第50話 ショゴスとの謁見
レナート達は順調にショゴスの元へと旅を続けた。
「私は今の王様に会った事はないけど、レンちゃんはあるのよね?」
「はい。それに王妃のパーシア様とは小さい頃何度か会って、遊んでもらいました」
「覚えて下さっているかしら」
「たぶん大丈夫だと思います」
天馬の着陸が許されている塔の兵士らはソフィアの事をよく覚えていたので、彼らが現れるとすぐに面会の許可を取ってくれた。アルコフリバスはいきなり素性を明かしても真偽を問われ、面倒になるのでペット扱いにしてある。
衣服を改める時間が与えられるかと思ったが至急の用事であれば、とすぐに案内された。
謁見の間にレナート達が現れると、自己紹介をする間もなくパーシアが玉座から降りてきてレナートを抱きしめた。
「久しぶり。すっかり大きくなったのね」
「パ、パーシア様も」
童顔なのは相変わらずだが、王妃らしく着飾るようになっている。
「こらこら妻よ。夫の前で他の男に抱き着くものではない」
謁見の間で少女のようにふるまう自由な妻にショゴスが苦言を呈す。
「あら陛下。この子は女の子ですよ。ほら」
パーシアはいきなりレナートのマント、と胸を開いてみせた。
「ひゃっ」
「ほらほら旦那様。見て下さい。ちゃんと女の子でしょう?」
人前で胸元を露わにされたレナートは真っ赤になってしまう。
パーシアが勢いよく胸元を降ろし過ぎたので半透明の下着まで見えて乳房が零れそうになっている。
「君はウカミ村のレナート君だよな?エンマ達が女装させていただけの筈だが」
どういうことだ?とショゴスは首を傾げた。
「ボクの事なんかよく覚えてらっしゃいましたね」
抱き着いてくるパーシアの事は嬉しかったが、ピンク色の部分まで見えかかっていたので慌てて服を戻し頬を染めたままショゴスに答える。
「当時は割と注目されていたのだよ。最近もバントシェンナ王が大量の神器を手に入れた件を調べさせたらウカミ村の事が出てきた」
「わたくしからも挨拶を」
「?」
パーシアとショゴス以外に玉座の傍にいた女性の顔をレナートは思い出せず困っている所にパーシアが紹介してくれた。
「ダフニア様よ」
今はベールを上げていたが少し暗そうな顔をした婦人をレナートはなかなか思い出せなかった。
名前をいわれてパーシアを助け出す為に一緒に悩んでいたフォーンコルヌ皇家の女性の名を思い出す。
「ああ!済みません、お久しぶりです」
「ええ。伝令から話を聞いたのだけれど貴方達はダカリス領からそのまま南進してきたのだとか。詳しい話を聞かせて貰えるかしら」
レナートとソフィアは改めて世界の現状とダカリス領の出来事を伝えた。
協力して亡者と寒冷化対策に当たって欲しいとショゴスに獣人側の意向を伝えたが返事はあまり良いものではなかった。
「領民の安全が保たれるならともかく、その保証もなしに従属は出来ないな。ましてやバントシェンナ男爵の風下に立ってもね」
領民を獣人の餌として差し出している話がこの地方まで伝わっている。
従属すれば民衆は彼を憎む事になる。休戦といっても獣人の移住も条件に入っており、実質的に領土の割譲と従属だ。
「今はそこまで厳しい要求はしていません。マヤは形式的な従属でも構わないようです」
「嵐が過ぎ去った後、どうなるかな」
ショゴスは思案顔だ。
そこでソフィアは意向を伝えるだけの伝令役の本分は逸脱しているが、老婆心から彼にさらに詳しい状況を伝える。
「ダカリス女王はその居城まで獣人に攻め込まれました。彼らは魔導装甲歩兵を何十体も所有していたので撃退できましたが、こちらにはそれに匹敵する軍備はおありですか?」
「ないね」
ショゴスはあっさり白状する。
そんな力があったら昨年、苦労して裏切者を処分したりその領民を追放して口減らしをしていない。
「ドゥンは強力な種族ですが、獣人の戦力は他にも大勢います。彼らはいずれさらに強力な敵と戦う事を強いられるでしょう。大精霊からみればドゥンのナグレブなど無数にいるしもべの一体に過ぎません」
「だろうね。それでこちらに全力で攻めてくる前に従属しろというのだろうが、従属してもしなくてもどうせ地獄なら精いっぱい抵抗したいね」
「ヴェレスのマヤは帝国を滅ぼしはしましたが、残虐な獣人ではありません。肉食を主とする獣人でもなく、吸血蝙蝠種のヴェレスですから捕食型の獣人との関係はよくありません」
「人間を憎み、食らう獣人に対抗するのに友好関係を結べ、ということか」
「ご明察の通りです。獣人達は一枚岩ではなく、帝国打倒の目的は達しているのでさほどこれ以上の征服に熱心ではありません」
ショゴスはふうむ、と唸った。
「しかしね」
「何か」
「我々もここに閉じこもっているばかりではなくそちらの事情もある程度は入手しているのだよ。フォーンコルヌ皇国に攻め入ったはいいが、荒野ばかりでやる気を失っている。草食系の獣人達が望んでいるのは唯一大草原がある我が国だと」
ガル判事領に到達した獣人達はフロリア地方の豊かさを聞き、徐々に戦意を増してきている。
「こうやって情報を持ち込んでくれるだけなら有り難く貰う。しかし、我が国に獣人が進駐することは許さない。バントシェンナ男爵を王として頭上に戴く事もしない。奴に貴族の娘達を差し出す事もしない」
「ごもっともな事です。亡者対策や獣人の支配とは別件ですが、寒冷化対策として作物の品種改良を行うのにはこちらがもっとも都合が良いと思われますが、その点の協力はどうなさいます?」
「帝都の研究所にあったものか。実験農場を提供しよう」
「感謝します、陛下」
「栽培や研究はこちらで行う。結果についての情報提供はしよう」
「はい、ダカリス女王から受け取った種についてはどうなさいますか」
「地獄から持ち込まれた種というのはまだ決められないな。顧問達に相談する」
ショゴスの返答はほぼ予想通りの回答だった。
最初の訪問としては上々で今後の交渉に期待が持てた。
「ところでレナート君」
用件が終わるとショゴスは個人的な質問を始めた。
「はい?」
「随分高価そうな服装をしているが、それはどうしたんだい?」
「あ、はい。ちょっと北方圏まで行って来ましてお婆ちゃんの・・・北方候アヴローラの遺品を引き継ぎました」
「ほお、そうか。ちょっとくるっと回ってみて貰えるか?」
「はあ」
レナートが言われた通り回ってみるとドゥローレメのマントの裾が黒い霧のようになって散る。
「不思議なものだ」
「神器だそうですから」
霧をまとったような姿にショゴスは感心していた。
「興味本位で済まなかったね。さて、しばらく滞在して妻と旧交を温めてくれ。またこうして情報を持ち込んでくれるならいつでも歓迎する」
二人ともいったん王の前を辞し、一休みさせて貰った。
それからレナートは旅の疲れ、精神的な疲労もあって熱を出し夜に予定されていた歓迎の食事会も出席出来なくなってしまった。
パーシア「ごめん、思ったより大きかった」




