第44話 名もなき街の戦い②
レナートとソフィアは二日間荒野を歩いてもまだ街にはつかなかった。
正午を過ぎれば野営地点を探さねばならず、食料を探し、水を探しながらでは一日数時間しか歩みは進まない。
「ねえ、レンちゃん」
「なんですか?」
「レンちゃんなら自力で水とか出せるんじゃないかしら?」
魔術では無から有を産むことは出来ない。
科学と魔術の研究の歴史の中で認知が深まり、情報が共有され大気中から水分を取り出す事は出来るようになったが、さしたる量は取り出せない。
水気のマナを含む魔獣から霊媒を作り、そこから魔術で大量の水に変換出来るようになったがレナートがそういったものを使っていた事は無い。
なのでソフィアは尋ねてみた。
「やってやれないことはないと思うけど・・・」
北方圏にいた時にお腹に刺青を彫り、水の精霊も宿すようになったので周囲に水が無くても精霊界から拝借することは出来る。ソフィアが知る帝国の魔術体系とは別の力だ。
「やっぱり寒冷化が進んでしまう懸念とかそういった事かしら?」
「それもあるけど・・・」
氷神の神域を創り出す事で自然の法則を無視して氷を出現させること出来るし、そこから水にすることもできなくはないが、やはりこの世界に与える影響が大きい。
だが、レナートが嫌がっているのはそれだけが理由ではない。
「けど?」
何か他に理由があるのだろうかとソフィアはさらに追及してみる。
「ソフィアさんには申し訳ないけど、ボクにはこのくらいの状況は大した事ないから。・・・よくわからない神様の力じゃなくてお父さんに教わったやり方でなんとかしたい」
今の困難は超常現象ではなく人の力で凌げる類のものだ。
「そっか。そうよね。うん、じゃあもう少し頑張りましょう」
ソフィアも気を取り直して旅を続け、翌日レナートが高台に登ってようやく街を発見した。
険しい崖を降りて、レナートがみたものを伝える。
「あの街、ちょっと危ないかもしれない」
「どういうこと?」
街の近くの標識、街灯からは人が吊るされていた。
犠牲者は首から『獣に体を売った卑しい売春婦』『人類の裏切者』などさまざまな看板をぶら下げている。王を裏切れば領主だけでなく領民もこうなるというみせしめである。
こうなるのを恐れて家臣も領民も裏切ろうとする領主は命がけで止めに入る事が期待され非道も黙認されている。
そういった事情まで、まだレナート達は知らない。
「他に何か見えた?」
「通りには人が少なかった。市壁の門には見張りっぽいのがいた」
「衛視じゃなくて?」
「ガラが悪そうだし、酔っぱらってる感じだったし仲間と遊んでたみたい」
「私も見てみましょう」
念のためソフィアも苦労して高台に登り自分の目で確認した。
天馬を駆る一族だけあって彼女も視力に優れている。
「確かに変ね」
他の街を探すのは時間の浪費が激しく、ここを避けるのを二人は躊躇った。
一晩様子を見る事にして高台で二人は休むことにした。
そのうち篝火が用意され、見張り達は宴会を始めたのだが・・・
「ああ、もう最悪」
やはりまともな連中ではなかった。
女性達が鎖に繋がれ見張り達に弄ばれている。かなり遠いが風に乗って悲鳴も聞こえてきた。助けてやりたいが、それはソフィア達のやるべきことではない。
様子を見るのを止めても悲鳴は聞こえてくる。
夜中に高台から降りるわけにもいかず、苦しい思いを抱えて時間が過ぎるのを待った。
悲鳴はそのうち金属が打ち合う音に代わり、レナート達はなんだろうと再び覗き込んだ。
すると街では戦いが起きていた。
賊の内輪揉めか、どこかの軍隊が解放しに来たのか。
理由は謎だが、鎖に繋がれた人はその混乱から必死に逃げ惑っている。
それを追いかけて殺す者もいれば、戦いを続ける者もいて統率が取れていない。
「馬がある、助けよう」
馬に乗って女性達を追いかけている者を発見し、レナートはそれでいいかとソフィアに訊ねた。
「力を使うの?」
ろくな武器もないのでどうするのかと問う。
「出来れば石でもぶつけて馬だけ奪って逃げてる人と離れて事情を聞く。うまくいかなかったら使うしかないと思う。ボクが勝手にやるからうまくいかなかったらソフィアさんは隠れて一人でショゴスさんの所へ向かって」
「馬鹿にしないで、手助けくらいはするわ」
理性では見捨てて使命に専念すべきだとわかっているが、彼女達を助ければすぐに必要な情報が手に入るという誘惑、理性への言い訳が立つ状況になるとソフィアも情を選んだ。
◇◆◇
レナート達が高台を降りて助けに行こうとしているうちに、賊の大半は街に戻っていた。
真っ暗闇の中では逃亡する人間を追跡するのは難しい。
夜目に慣れていたソフィアは隠れて突っ伏していた女性に声をかけ、こちらに来るように合図したが、女性は驚いて声をあげてしまった。
それで若干の追手に気づかれてしまう。
近づいてくる追手に対してレナートはドゥローレメの神器、漆黒のマントで身を包み闇の中から襲撃した。
首に縄をかけて馬から引きずり下ろし、奪った短剣で首を切り裂く。
気が付いてさらにやってきた追手に対しては布切れに包んだ石をヒュンヒュンと回して頭に投げつけた。
真っ暗闇の中で追手は次々とレナートに殺されていった。
◇◆◇
さほど体術に優れているわけではないので多少の失敗はあったが、霊視が出来て、夜目が聞き、乗馬の得意なレナートに対し、見よう見まねで馬にまたがっているだけの不慣れな盗賊は馬上で苦戦してほうほうの体で逃げていった。
敵が逃げ去ったのを確認してからレナートとソフィアはほどほどに抑えた声で誰か逃げたい人がいれば連れていく、と声をかけた。
すると二名ほど怯えた女性が茂みから出てきて、合計三名を救出しレナート達は街から離れて事情を聞いた。
「どうしよっか、ソフィアさん。錬金術師の店はあるけどもう人はいないって」
何度も襲撃され、略奪された町から住民は逃げ出した。
行く当てもなく戻ってきた住民は再度襲撃にあった。
この街の住人の生き残りはほとんどいない。
「他の街に行くか、彼らがここから去るのを待つかね」
内輪揉めが起きているらしいという話、そして彼らは拠点を次々と移しているという話を聞くとしばらく様子を伺ってもいいのではないかと思われた。
「賊の規模からすると街の隅々まで警戒出来ないでしょうし、レンちゃんなら水と食料を調達できる?もし出来たら秘薬も見つけて欲しい」
「やってみる」
どこに錬金術師の店があるかわからないので役所か詰所に忍び込まなければならない。
ソフィアが逃げ出した女性達を保護して街から距離を取る間にレナートは漆黒のマントに身を包んで闇から闇へと忍び寄っていった。
「意外と容赦ないわね、あの子」
昨日投稿したつもりが、失敗していたようです




