第38話 地獄からの使者
スリクはロスパーから聞いた内容を主君となったダンや皆に語った。
「地獄の女神の城についた後の事はあまり覚えていないようです。忘却の水とかいう奴を飲まされたのかも」
「信用できるのかスリク君」
「ロスパーが女神から命じられたのは『地獄門を封じ亡霊と怪物が逃げ出さないよう封印すること』『亡者達を抑えつける地獄の女神の力が弱まっている為、女神に祈りを捧げる事』だそうです。特に問題がある内容とは思えないですよ」
「だが、植物の種を持ち帰ってきたのだろう?」
ロスパーの服のポケットには植物の種があった。
現在は宮廷魔術師ダイソンや学者が調べている。
「地上が厚い雲に覆われて、この先数十年か数百年は気温が下がる事を地獄の人達は分かっていたみたいです。暗い地獄でも育つ作物なら今の地上でも育つって渡されたっていってました」
「怪しいな。彼女の妹は?」
「地獄の女神が侍女として預かるんだそうです。地上はこの先悲惨な事になるし、地獄にいた方が安全だろうって」
「人質に取られているようなものではないか」
「そうですね。でも介護が必要な状態になっていたからロスパーも仕方なかったようです」
気に入らないな・・・とダンは思案した。
「アルコフリバスが戻ってきたら尋問して貰うとしよう」
「・・・・・・」
「必要な事だ。わかるね?」
「はい。でもご自身の家臣にはさせないんですか?」
ふむ・・・とダンはしばらく考え込んだ。
「気になる事が?」
「まあな。妹ほどではないが私も家臣達はあまり信用していない。ダイソンも父の代に引退した魔術師で他の連中も私が後継ぎから外された時に皆去って行った連中だ」
ダンの母は彼を産んでしばらくして他界し、ツィリアの母が嫁いできて大公妃となった。
ダンの母の家系とツィリアの母の実家ウェイトリー家との勢力争いの結果、宮廷に残ったのはウェイトリー派だった。
ツィリアの命令でもなかなかダンには従おうとせず、内政に苦慮している。
ダンを排除してしまえば自分達が実権を得る事が出来るのでいつ暗殺されるかわからない。
「ダンさんのお母さんの実家は味方してくれないんですか?」
レナートも疑問に思う。
「とうに粛清されて力は残ってない」
「ダイソンさんは?ブラヴァッキー伯爵夫人の事を見抜けたんでしょう?」
「優れた魔術師だがウェイトリー家のものだ。それに見抜けたのはアルピアサル将軍のおかげ」
「将軍が魔術に精通していたんですか?」
「彼は枯れ谷城にいた将軍でな、”神の拳”が亡者に襲われた時に脱出してこちらの配下となった」
ダンは彼らを歓迎し、直属の部下とした。
たったの一千だが職業軍人と騎士達であり、国内のどの派閥にも属さない。
魔導騎士らは先の戦いで魔導装甲歩兵を操って獣人達に対抗しおおいに活躍した。
「彼は涸れ谷城でブラヴァッキー伯爵夫人と面識があり、いつの間にかこちらに来て我々に仕えていた事に不信感を持ち、ダイソンらと相談してブラヴァッキー伯爵夫人を捕えた」
ブラヴァッキー伯爵夫人は亡者対策として魔導装甲歩兵の実用化を行う為、資金や資材を出してくれる人々を洗脳していた。ダンやツィリアにとっては害になるわけではなかったが、裏で家臣達を洗脳していたことは許しがたい。
財務大臣まで洗脳されており、獣人達に降伏して協力するようツィリアに説く者もいた。
もともと疑り深かったツィリアの性格により拍車がかかってしまう事になった。
「なるほど・・・大規模な粛清に発展するわけだ」
「一人の人間に国家が壟断されてしまっていたなど、恥だから表向きには言えんがね」
◇◆◇
レナートはダンの前を辞去してから、スリクに囁いた。
「どうせ本気で彼に仕える気なんかないんでしょ?隙を見つけてロスパー連れて逃げた方がいいよ」
彼らの事をよく知らないスリクがダン達に心服しているわけもなく、敵討ちの為に彼らに仕える事にしたのは明らかだったのでレナートは忠告する。
「でもあんなにすごい兵器があったんだぜ」
「ボクは帝都とか東海岸だって見てきたし、北方圏じゃ戦争にも参加した。そのうえで言うけどあれがあと千体あっても獣人さん達には勝てないよ」
