第39話 ロスパー・プロフェス②
健康が回復したロスパーはしばらく城内で監視されながら占いやお祓いで生計を立てる事になった。先祖代々の仕事でそれなりに経験もあり、地獄から帰還した者という触れ込みで人気もある。
レナート達はアルピアサル将軍に会い、ブラヴァッキー伯爵夫人の情報を聞きダカリス地方西部の亡者監視網やフロリア地方に脱出した将軍の同僚達の情報を聞いた。
ダカリス地方でやるべきことを終え、出発することになりレナートは最後にロスパーに挨拶に行った。
「じゃあ、ロス。ボクは・・・」
扉を開けるとロスパーとスリクは抱き合って熱烈な口づけを交わしていた。
その様子にレナートは立ち尽くす。
「え・・・と、スリク?」
「あ、レン」
スリクは少しばかり罪悪感を感じているような顔で目を逸らす。
「どうかした?」
唇を放し、長く伸びた唾液を舐めとったロスパーが挑発的な視線を投げる。
「あ・・・、いや。ロスはドムンが好きだったんじゃないかって」
「でも死んじゃったんでしょ?スリクに聞いたわ。全部」
「え、と、事故みたいな感じで・・・」
レナートはロスパーの視線を直視出来ず、眼を伏せながら答えた。
「そうね。私の旦那様になる筈だった男を殺したんですからスリクには責任を取って貰わないとね」
「あの・・・え?なんかおかしくない?」
普通なら憎むのではないのだろうか。
「おかしくないわ。だってアンタのせいなんだから」
「ボクの?」
スリクを突き飛ばすようにしながら立ち上がったロスパーはずかずかとレナートに詰め寄った。
「そうよ。オルスさんやアンタのせいでアイガイオンとかいう奴に目をつけられてウカミ村は攻められた。スリクもそれを知っててずっと黙ってた。カイラス山が攻められたのもアンタたち親子のせい!お婆ちゃん達が死んだのもヴェスが地獄に残らなきゃならなかったのも全部、全部!アンタたちのせいよ、疫病神!!」
ロスパーの眼には激しい憎しみがあった。
レナートは幼馴染達と喧嘩はした事はあるが、ロスパーにこんな目で見られたのは初めてだった。
◇◆◇
「全部!アンタたちのせいよ、疫病神!!」
ロスパーに憎々し気に罵られたレナートは膝に力が入らなくなり、よろよろと壁にもたれかかる。確かに彼女の言う通り、アイガイオンが村を襲撃したのはフィメロス伯とは関係ない独走でその事情はケイナンや一部の者が隠した。
アルメシオンが再び襲ってきたのもやはり幼い頃の事件に関連する。
「スリク・・・話したの?」
「しょうがないだろ。これだけ被害が出て何も知らないままってわけにも」
「・・・そうだね、ロスの言う通りだ」
幼児の頃に一方的に因縁をつけられたレナートの責任は薄いが、縁は出来てしまった。
「分かった?スリクはもう私のものだから二度と近づかないでね」
「でも、ボクはまたたぶん使者として来ないといけなくなるかも」
「他の人を寄こして。もうアンタに関わりたくないのよ。スリクもね。そうでしょ?さっきそういったもんね」
ロスパーは女の顔をして媚びるようにいうが、その目には他の返事は許さないという迫力があった。
「あ、ああ」
スリクは否定しなかった。
レナートは裏切られたような気持ちになり自分でも確認を取る。
「スリクももうボクの事嫌いになっちゃった?」
「悪いな。俺もやっぱりこの国の人間だし、嫁さんは一人の人をちゃんと愛したい。お前は獣達とよろしくヤってればいいだろ」
スリクの眼に憎しみは無いが軽蔑の視線を向けている。
ウカミ村にいた時はエンリルと仲良くしていてもスリクは気にしていなかったのに、突然人が変わったようだった。
「そ、そうだよね」
レナートは二人にひきつった笑顔を向けた。
本当は泣き叫びたかった。
幼馴染は悉く死に、生き残りには嫌われた。もう会いたくもないと。
お前は村や同胞が壊滅する原因になったのだ、と。
「アンタは昔からへらへら笑って気持ち悪いのよ」
ロスパーはさらに歩み寄ってレナートを扉まで突き飛ばす。
「殺されないだけありがたく思いなさいよ」
ロスパーは机の上でぎらりと光る鉄の鋏に視線をやった。
「う、うん。ありがとう」
ロスパーの迫力に扉の前で座り込み、泣きそうな顔で必死に礼を言う。
「それとね。オルスさんだけど、地獄にいたわ」
「え?」
「当たり前でしょ?金の為に剣闘士なんかやってた出戻りのくせに、嘘ついて族長なんかやって皆を死なせたんだから。永遠に地獄で拷問にあって苦しみ続けるのよ!」
「父さんは皆を必死に守ろうとしただけだよ!」
さすがにそれは理不尽だと抗議の声を上げた。
「違うわ。全部アンタ一人を守るために族長やってたのよ。アンタやファノみたいな変わりものは自力じゃ生きていけないから族長の権力で楽させてやってただけ」
「じゃ、じゃあボクのせいだよ。父さんが地獄に落ちる必要なんてない」
「そうよ。あんたが地獄に落ちればいいのよ!さっさと地獄に落ちて女神に命乞いしてくればいいんだわ!」
ロスパーの怒りに満ちた叫びをそれ以上聞いていられず、レナートは背を向けてもんどりうちながら逃げ出した。
「死んじゃいなさいよレン!自分の手で!!そうすればすぐ地獄に落ちれるわ!」
ロスパーの呪うような声はレナートの心にずっしりと重くのしかかり、天馬に乗って飛び立つも高度が稼げずしばらくして転落してしまった。




