」
「精霊がボクから栄養を補給してるの」
「ふーん」
パーシアは興味深そうに刺青を指でなぞる。
「背中とお腹だけ?」
「うん」
おへそを弧の形で囲み、鼠径部にそって下腹部へ何本も刺青が彫られている。
パーシアはそれをなぞっていく。
「くすぐったい」
「イヤ?」
「イヤじゃないですよ?」
「ふふ、よかった。ダフニア様は私とこうやって遊ぶのがお嫌いだからレンに嫌われたら悲しいわ」
「ボク、パーシア様を嫌ったりしません。・・・あ、そうだ。小さい頃貰った服、妹にあげちゃったけどいいですか?」
「ええ、勿論。おさがりでも良かったのかしら」
「妹も可愛いって喜んでました」
長年使ってきたので繊維がボロになってきて繕っても繕いきれないが、大事に使われている。
「ねえ、レン」
「はい?」
「私の事好き?」
「はい、小さい頃はほんとにお嫁さんに欲しかったんですよ」
グランディ達に連れられていたので貴族との距離感が分からずとても失礼な事をいってしまったと後々後悔したが、パーシアの事は印象に深く残っていた。
「どうして?初対面だったのに」
「だってあんなに可愛らしい人を見たのは初めてだったから」
グランディもエンマも綺麗だったが可愛らしい貴族のお嬢さんというタイプでは無かった。
皇家のお姫様のパーシアはまさに物語のお姫様といった出で立ちで幼いレナートに鮮烈な印象を残した。
「面食いなのね」
「えへ。でもちょっと憂いを帯びた表情とかも気になって。何か哀しい事でもあるのかなって」
「そうね。そういうあなたも。だからお互い印象に残ったのかしら」
パーシアは否定しなかった。向こうも気にしていてくれたのだと知ってレナートは嬉しくなったが、原因を知りたくなった。
「やっぱり何か辛い事があったんですか?」
「んー、そういうわけでもないわ。父は気難しい人だったけど悪い人でもなかった。悪いのは私。改めようとしても、どうにもならなかった」
最終的には南の国の後宮に売り飛ばされそうになったが、父はよく耐えたとも思う。
「何かあったんですか?」
「時々、馬鹿な事をしたくなるの。駄目って言われている事はなんでも。でもすぐに慣れて、刺激が薄くなって、もっともっと変わった事をしてみたくなる。お父様にバレないように隠してくれたお医者様は心の病気だって言ってたわ」
カイラス族のエイラもそういった病を見るのが専門だった。
狭い環境に押し込められて精神を病む者が多かったので彼女のカウンセリングはカイラス族に必須の癒しだった。
「私は自分を抑えられなかったから誰かに縛って閉じ込めて欲しかった。これ以上馬鹿な事をしないように」
十年前の約束は果たされるのか




