第40話 シェンスクにて
アルコフリバスはロスパーの回復を待つ間に一度シェンスクに戻り、マヤにナグレブが敗れた事を伝えた。他にブラヴァッキー伯爵夫人が死んだ事やダカリス地方の情勢も伝えている。
「ほーう、魔導装甲歩兵が百体か。それはなかなかの戦力じゃな」
”あまり気にしてないようだな。ナグレブの敗退を”
「いや、面倒な事になったと思っておるよ?そんな事より鷹が喋った事の方が驚きじゃ」
”お前も蝙蝠に変化出来る癖にこんな事くらいで驚くか?”
「儂はもともと蝙蝠の獣人の血が混じっとる。お前は完全に人じゃろうに」
魔術の得意な獣人の中でも変化が出来る者は少ない。
己の血を活かしても、なかなか成功はしない。
それを人間がやって、これまでマグナウラ院を史上最年少で卒業したマヤにも悟らせなかったのだから驚きだ。
”変化とは違うからな”
「是非、魔術の講義を受けたい所だが急ぎ戻ってロスパーとやらの話を聞いてきて貰いたい。地獄の住人達との接点が欲しい」
”そうするつもりだ。しかし、これで反獣人派に勢いがつくぞ。収拾出来るのか?”
講和というより降伏要求の条件を緩めてソフィアに連携する必要があるのではないのか、とアルコフリバスは問う。
「儂が欲しいのはアウラかエミスの血を引く大貴族の女じゃ。そして儂らが亡者共への対策を講じるまでの間の平穏が欲しい。ツィリアかエンマを拉致すれば残りは皆殺しにしても構わん。嫌なら降伏せよ、と要求するだけ」
”皆殺しになど出来るのか?”
シェンスクにはそこまでの戦力は無い筈だった。
「ナグレブを殺された事でドルガスが怒り狂うじゃろう。沿岸部に縄張りを持っていた獣の民も亡者から逃げる為にこちらへ来る。今のうちに有利な条件で降伏していれば良かったと帝国人共はいずれ悔やむじゃろうな」
”ではソフィアは予定通りの条件をショゴスに伝えていいのだな?”
「うむ。ところで戻ってくる最中に他に気づいたことは?」
”いくばくかの軍隊がダカリスへ向かっていたな。敗退した獣人達と鉢合わせになるかもしれない”
「ふむ。ニキアスに対処させるか」
”忠誠心の確認でもするのか?”
「いや?奴は今更儂らに敵対などできん。むしろ援護射撃じゃな」
”そうか。まあ私にはどうでもいい。ではソフィアの所に戻る”
「ああ、待て待て。他にお主に匹敵する魔術師を知らんか?メルセデスやシャフナザロフに対抗できる人間の魔術師を」
旧帝国領内に住む高名な魔術師達は獣人達に早期に殺されてしまっていて獣人の勢力圏内にはいなかった。
”私はティラーノ様と共に長年獣人の支配地で暮らしていたのだ。知るはずがないだろう。・・・ああ、一人いたな。いや二人か”
「誰じゃ?」
”イザスネストアス、それとイーデンディオスコリデス”
魔術の隠蔽、偽装などを得意とする魔術部門で二人とも齢百歳を超える。
イザスネストアスはマズバーン大神殿に籠っていた人々と共にスパーニアに脱出した。唯一信教を抱え込んでいたティラーノと対立し監視下に置かれている。
会話は可能だがティラーノの怒りを買っている為、出国は出来ない。
「イーデンディオスはアルベルドの面倒を見てやる為にバルアレス王国へ戻っていたな。転移陣が復旧したら行ってみるか」
”君は忙しいのでは?”
「うむ。ミアでも送るかな・・・」
”ギデオン達から研究の進捗は?”
「やはり複数の系統の死霊魔術による亡者が混在しているらしい。一つの方法では解決出来そうにもない」
骨だけになっても動く神術系の亡者が混じっている限り、アンチョクスの蟲を暴走させて肉体を破壊しても全ての亡者は止まらない。
”何かいい情報は?”
「神人級の判定が出ていた帝国貴族は知性を持つ亡者になりやすいようじゃ。亡者達の司令塔になっている。破壊すればその地域の亡者はひとまず沈静化する」
”ほう。なかなかの成果じゃないか”
帝国は増えすぎた帝国貴族を減らし、有力な貴族の血統を維持する為に爵位はほぼ名誉称号とし、魔力の衰えた貴族の家系は平民に落したり階級を落した。
その為、下級公爵という存在もあり、伯爵や男爵、その他貴族の方が宮廷序列が上の事もある。
マヤも学生時代に神人級の判定を受けた。
「じゃが、知性を持つ亡者の破壊は難しい。接近して戦う事も出来んし遠距離から魔導銃を撃ち込むのが理想的となる。そこはマミカに研究させる」
”マミカに?”
アルコフリバスからするとマミカはたいした魔術師ではない。
「ケイナンという男が研究していたものが役に立つ。知性型はなかなか姿を現さんから一撃で殺す必要があるが、相手の出自が分かれば効果的な属性弾を選べる」
”なるほど”
マヤも帝都に戻って研究したいのはやまやまだったが、この地方の人間勢力を征圧しないことにはまだ戻れなかった。刹那的な生き方をする獣人達には大局的にものを考えて動ける人間が圧倒的に少ない。
◇◆◇
”で、こちらの様子はどうなった?”
これからまたアルコフリバスはダカリス地方に舞い戻り、そこでレナート達と合流するので彼女達が気になっているであろう情報を持ち帰ってやりたい。
「反逆者は出したが、儂が取りなしたからウカミ村にスリクの犯行の非が及ぶことは無い」
”それは良かった。他になにか伝えてやることは無いか?”
「ムッサがドムンの様子がおかしいというのでな。ちと調べたのじゃが・・・」
レナートとスリクのお目付け役という事でついてきたムッサだったが、一般人の彼には事態の急変についていけなかった。しかし彼らが生まれた時からよく知っている為、ドムンの態度には違和感を覚えた。
このままではマリアやヴァイスラに会わせる顔が無いとマヤに調査を依頼し自分もヴェニメロメスの城下町まで足を運んだ。
「ドムンの新妻が語った所によればシーラやセラが家に来て奴をどこかへ連れ出すようになり、そのうち朝帰りするようになり妻を抱くことも無くなっていったらしい」
関係者は口が重かったが、マヤの命令ということで仕方なく口を開いた。獣人と人間の融合を進めるべく、乱痴気騒ぎ、いわばサバトが開かれていた。
ドムンの騎士叙勲祝いということで最初は彼も断れなかったようだが、参加する度に人が変わっていったという。そのうち公然とシーラ達と付き合うようになった。
”それにしてはレナート君に随分厳しい事を言っていたようだが”
「妻の扱いも暴力を振るったかと思えば、急に優しくなったり二面性の激しい性格になっていたようじゃ。そこでムッサは完全に怪しいと断言した」
”シーラとセラは昔シャフナザロフと付き合ってティラーノ様と敵対した事もある”
「レンには本意ではなかったかもしれんと慰めておいてやってくれ」
”そうしよう。では行ってくるが、広域魔術通信網を各地に開いた方がいいだろう。いちいち移動するのは面倒だ”
「手配しておる」
”では”
こうしてアルコフリバスはダカリス地方へ舞い戻ったが、レナートに伝えてやる時期を見計らっている間に事件が起きた。
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