第48話 窮鳥、懐に入る
レナートは揺れる馬車の中で目が覚めた。
車内には樽が敷き詰められ、女性が三人かなり無理のある姿勢で同乗している。
激しく揺れる車内で皆、必死に樽を固定しようともがいていた。
どういう状況なのか説明して欲しかったが、皆余裕はなさそうだ。
口を開けば舌を噛んでしまいそうだったが、レナートにだけは猿轡が噛まされている。
さらに手錠もされて馬車の上部の骨組みに括りつけられていた。
女性達がレナートが目覚めた事に気が付くが、皆必死で声もかけられなかった。
しばらくして揺れが収まり、馬車の速度も緩んで吊られていた腕を緩めて下げてくれた。
むーむー、と唸ると猿轡も外してくれる。
「手錠も」
「それは駄目。貴女魔術が得意なんでしょう?」
「?」
「それは魔術封じの手錠、首輪もね。アルハザード様に絶対に外すな、と命じられているの」
魔力を封じるエゼキエル鋼の特殊合金製だった。
貴族達を捕虜にする為に作られたものでそれをよく知っていたアルハザードが彼女達を捕え続けるのに使用したものだ。
「あ、ほんとだ・・・」
試そうとしても自分の体を変化させることも、氷を出現させる事も、神域を作る事も出来ない。
「貴女、試しもしなかったの?」
魔術を使うのに口が利ける必要はないのでそれくらい試しているものだと女性は思っていた。
「あ、うん。それでどんな状況か教えて貰ってもいいですか?」
馬車は時折止まる事はあったものの長い休憩を取ることは無く、昼近くまで走りその間に状況をゆっくり聞くことが出来た。
◇◆◇
「貴女は幸運よ」
「幸運?」
レナートには絶望的な状況に思えた。
自分の力ではもう逃げ出す事は出来ない。縛られたままのか弱い女の力ではアルハザードどころかそこらの野盗にも勝てない。
「アルハザード様のお眼鏡に叶ったのですもの。ちゃんとお仕えすれば大事にされるし、食事にも困る事はないし」
他の女性達の扱いを見れば彼女達にとっては幸運そのものだ。
ただし奴隷の幸福である。
「不心得者は下げ渡されてしまうわ。お願いだから逆らったりしないでね」
アルハザードの女として最後まで残った女性達は皆優しく、縛られて動けないレナートの体を拭いてくれたり優しくしてくれた。特別扱いの彼女を妬んだり出し抜こうともしない。
そういう女は寝首を掻く恐れもあってアルハザードはさっさと捨てていたので、貴族出身ながら気立てのよい娘達が生き残っていた。
「ボク、行かなきゃ行けない所があるの」
「もう無理なの。諦めて」
三人とも諦観していた。
王を裏切った以上、この土地で生きていく事は出来ない。
まだマシな部類の山賊に囲われて生きていくのを幸運と思って生きていくしかなかった。
「いま、いくつ?」
「14」
「じゃあ、もう大人ね。結婚はまだ?」
「まだ・・・です」
「婚約者は?」
「いません」
「ならよかった。私達がこれからの生き方を全部教えてあげる」「貴女の事も教えて」
帝国貴族の晩婚化が進んでいるとはいえ15歳前後で結婚するものは多い。
実家で預かったまま12歳で形式上の結婚をすることもあった。
彼女達はレナートを外国から来た養女かと思い、不憫な子がせめて酷い扱いを受けないよう団結した。
レナートは個人的な事を話すことに口を閉ざしたし、その暇もなかった。
◇◆◇
馬車の外の野盗達に打合せで長時間の休憩を取ると決まり彼女達も馬車から降ろされた。
その際に再び猿轡を噛まされた。そして女性達の解放が告げられると彼女達は必死にアルハザードに慈悲を乞うた。
「アルハザード様、どうか捨てないで下さい」
「あの子がお気に入りになられたのならそれで構いません。でも世話をするものが必要な筈ですよ」
「あの子にはまだ反抗心があります。懐くまで私達をお傍においておかないと危ないです」
彼女達は口々に説得した。大地母神の賢母の教えによって帝国貴族女性は高位の貴族でも家事が得意な者が多く、雑用もよくこなした。
日常生活でも役に立つとアピールするとアルハザードも考え直してくれて、三人はそのままこれまで通り仕える事になり、レナートによく言い含めるようにも仰せつかった。
◇◆◇
縛られたままテントに放り込まれ、服を脱がされて寝かされると手錠をされたまま腰の短剣を抜いて刺そうとしたが、抱き着いていた女性に予想されていたかのように駄目よ、と止められてしまう。
「ま、どうせ刺さらないけどな」
「?」
まだ猿轡を噛まされたままで喋る事も出来なかった。
外して貰い、それからアルハザードに質問される。
「お前、名は?」
「レン」
「家名は?どこの貴族だ?」
「貴族じゃない」
「嘘をつけ。お前の魔力も身に着けている物もあのマントも普通じゃない。どこのお嬢様だ。どこであんなものを手に入れた」
他の女性達の話を聞く限り、無法者だが話の通じない人間ではないらしいのでとりあえず名乗るだけ名乗ってみた。
「あれはスヴェン族の秘宝。北方候のっていったらわかる?」
「ああ・・・お前のその髪。まさかあっちから来た養子か、嫁いできたのか?」
持参品としてスヴェン族の秘宝を託されたとなると部族の中でもかなり上位の人間の筈だった。
「アブローラお婆ちゃんの遺品を貰ったの」
「うお、北方候の家系かよ。こりゃとんでもないお姫様を拾っちまったな。いろいろ気にはなるがもう寝ろ。お前はもう十分寝たかもしれないが俺は疲れた」
女達は暗殺を避ける為の肉の盾として用意されただけで、疲れ切っていたアルハザードは普通に寝息を立て始めた。レナートは服は脱がされたが、神獣の抜け殻で作った下着は身に着けており、アルハザードの裸の胸の上で他の女性達に囲まれて大人しくせざるを得なかった。
(硬くて大きな胸・・・お父さんやドムンみたい)
だが、同じような安心感は与えてくれない。
目を瞑りどうしてこんなことになってしまったんだろうと泣きながら考えている内に、疲労から睡魔が襲ってきてレナートも眠りについた。
しばしお休みです




