第43話 名もなき街の戦い
ショゴスも他の大公達同様に国家の設立を宣言し、バントシェンナ王の内応工作によって彼を裏切った貴族とその領民も反逆者として攻め滅ぼした。
人類の敵である獣人側についた者に人権は無く、領民もあらゆる法の庇護下から外した。
つまりショゴスが何も命じなくとも領土を拡張しようとする貴族、あるいは略奪者、無法者が現れてこの国では生きてはいけないということだ。奴隷制が廃止されても法の庇護下から外れた人間はもはや人間ではない。奴隷として扱っても誰も裁くことは出来ない。
戦力拠点となる街、物資貯蔵庫などはショゴスの正規兵、傭兵らが抑えているが、地方の村々は無法者達が略奪して回っていた。
無法者達は正規兵に補足されないよう一つの村には留まらず、拠点を点々としていたが、大軍がフォーン地方に渡ると無法者達の行動はより大胆になっていった。
◇◆◇
魔導騎士アルハザードは主君がショゴスに反乱を画策しているのを見て、早々に主を捨てて放浪の旅に出た。
同僚にも主君を捨てたものはいるが、ショゴスに寝返ろうとして信頼されず両者から攻められて身を滅ぼした。
世界が混沌として野盗がはびこるようになり、アルハザードは一人で旅していた時に襲撃を受けたがなんなく撃退した。
彼からすれば話にならない雑魚であるし、わざわざ野盗を殺して領主に恩を売りたいとも思わず殺さずに通り過ぎようとした所、野盗らは彼に親分になって欲しいと頼み込んできた。
馬鹿馬鹿しいので無視したが野盗たちは勝手に後を付いてきて彼の世話をした。
数十人規模の野盗達に襲われた時、アルハザードもさすがにその連中の多くを殺したが生き残りはやはり彼に親分になって欲しいと頼み込んできた。
野盗達も体制の中で生きられない独特の空気を彼に感じたのかもしれない。
結局アルハザードは親分になるのは受け入れなかったが、最初に襲って来た野盗のボスの用心棒となることを引き受けた。
こうして各地を点々とし、野盗の群れは段々大きくなり、村を襲い、名が広まると撃退したわけでもないのに勝手に傘下に加わりたいという者が増えてきた。
野盗の群れは一千人規模となり、村を襲い、領主の軍勢が弱体と見れば領主の館さえ襲って略奪した。彼らはイナゴの群れのようだった。
村の物資を食らいつくせば次の村に移り、集落から村へ、そして街へと襲撃対象はどんどん大きくなった。
次の街へと移動する時、従順な男は人足として連れ、お気に入りの女も連れて行った。
不要な男や女は時として奴隷商人に売った。
野盗の幹部達はお気に入りの女、特に貴族の女性を連れて行った。
性行為の対象としてではなく、見世物として。
平民達の恨みを買っていた貴族の女性は見世物として大いに人気だった。
野盗達の士気は大いに上がるし、噂を聞いた大地主は彼らを庇護して金も食料も棲み処も与えて、ショービジネスにもなった。
◇◆◇
アルハザードは宴会の席上でそろそろ潮時かな、と思い始めていた。
野盗達は増長し、行動は大胆になり、街に居座る期間も長くなった。
苦言して部隊が別れたが、他にも同様の行為をしている野盗の群れが増えすぎた。
彼もお気に入りの貴族女性三人を自分の愛人として連れ歩き、可愛がってきたが愛情を抱いた事は一度もない。女達は必死に媚を売り、彼のご機嫌を取り、寵愛を競ってきた。
彼女達を可愛がり、甘く優しい言葉をかけてやったことはあるが、所詮消耗品の愛玩動物としか思っていない。
そろそろ身軽になりたいと思っていた。
この規模になって略奪を繰り返せばいずれ国軍が差し向けられる。
魔導騎士アルハザードを抱え、野盗は大規模になり負け知らずで有頂天になっている野盗の連中はあまりにも増長しすぎた。
いくら彼が強いといっても同格の魔導騎士が討伐にこられれば勝ち目はない。
いくらアウトロー気質が強いアルハザードとはいえ、宴会の席上で乱交を始める野盗達には辟易としていた。
愛人から受け取った杯をぐびっと煽り、今後の算段をつけていた彼の後ろに回る気配がひとつ。
その男は短剣を抜き、アルハザードの首筋に振り下ろした。
必殺の一撃だった筈だが、刃は不思議と逸れて肌を少し傷つけてわずかに血を流しただけだった。アルハザードはゆっくりと振り向いて、驚愕している男を掴み、首に腕を回して脇に抱え込む。
「よう、どうした?何の余興だ?」
