第46話 名もなき街の戦い④
レナートは市壁の門を避けて、大気中のマナを固めてぴょんぴょんと飛び跳ねて壁を乗り越えた。街中をこそこそと忍び歩いて市内地図を探した。
大きな町なら本屋に地図くらい置いてあるだろうし、街の案内図の大きな看板が見つかればそれでもいい。
うろついている野盗が現れた時にはマントに身を包んで影に隠れてやり過ごした。
話を盗み聞きする限り、やはり内輪揉めしているらしく招集をかけていた。囚われている人はまだまだたくさんいそうだったが、さすがにその人達まで助けている余裕はない。
街の警吏詰所で地図と店の情報を手に入れたが、そこは街の中心部で戦いが起きている所だった。朝になって日が出るとレナートの格好は目立つ。
どうしても今のうちにそこまで行かなければならない。
仕方なく歩みを速めた。
現地につくと戦いは一段落していて、包囲している連中はバリケードを作ったり、爆薬を探せと怒鳴っている者がいたり、火を消すのを優先しろと指示している者がいたりまとまりがない。
あちらも夜の間は状況を支配できず混乱しているようだ。
好都合とばかりにレナートは目的の店に入ったが、すぐ近くに火炎瓶が落ちて火が燃え広がり、ゆっくり探している暇もない。
いくら夜目が効くといっても薬品の瓶に書いてある文字までは読めないので、これはこれで助かると少しだけ火を拝借して松明代わりにして、火元自体は消した。
目的の物は手に入れたので、引き返そうとしているとまた近くに火炎瓶が落ちて燃え広がり始めた。放置しても良かったのだが、大火に発展すると囚われている人まで焼け死ぬ事になるのでこれが最後とドゥローレメのマントを広げる。
大分手慣れてきたので実体はそのままに霊体を引き延ばすようにして自身を拡張するとそれに応じてマントも広がる。それで火を包んで消化した。
◇◆◇
マントを回収する為に屈んで手に取った瞬間に強烈な殺気を感じて思いっきり飛び退った。
「誰?」
動揺して馬鹿な質問をしてしまう。
もちろん野盗の一味に決まっているが、他の連中とはかなり様子が違った。
暗くて姿はよく見えないが、強力なマナを発散している。
片手に剣を持っている筈だが、左半身を前に出し、自分の体で刀身を隠すように右手で武器を持って後ろ手に構えている。そのせいでレナートがいくら霊視しようと武器は見えない。
「騎士なの?」
それも魔導騎士だ。
精霊達も怯えて姿を消してしまう。
「騎士なのに盗賊の味方してるの?」
いくら尋ねても相手は無言でこちらの様子を伺っている。
そういえば助けた女性が凄腕の用心棒がいるとか言っていた気がするが、所詮野盗の群れだとあまり真面目に聞いていなかった。
詳しく聞いても彼女達にもどれくらいの強さなど詳細は語れなかっただろうが、心の準備は出来た。
(逃げよう)
マリアと手合わせしたことはあるがまったく勝てなかったし、目的の物は手に入れて、目の前の魔導騎士の強さもよくわからない状態で冒険する必要もなかった。
ゆっくりと後ずさりをして後ろの路地裏に逃げ込み、氷の壁を張ろうと考えた。
するとその途端、敵が一気に踏み込んでくる。
手に掴んでいたマントを放って広げて突進を妨害したが、マントは簡単に切り裂かれた。
強力な水気の塊である神器は切り裂かれてもすぐに元通りになってひらひらと舞い落ちる。
そのまま逃げれば良かったのだが、レナートはスヴェン族の大切な秘宝を手放したまま逃げるのは惜しくなってしまった。
「ね、退いてくれないかな。ボク、敵じゃないよ」
と言いつつも尖った氷の柱を作り出そうと思い浮かべたが、またしても敵が踏み込んでくる。ナイフを抜くのも間に合わず、首から下げた袋を叩きつけた。紐がほどけて中身がばしゃばしゃと相手の顔にぶちまけられた。
「くさっ!なんだこりゃ!」
「むっ、新鮮だよ。失礼な!」
ようやく口を開いたかと思えば、臭いと言われたので抗議した。
「なかなか別嬪さんだな」
火災が徐々に広がり、また僅かに除いた月明りで照らされたレナートを見て敵はそう漏らした。ぺっぺと吐きつつ、舌舐めずりをした相手にレナートは嫌悪の視線を向けた。
「ボク、無関係な通りすがりだから放っておいてくれない?」
「詳しい話は後で聞いてやる。寝物語りにな」
レナートはひっと息を呑む。
これまで身内のカイラス族から憧れの視線は向けられた事はあるが、ここまで剥き出しになった男の獣性を感じたことは無い。エンリルよりもよほど獣のようだった。
レナートがマントに視線をやるとそれを察知されて踏みにじられる。
「お、お礼はするからそれだけは返して」
「盗賊がお前みたいな上玉見逃すわけないだろ?」
「ボク、男だよ?」
「そんなでっかいもん胸にぶら下げた男がいるか。へんなもんぶっかけられた礼はしてやる。逃がしはしない」
弱気になったレナートはマントは諦めて氷の壁を張って逃げる事に決めたが、またしても発動前に距離を詰められる。
全力で逃げようと飛びのいたが、筋力を強化した魔導騎士の瞬発力は想像を越えた速度で迫り、猛速度で壁に叩きつけられ、同時に鳩尾に肘鉄を食らってあっけなく気絶した。




