第47話 名もなき街の戦い⑤
アルハザードは奇妙な女魔術師を倒して落ちていたマントを摘まみ上げた。
着ている服もこれもかなり高価なものだ。
もともとここに住んでいた貴族の女が何か大事な物を取り戻しに来たのかと思ったがそうでもない。容姿は明らかに帝国人とは異なる。
まあ、後で聞けばいいかと考えるのは後回しにした。
出自はともかく魔術師にしては体術も巧みで訓練もよく受けている。
実戦経験は足りず、彼の敵ではなかったが魔術師を放置しておくわけにはいかない。
連れ回してきた女達にも飽きてきた所だったので思いがけず上玉を手に入れて彼は心が躍っていた。
仲間の所に戻ろうとした矢先、彼に声が掛けられた。
”その子を放せ”
「!?」
声の方を見ると近くの建物の上に烏が何羽も止まっている。
一羽がくあっ、くあっと鳴くとまた声が聞こえてきた。
”お前達の手に負える娘ではない。敵でもない。手放せ”
「お断りだね」
ナイフを投げてその烏を仕留めたが、別の烏がまた話しかけてきた。
”無駄だ。手放せ、後悔することになるぞ”
「嫌なこった」
奇妙な魔術師達の事は気になるが、さっさと脱出しないと不味い事になる。
”せめて彼女に尖ったものを与えるな”
彼は肩に女魔術師を乗せ、お尻をペンペンと叩いて烏をからかい、大きくジャンプして役所まで戻った。
◇◆◇
「荷は積み込んだか?」
「へい、しかしまだ・・・」
味方の野盗らは積みきれない高価な品々を惜しんでいた。
「こんなもんこの先役に立たねえよ。それよりほら」
と、捕虜にした女魔術師を渡した。
「おおっ、すげえ!」「くれるんですかい!?」
見たこともない美貌に野盗達は目を輝かせた。
「あほぬかせ。俺の女にする。さっさとこいつも積み込め。手錠を忘れるなよ」
「へい」「そうっすよね」
アルハザードの女に手を出す愚か者はいなかった。やっぱり駄目だったかと意気消沈はするものの大人しく引き受ける。
「俺が先頭で道を拓く。お前らは金目のもんを投げ捨てながらついてこい。食いもんと水が最優先だ」
敵の目的はもはや物資と女達なので役所の倉庫にまだ十分在庫が残っていると見れば追っては来ない。そう踏んでアルハザードは自分が矢面に立ち、バリケードを破壊しながら街から逃げる事に決めた。
◇◆◇
脱出行は順調だった。
最後尾の者達は数名倒されて馬車も奪われたが、お気に入りの女達は食べ物や水が入った樽と共に無事ついてこれた。缶詰、瓶詰になった保存食が十分にある。
この先は少人数の規模を維持して山賊でもすればいいかとアルハザードは考えた。
昼前まで走り続け、街から大分離れたので彼らは小さな湖のほとりで休憩を取る事にした。
生存者は約三十名。
幹部のお気に入りだった貴族出身の女性が十二名。中には乗馬ができた者もいて必死についてきた。彼女達も追放処分を受けているのでどの街にも逃げられない。
「こいつを除いてお前らはみんな逃がしてやる」
アルハザードは猿轡を噛ませた女魔術師を抱き寄せて、他の女達に自由を与えた。
が、しかし。
「そんな!これからも仕えさせてください」
お気に入りの女達三人は口々にそういった。
自由を与えられても彼女達には行く当てがない。早晩誰かに捕まって奴隷として売られることになる。
「はあ?自由にしていいんだぞ」
彼の女達はこれまでそれなりの扱いを受けていたので彼の傍にいたがった。
捨てようとしても「どうか、どうかお許しを」と足元に縋ってくる。
他九名の女性達は「私達は?」と問う。
「お前らも自由だ。好きに生きな」
自由を与えられても女性達は喜ばなかった。アルハザードについてきた男達がヒャッホウと声を上げ、解放されてもすぐに奪う気なのは明らかだった。
「あ、あの。せめて安全な所まで送ってくださったりとかは・・・」
解放された女性達はアルハザードの騎士道精神にかけて懇願した。
「知らねえよ。自分の事くらい自分でなんとかしな」
無暗な暴力を振るったりはしないが、博愛精神は無かった。
「俺は寝る。ビル、アーサー、騒がせるなよ」
役に立ちたいならテントくらい張れとアルハザードはこれまでの女達に命令し、軽い食事を用意させ、満足するとテントに入った。
◇◆◇
女四人を抱えてテントに入ったが、静かで本当に眠っているようだった。
徹夜で戦って逃げ続けたので他の野盗達もやはり疲れ切っている。
「くっそう、羨ましいなあ」
「兄貴の特権だ。仕方ねえだろ。俺達も寝ようぜ」
騒ぐとアルハザードの怒りを買うのでほとんどの者もめいめいに休息をとった。
解放された九名の女性達はやはり逃げられず、見張りに指名された男達とその場を離れた。




