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天に二日無し  作者: OWL
序章 神亀雖寿 ~前編~
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第26話 摂政ベラトール

 早朝から執務室で政務を執っているベラトールのもとに不意に来客があった。

執務室には本来、王のものであった神器がいくつか置かれていて常に室内の環境を最適に整えられていた。神器の像が来客者の敵意を確認し、自動人形が大きなハルバードを構える。


「我が世の春と言ったところかな」

「おや、ルシフージュ大公。何用かな。無理せずとも御用とあらばこちらから参上したのに」


ベラトールの執務室を訪れた南部総督はぜいぜいと息を切らしていた。

でっぶりとした腹を一瞥し、ベラトールは慇懃無礼に申し出た。

四大貴族の当主ではないベラトールは総督には礼を尽くさねばならないが、口先だけでそんなつもりは毛頭ない。


「我が私邸に君だけ招いたら結託していると疑われるからな」

「結託?何故、誰に?」


オウム返しに問い返すベラトールに向かって大公は新聞を放り投げた。


”フォーンコルヌ皇国、1431年の大飢饉の義援金を民衆に配布せず着服か”


「なんですかな、これは」

「見ての通り。当時、貴方が財務大臣であった頃に帝国政府が全国から集めて寄こしてくれた金の一部が使われていないまま不明になっていると新聞社が指摘している」

「まさか私が着服したとでも?馬鹿馬鹿しい。問題があれば帝国政府から指摘があるはずだ」

「ではこの資金は何処へ?これは帝国政府の会計検査院の報告書を新聞社がどうにかして手に入れたもの。間違いはない」

「通知がないということは信用に値しないという結論だったのだろう。そもそも当時の大飢饉の際は通常の会計とは別に担当大臣職を設けて事に当たらせた。その大臣とはまさに大公殿下から派遣された財政問題の専門家だった筈」


 帝国は豊穣の女神を守護神とする国家連合だけあって、各皇国はどこも実り豊かだがフォーンコルヌ皇国だけは違った。度々食糧危機が発生し、大勢の餓死者が出る。その為、飢饉の際には各国から支援が寄せられていた。


「飢饉の対処に詳しい西方人を派遣したのは確かだが、外国人ゆえ実務については皇家が行う事となり彼は政策を提言するだけだった。そしてもうこの地を去っている。当時の担当者を取り調べるがよかろう。それより次だ」


大公はまたひとつの新聞を投げ渡した。


”1433年に全国から送られた農具三万点が倉庫に保管されたまま腐食。維持管理費に今も年八億ラピスを投じ民衆の怒りが爆発か!?”


さらに次の新聞を投じる。


”ラキシタ家の大乱で、飢饉を言い訳に討伐軍への合流を拒否していたが実は飢饉など発生していなかった?”

”フォーンコルヌ家は分離主義勢力なのか?”

”疑惑について選帝候補アルシオンの議会への召喚を準備との噂”

”疑惑が事実ならば蛮族戦線に投入する遠征軍の割り当て枠を大幅増加などの制裁案を議員間で審議中”

”貴族の不正行為の制裁で一番被害を受けるのは平民、何故こんなことに”

”各地で民衆の蜂起が開始”


「なんだこれはいったい。デマばかりではないか。そんな報告は受けていない。すぐに新聞社の認可を取り消してやる」


民衆の蜂起が増えたのは事実だが原因は別件で、これはこじつけだとベラトールは言い張る。


「もう遅い。どれもこれもここ数か月で発行済みのものばかりだ。報告が来ないのは君の部下に問題があるのではないか。そも、ここ十年先王陛下のご病気で君が常に権力の中心にあった。水も流れなければ淀み、腐るというもの。いい加減退陣すべきではないかな」

「勝手な事を。労多くして益少なく、こんな権力者の座につきたい人間がいるのなら譲りたいものだ」


王座につく当主が皇帝候補の為、帝都に滞在せねばならず叔父の彼以外に三大公を抑えて国政を仕切れる有力者はいなかった。

そして彼は部下に、新聞の発行者を逮捕するよう命じた。

だが、その部下が部屋を出る前に大公が止める。


「ああ、それは止した方がいい。国内でこれ以上の発行は止められてもこの新聞社は帝都の大新聞社と提携している。結局他所から持ち込まれ、民衆は情報が隠蔽されたと怒りの声を上げる。そしてその大新聞社の大株主はガドエレ家。若君の選帝対抗者だな」

「つまりこれも選帝選挙絡みの陰謀か」


ベラトールは舌打ちする。大公のいう通り、うかつに手を出せば帝都のアルシオンが窮地になる。


「私も君が下らん蓄財をしているとは思っていないが、足元の管理責任についてはいずれ他の大公から追及があろう」


南部総督の土地はもともと食料生産能力が十分にあり、飢饉が発生した際の備えもあった。

しかし北部総督の土地は水害が酷く、治水に失敗し大規模な餓死者が出た。

東部については当時、帝国各地で大規模な紛争が相次いでいた為、兵糧として東海岸で浪費され、彼らの土地に輸入する食糧が無くなっていた。


「責任者は見つけ出して厳罰に処す。よく教えてくれた。感謝しよう」

「私にとってはどうでもいいことだが、二公にも民衆にも『お前が抱え込んだ食料を出し渋ったせいで』などと恨まれるのも御免だからな。では、御機嫌よう。記者達を待たせているものでね。今回は詰問に来たと回答しておくよ」