「なんでさ」
「ここより何十倍もでっかい都だって廃墟にされてるんだよ?ボクらが持っていた神器も、帝都の神器もあるしおんなじように対抗されるだけだと思う」
ふーん・・・とスリクは面白くなさそうに呟いて返答はしなかった。
「死なないで」
スリクが聞き入れてくれそうにないのでレナートは泣きそうになりながら懇願する。
「わかった、わかってるよ」
スリクはぎこちなくレナートを抱き寄せた。
「不味くなってきたら指輪の力を使ってね」
「ああ」
◇◆◇
アルコフリバスが戻ってきた頃にはロスパーもかなり動けるようになり精神的にもすっかり落ち着いていた。スリクに話した内容を聞かれるまま答え、質問も彼女に分かる範囲で答えた。その話を整理してアルコフリバスがダンやツィリアにも報告した。
”話の筋は通っている。メルセデスの私的な問題でアイラクーンディアを倒したようだが、それが可能だったのもアイラカーラがエイラシルヴァ天によって浄化され地獄の調和が崩れた事に起因する”
「水神と氷神とか風神と雷神とか二柱の神が組み合わせになっていること多いですね」
レナートは何とはなしに呟いた。
”良い視点だ。片方の神が倒れた時の時間稼ぎだろう”
「時間稼ぎ?」
”世界の破局を防ぐ為の安全装置ということだ。地獄の女神については経緯が経緯とはいえ、世界中でそれなりに信仰はされていた。悪人を裁き、亡者を地獄で使役する必要な神だと。聖堂騎士団にも信徒がいたほどに。アイラクーンディアを信仰せよ、と地獄の女達がいうのも頷ける話だ”
「アルコフリバス殿は言う通りにした方が良いと?」
ダンが問う。
”私は話の真偽を確認するだけだ。納得のいく話だし、彼女は自分の意志でそれを信じている”
王としてどう行動するかはダンとツィリア次第。
「信仰すれば本当に亡者を抑えてくれるかな?」
”保証はないし、彼女達は天の神々に対抗するつもりのようだ。あちらに味方すればいずれ神罰を受けるかもしれない”
「むう、一体どうしろというのだ。・・・ああ、アルコフリバス殿に文句を言っている訳ではない」
”選ぶしかないな”
一億もの人が死んでも助けてくれない神々か、この状況に関与した地獄の女神らか。
「どうせならエイラシルヴァ天もアイラカーラだけでなくアイラクーンディアも浄化してくれれば良かったのだ」
”勝手な事を言う。帝国人が自ら招いた状況だというのに”
「そうだな。神々だって好き勝手する時代だ。我々が少々自分勝手な事を呟くくらいの自由はあってもいいじゃないか」
ダンの台詞に皆も少々苦笑する。
自分勝手は彼もよくわかった上での発言のようだ。
「ま、いいさ。アイラクーンディアよどうか亡者達を地獄にお引き取り下さい、と祈るくらいはしようじゃないか」
”国民にも?”
「国民には広報官に分かりやすい話でも作らせて周知させよう。地獄の女神に祈るもよし。太陽神に雲を晴らし、陽の明かりで世界を照らして下さいと祈るもよし」
”この雲は自然現象だ。たとえ神でも介入は難しい。レナート君の話の通り、ウィッデンプーセは介入を禁じているし、やったとしてもさらなる災害を起こす”
「広報官にその点も考慮させるとしよう。民衆は情報を知らされた上で各々選べばいいさ」
”ふむ・・・・・・女王陛下もそれでいいのかね?”
「勿論、お兄様の言う通りに」
「個人的にどうしたい、というのはあるか?お前の行動は国民にも影響するだろう」
「私だったらアイラクーンディアの神殿を建てますね。それとここの地下に地獄の作物を栽培してみます」
地獄から持ち込まれたものを栽培する事に危険を感じないでもなかったが、このままだとダカリス地方の人間は輸入も出来ずに餓死を待つのみなので仕方ない選択だった。
将来的にも寒冷期の到来が予想されている以上、さらに選択の余地もなくなっている。
「ではやってみるか。どうせ地獄のような世の中だからな。レナート君も種をいくつか持っていくといい。このあとショゴスの所に行くのならあちらは植物に詳しい学者が多いからな」
「はい、有難うございます」