さほど力は込められていない。
酔って何が起きたか分かっていないのだろうかと男は愛想笑いをして誤魔化そうとした。
「え、へへ。ちょっと兄貴も仲間に加わって貰おうかと」
視線の先には指の間にナイフを通すフィンガーフィレットをやっている連中がいた。
「おお、そうかそうか。で、お前達もグルか?」
適当に返事をして酒を注いでいた女達にも視線をやる。
「ち、違います」「知りません!」
女達は慌てて返事をし、アルハザードに媚びへつらった。
「ビル、アーサー、お前らの差し金か?」
最初に出会った野盗のボス、一番古い馴染み達に声をかけた。
「俺は知らねえよ、兄貴!」
「そうか?」
アルハザードは脇に抱えた男の首に徐々に力をかけていった。
男は必死に腕を叩いたが、力を緩めてはもらえなかった。
首を絞められて顔は赤くなっていく。
もう口を開くことも出来ない。
「お前ら、俺が鎧を脱いでいる時なら殺せると思ったか?」
背後から不意打ちを受けても難なくしのいだアルハザードの余裕を前に、宴会で浮かれていた野盗達、特に幹部らは笑顔をひきつらせた。
魔力を持つ貴族には魔力を操れるようになった頃から、自然と体は魔力の壁で覆われる。
いわば結界を常時身にまとっているようなものだ。
とはいえ、その力はたかが知れていると野盗達は思っていた。
これまで貴族を殺し女を慰み者にしてきた実績があるからだ。
「俺を殺してショゴスに突き出そうとでもしたのか?」
アルハザードは幹部一人一人に目をやっていく。
その間に脇に抱えられた男の顔は青くなっていた。
「ひとつ詫びにゃあならん」
「へ?」
幹部らは間の抜けた声を出す。
「お前達は俺が思っていたより馬鹿じゃ無かった」
やるか、やられるかだ。
アルハザード同様に幹部達も限界を感じていたのだろう。
アルハザードが肉体に埋め込んだ魔石に少しだけ魔力を注ぐと脇に抱えた男の首が、吹っ飛んで幹部らの食卓の皿の上に乗った。
それを見て女達は悲鳴を上げて椅子から転げ落ちてしまう。
男達も似たようなものだった。
「どうして勘違いしちまったんだろうなあ。お前ら平民がどうあがいても俺達には勝てないってわからなかったのかねえ」
アルハザードは熟練の魔導騎士だ。
平民ではなく貴族階級出身であり、普通の騎士とは違う。
その力は常に頑丈な鎧を身にまとっているかのように働いた。
力の使い方が下手だと魔力を注ぎ過ぎて魔石を割ってしまうが、彼は戦闘で興奮していても魔石を割ってしまうことは無く自力で魔石を維持出来ていた。
感情の昂りは戦いの力となるが時として理性を疎かにして冷静な判断力を削ぎ、致命傷を招くことがある。
彼は感情の昂り、魔力の高揚も巧みに制御していた。
興奮しながらも妙に冷静に戦いを俯瞰できる。彼は魔力の高い名門貴族では無かったが、扱いについては他の魔導騎士よりも抜きんでている。
「んじゃまあ、お前達は皆殺しにして当局に突き出すか」
頃合いだった。
彼はずっと野盗の頭領をせずに用心棒に徹してきた。
有名になった野盗を討伐し、仕官する。
計画的だったわけではないが、状況は最大限に利用する。軍人として冷静に彼らを切り捨てる事を決定した。
「兄貴!俺は違うって!」
長い付き合いの野盗のボスは彼に勝てないと悟っていたので必死に命乞いをした。
「んじゃあ、ビル。命がけで証明しな」
アルハザードは卓上のナイフを取り、近くの野盗の目玉に突き刺した。
野盗達は一斉に席を立ち、めいめいに武器を抜く。
アルハザードは殴りかかってきた男に対して瞬時に距離を詰め、首にフォークを突き刺して体を突き飛ばし、他の敵の足を止める。
その間に腰の短剣を抜き、逆手に持って突き刺し、捻り、着実に致命傷を与える。
空いた手では椅子を掴んで盾にし、時には膝を蹴り折り、脚の甲を踏み抜き、体術も駆使して野盗達を殺していった。
彼のような実践経験豊富な職業軍人は剣や槍だけでなく、無手勝流の戦法も熟達している。
道場剣法しか知らない生半可な貴族とは違うのだ。
とはいえ彼一人で千人を皆殺しにすることは出来ない。
ビルとその部下も協力しているとはいえ、幹部達のいくらかは逃げ出して直属の子分を招集し始めた。
こうして住人を追い出し廃墟も同然だった街で決戦が始まった。
中央大陸、旧帝国は世界中の国を征服した多民族国家なので移民も大勢います。