「なんだと!?」


止めようとするベラトールを無視して「では、若君がお戻りになったらまた会おう」といって南部総督は去っていった。


 ◇◆◇


 ベラトールはすぐに官吏を派遣して関係者を逮捕し、強制捜査を行い、不正蓄財を行っていたものを逮捕して処刑した。これはかなり強権的に行われ、何も知らずに倉庫管理責任者の職に就いていたものも含まれた。


南部総督に指摘されたように長く権力の座についている彼の秘書、政務官達は賄賂を受け、ベラトールへの報告書を取捨選別しており不正を行っている者が大勢いた。

人口三千万の大国を彼一人で仕切るには無理があり、目が届かなかった。

新王の叔父、摂政である彼に忠言できる者は対等に近い大公たちくらいしかおらず、彼らはそこまで親切ではない。


 そんなベラトールの所にひとりの若者が訪れた。


「叔父上、お困りのようですね」

「アルキビアデスか」


先王である兄の三男、末子である。


「君は学生として編入手続きが済んだばかりの筈だが何の用だ。私は忙しいのだ」

「その忙しいお仕事をお手伝いしようかと思いまして」

「必要ない。君はまだ学生だ、勉学に励みたまえ」


侍従に目配せしてアルキビアデスを執務室から追い出そうとしたが、アルキビアデスは侍従を遮り話を続ける。


「まあまあ聞いてくださいよ。巷を騒がせている例の件、北部総督がお怒りで軍事行動を準備しているそうです。今は示威行動くらいで済むかもしれませんが将来に備えて例の農具や鉄を使える物だけでも溶かして武器にしておくべきではありませんか?」


鉱物資源を北部に頼っているので今後、供給が怪しくなる。

アルキビアデスはそれに備えようというのだ。


「愚かな。お前の意見は自分の意見ではなく新聞の受け売りに過ぎない。そんなことをしてみろ、ダークアリス公に余計な疑心暗鬼をもたらすだけだ」


ベラトールは新聞社の発行認可は取り消さなかったが、裏は調べた。

皇都で営業している複数ある新聞社のいくつかはオーナーが同じ人物であり、世論を巧みに誘導しようとしている。識者の提言の中にアルキビアデスと同じ事が書いてあった。

北部総督の疑惑を買ってしまうに十分な内容だが、発行は停止出来ない。

停止した所で他国で掲載されて帝国におけるフォーンコルヌ皇国の地位が下がる。


「しかしいざというときの備えは必要です。軍事大国のオレムイスト家の領地が北部の山を越えてすぐの所にあり、選帝選挙が荒れれば彼らに対抗できるのは我が家だけ」


アルキビアデスがにじり寄り、彼のデスクに手をかけたところでベラトールの怒りが爆発した。


「黙れ!子供がしたり顔で私に下らん事を吹き込むな!国事についてはアルシオン殿とのみ相談して決める。お前は帝都でエイラシルヴァ天爵に暴行を加えて退学となった身であることを忘れるな。一族の恥さらしが!!」


このアルキビアデスは以前、帝都の学院に通っていた際に、のちにエイラシルヴァ天爵となるツェレス候女に学院内で暴行を加えたという噂があった。手首を折ったとか捻挫させたとか突き飛ばしたなどと言われるが、先方の配慮で事を荒立てずに済み、学内の事件としてあまり公にはならずアルキビアデスが退学となって出ていくことで決着が着いた。


「は、恥さらしですって!?いくら叔父上といえど聞き捨てなりません」

「私は聞いているぞ。お前が人前で麗しい天爵殿を見かけ、その場で押し倒そうとしたとな」

「馬鹿馬鹿しい、あり得ないでしょう。そんな話を信じるとは叔父上もヤキが回ったのですか」

「この私を侮辱するか!」

「私を脅したって無駄です。貴方が摂政でいられるのは母上のおかげだということを忘れたのですか」


アルキビアデスの父は亡くなったが妃は健在であり太后となる。

西部の大貴族出身の妃であり、彼女の委任、後ろ盾があってこそベラトールも長く摂政を続けていられる。その点をついてアルキビアデスは脅そうとしたが、子供の浅知恵だった。


「お前の色情魔っぷりには医師たちから報告を受けた。レア殿にも報告し、良い医者を手配されるそうだ。今後は治療に専念しろ。さあ、連れていけ!」


侍従では王の親族に手を触れる事が憚れて遠慮していたので、ベラトールは騎士に命じてアルキビアデスを連行させた。


まともに相手にされず、病気の人間として扱われたアルキビアデスは狂ったように叫んで暴れベラトール達をさらに呆れさせた。


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2022/2/1
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