第45話 名もなき街の戦い③
野盗達はアルハザード達とその他のグループに分かれて戦っていた。
アルハザードには古い付き合いのビルとアーサー一味ら30人、対するは900人ほどだが、実際には末端まで情報は行きわたっていない為、戦力にはなっていなかったのでアルハザード側に加わってしまっている者もいた。
暗殺失敗の現場から逃げ出した首領たちは部下を率いてアルハザード達を攻めたが、大量の死傷者を出すだけに終わって今は遠巻きに構えている。
その間にアルハザードは鎧を身にまとい野盗達にはさらに手に負えなくなった。
だが、どうにかして攻め落とさざるを得ない。
彼らは市役所を拠点にして物資を集めていたので、それを奪わない事には何処にも行けない。野盗達は銃と弾薬を集めて撃ち込んだが、脅し程度にしかならなかった。
◇◆◇
一方アルハザードもどうしたものかと思い悩んでいた。
突破するのは簡単だが、雑魚相手に逃げるのは嫌だった。
とはいえ一千人近くを一人で殺しきる事も出来ない。馬鹿みたいに片っ端から突撃してくれれば楽だったが、そこまで愚かでもなかった。
防災拠点でもある役所の壁は頑丈であり、銃弾では貫けない。
味方についた連中には入口を抑えておくように命じて女達は倉庫に隠した。
そして夜はどんどん更けていき、我慢比べとなる。
いくら魔導騎士でも人間であり、睡眠と疲労には勝てない。
味方についた野盗らに任せて眠るにもいまいち信用できない。
やはり、しがらみは全部捨てて一人で逃げようかとも思う。
彼は命令を受けて動く騎士であり、上に立って物事を決める立場にはつかずにキャリアを重ねてきて決断力に欠いた。
迷っている間に誰かが屋上から外の敵兵に火炎瓶や火矢を放ち始めた。
「馬鹿が!」
真っ暗闇で取り囲まれ不安に駆られたのだろうが、燃え広がったら敵味方構わず全滅である。火を消してくれる熟練の消防隊はいないのだ。
大きな街にはたいてい消防隊に所属する魔術師もいるので、それを前提にしている為、消化設備も整っていない。
アルハザードが屋上へ行って止めさせたが、やはりすぐに燃え広がり始めていた。
防災の専門家ではない彼にはこのあとどうなるかはっきりした予想はつかないものの、火災については本能的な恐怖を感じる。
取り囲んでいる連中が離れたらその隙をついて脱出しようと考えた。
「ビル、アーサー、金目の物と食料を積み込め。すぐに出るぞ」
「えっ、ここに立て籠もってた方が楽じゃないですか?」
アルハザード一人いれば敵は恐れるに足りない。
敵は900人いるとはいえ、あと百人も死体を積み上げれば皆逃げ出すだろう。
「馬鹿野郎。俺一人働かせる気か?」
「女達は?」
「自分で馬に乗れるなら勝手についてくればいい」
そんな女性は捕虜の中には少ない
「兄貴の女は?」
「知らん」
「ええ!貴族の女ですよ?要らないなら俺が貰ってもいいですか?」
「ふざけんな」
捨てると決めたのに、他人に奪われると思うと途端に惜しくなる。
俗な男だった。
「んじゃあ、馬車に乗りこませるとか」
「用意できるなら勝手にしろ。時間をかけるなよ」
準備させている間にアルハザードは屋上から周囲の様子を伺った。
敵は火から逃げたが包囲はまだ解かれていない。
延焼が広がり、いずれこの役所も火と煙に包まれるのは時間の問題だと思われた。
だが、火の広がりは不自然に止まる。
(魔術師がいるのか?)
野盗達の中に魔術師がいたこともある。
次男坊三男坊の貴族の中には家を継げず、法服貴族にもなれず市井で働くものもいる。身を崩して犯罪組織に雇われ、しまいには野盗に身を落とす。
この一味に所属していた魔術師は喧嘩別れして殺された。
それ以来加えた事はないのだが、一千人にまで膨れ上がると細かい把握はできていなかった。
アルハザードは魔術師の姿を探した。
火と煙に紛れて脱出しようにも消されてしまうとまた予定が変わってしまう。
二日以上徹夜して行動するのはさすがに厳しい。
アルハザードは確認の為、再び火を放った。
すると黒い影が移動し、魔力で火を包んで消してしまう。
「なんだありゃあ」
魔術師なら彼の敵ではないが、脱出時の不安要因になるのでアルハザードは排除することに決めた。
◇◆◇
敵に大きな動きは無い。
アルハザードは屋上で大きな物音を打ち鳴らさせて、自分が移動する時の物音を消させた。
それから近づいて、建物の中で何かを漁っている人影を発見する。
合図を送って再び火炎瓶を投げさせた。
すると人影は建物から出て火に向かって黒い影を投げるとそれが広がって火を消していく。
建物の中では忍び寄って襲撃する事など出来なかったが、今なら一瞬で距離を詰めて切り伏せられる。アルハザードは抜き身の刀に力を込めた。




