第41話 レナートとソフィア
ソフィアはレナートが友人にお別れしてくるといったので天馬達と共に戻るのを待っていたのだが、そのレナートは涙で顔面をくしゃくしゃにして戻ってきた。
「あ、レン君?」
レナートは涙で視界が曇り、足がもつれてあちこちにぶつかりながら転げるように階段を落ちてきて、助け起こそうとする手も振り払い、天馬に飛び乗ってさっさと出発してしまう。
「ちょっと!泣いてるの?」
後ろから声をかけるが聞こえておらず、レナートは大泣きしている。
そのうち吹雪が吹き荒れて天馬と共に墜落していった。
「老師、どうしましょう?」
”今は危険だ。城で何があったのか聞いてくる”
「私は?」
”おいかけて宥めるか、殺せ”
「殺す?何をおっしゃるんですか老師」
”あの子が本当に氷神ならその力を暴走させれば世界の寒冷化が早まる。そう聞いただろう。我が君と民にとって好ましくない存在だ”
「そんなこと知りません!やるなら自分でやって下さい!」
天馬達も驚いてレナートに近づこうとしないし、アルコフリバスも強力な魔力の嵐が吹き荒れているので近づけなかった。その為、アルコフリバスは城に戻って事情を調べる事にした。
天馬の群れは驚いて逃げてしまい、ソフィアの愛馬ルナリスだけは従ってくれたが、それでも一定以上近づいてくれなかった。
ソフィアはしばらく遠くから見守っていたが、レナートの泣き声が大きくなると吹雪のせいで姿も視認できなくなった。
嵐は南へと移動していき、ソフィアは遠巻きにしたままついていく。
そのうちアルコフリバスが戻ってきて事情を伝えた。
”友人らと喧嘩したようだ。アンタのせいとかなんとか大声が響いていたらしい”
「ヴェニメロメス城での件でしょうか」
”恐らく”
空を飛んで南下するレナートはついに涸れ谷に達した。
”不味いな・・・”
レナートが大きく泣き叫ぶ度に、巨大な氷柱が発生しダカリス地方との間に橋が出来てしまっている。
「そろそろ力尽きたようです。今のうちに止めましょう」
”私には難しい。少々気になる事があるのでもう一度戻って調べてくる”
「何か?」
”まだわからない。しかし懸念している事が確かならあの子が無垢な内に殺してしまった方が世界の為だ”
レナートの殺害に拘るアルコフリバスを無視し、ソフィアは愛馬を駆って強引に亡者だらけの大地に降り立った。
◇◆◇
泣き叫ぶレナートの声はどんどん高くなり、それにつれて巨大な氷の柱が形成されていく。強力な地吹雪にとうとうルナリスも逃げ出し、無理やり押さえつけようとしたソフィアは落馬してしまう。
ソフィアは氷の柱に隠れてやり過ごしたが、その間もレナートの声は高くなりとうとう絶叫となった。
その瞬間氷の柱は砕け散り、辺りは静寂に包まれる。
舞い落ちる氷の中をソフィアはレナートに向かって進んでいく。
「来ないで!」
レナートの叫びに従って地中から新たな氷の柱が現れては砕け散る。
感情が激発する度に空気中にも氷が現れては砕け散り、ソフィアを傷つけるが、それでもレナートに近寄りその頬を打った。
「何を」
レナートは涙で顔をくしゃくしゃにしたままソフィアを見上げる。
「何があったの?」
ソフィアは努めて優しく声をかけた。
「ボクのせいで・・・ボクのせいでみんなが死んじゃったって」
「そんなの嘘よ。喧嘩した時の憎まれ口なんてみんな本心じゃない」
「でも事実なの。お父さんが皆をボクの為に巻き込んだの」
「お父さんはあなたを愛していたからそうしたのよ」
「でも!」
「でもじゃない!」
ソフィアはまた平手打ちをする。
「でも、ボクが!」
「黙りなさい!」
レナートが「でも」という度に何度でもソフィアは引っぱたいた。
レナートの感情が激発しそうになる度に引っぱたいた。
涙が流れそうになると引っぱたいた。
あんまり頬を叩かれたので真っ赤に染まって腫れあがった。
しまいにはソフィアが手を振り上げるだけでレナートはびくついてしまうようになる。
「良いと思ってやった事が報われない事はある。始めた時はみんな支持したのに、うまくいかないと手のひらを返したりね」
「で・・・」
ソフィアがじろりと睨む。
「愛する者の為にやった事が不幸な結末になることもあるかもしれない」
ソフィアはレナートの肩を掴んで言い聞かせた。
「やるべきことをやっただけでも皆に理解はされないかもしれない」
ソフィアはレナートの涙を拭い、抱きしめながら言う。
「お父さんは好き?」
「すき」
「ならお父さんを愛して理解していきましょう?皆が手のひらを返しても貴女は味方でしょう?」
「うん・・・で、」
また、「でも」といおうとして口ごもり、ソフィアの反応を伺う。
「他の人がなんといおうとそんなものはクソ喰らえよ!」
「く、くそ?」
天女のような美貌を持つ彼女の口から出てきた言葉にレナートは面食らう。
「クソよクソ。文句があるなら自分の力で生きればいいのよ。貴方がお父さんを好きならそれでいい。非難されるべき点があったのなら他の人がすればいい。貴女は受け取った愛を返してあげればそれでいいのよ」
「でも・・・」
またソフィアが手を振り上げるのでレナートはびくっとして何も言えなくなる。
「いいのよ。別に貴方が責任を感じなくても。私達は今、やるべきことを一つ一つやるだけ。それで十分立派よ。お父さんもきっとそうだった」
「やるべきことって?」
「そうね・・・まずは・・・・・・私を助けてくれない?」
ソフィアは周囲に視線をやった。
レナートの激情が収まると共に、亡者達が氷の柱の陰から忍び寄ってきている。
この台地は既に亡者に占拠されており、全方位亡者だらけだ。
天馬達は逃げてしまっていてソフィアには逃げる手段もない。
「じゃ、じゃあちょっといいですか?」
「え?」
レナートはソフィアの許可も取らずに無理やり抱きついた。
「んっ」
そして思いっきり周囲に力を振るって亡者達をまとめて凍らせる。
「ごめんなさい」
「いいけど・・・どうして?」
「ソフィアさんを巻き込まずにするにはボクの眷属になって貰うか、こうして一体化するしかなくて」
抱きついている間、レナートのマナスでソフィアを完全に覆って保護した。本来抱き着く必要は無かったが、まだそこまでうまく力を使えるイメージが無かった。
「あら、レンちゃんの信徒になればいいなら喜んでマナを奉納するわよ」
「えへへ、じゃあこれからよろしくお願いします」
そんなわけでソフィアはレナートの、グラキエースの信徒となった。
「加護の特典として奉納して貰えると寒さに強くなるみたいです」
「前にやったのとは違うの?」
「前のは一時的なもので、今のは繋がりみたいなのを感じます」
定期的に奉納を続けないと繋がりはきれてしまう。
「じゃあ、どうしましょうか」
「レンちゃんはどうしてこっちに来たの?」
「え?さあ?」
あの場から逃げたくて必死に走って飛んでいただけだ。あまり考えた上での行動ではない。
「無意識に次の目的地のフロリア地方に向かっていたのね。立派だわ、深層意識でやるべきことはちゃんとやろうとしていたのよ」
「そ、そうかな?」
「そうよ。じゃあ、天馬達が落ち着いてくれるまでしばらく歩きましょうか」
ソフィアに手を引かれてレナートは神の拳といわれる大地を歩き始めた。




