第33話 スリクとの別れ
フィンドル城に攻めてきた獣人の群れは撃退された。
レナートとソフィアは戦闘中、郊外へ天馬で脱出しておりどちらにも加担しなかったが、獣人達が撤退するとその偵察だけ引き受けて、完全に撤退したのを確認してからダンに報告してやった。
ダンはレナート達や市街地からの被害報告を受け、その惨状を嘆いた。
「いやはやこれは大したものだ。ニキアスがあっさり降伏したのも無理はない。彼を気の毒に思うよ」
大公爵の居城でもここまで被害を受けたのだ。小貴族が攻められてはあっさり降伏するのも止むを得ない。
「ダンさん。あの巨人達は一体・・・」
レナートやソフィアは戦闘終盤に登場した巨人の正体を訊ねた。
「魔導装甲歩兵という奴だ。聞いた事は無いかね?」
「ありません」
レナートはまったく聞いたこともなく、ソフィアも名前は知っていたが実物はろくにみたこともない。
「アルコフリバス老師ならご存じでしょう?」
”うむ。第二帝国期に活躍した石人形だな。一体で魔導騎士三人分くらいの活躍はするが、燃費が悪すぎるので廃れたものだ”
「その通り。我々はあれを地下で発掘した。動かすのに魔導騎士百人分以上の魔石を必要とするが、それはエクニアが解決してくれてね。奴の心臓部近くから採掘された宝玉のかけらでも動いた」
「それで傷つけるなっていってたんですね」
「そういうことだ」
魔導騎士百人分の魔石で三人分くらいしか活躍出来ないのでは廃れても当然だ。
歴史の流れとしては装甲歩兵の燃費の悪さを解決する為に、人間の騎士を魔導騎士として強化改造した。
「燃費については問題だが、獣人には魔導騎士より効果的だったろう?」
「文字通り歯が立ちませんね」
「これが女王陛下の自信ですか」
休戦を拒むにはその裏付けになる軍事力があった。
兵器生産が盛んな地域とはいえ大砲の弾は人間のような集団戦でないと効果は無く、彼らの自信を危うんでいたソフィアも納得した。
「違う。獣人が嫌いなだけ」
「まあ、この通り妹は獣嫌いでね。臭いし汚いし煩いし、と。どうしたものかと思っていたが実用化が間に合って良かったよ」
「間に合う?」
「うむ。ブラヴァッキー伯爵夫人のおかげでね」
どういうことか、とソフィアやアルコフリバスはダンに問う。
「魔導装甲歩兵は魔導騎士が直接乗り込んで操作するか魔術で遠隔操作することになるが、うちにはそんなに魔導騎士はいなくてね。魔術で操作しても単純作業しか出来ないし戦力化は難しかった。だが、あのご夫人が精神を繋いで・・・っとこれ以上は秘密だよ」
使者とはいえレナート達は獣人寄りの立場であり、軍事機密を教える事は出来ないとそれ以上は明かして貰えなかった。
「人間と人間の戦いであれば魔導騎士の方が有効だが、獣人や魔獣相手なら単純な力で魔導装甲歩兵は圧倒する。それを我々は数百体抱えており、遠隔操作で感染の危険もまったくないことから亡者に対しても有効に働く」
「閣下の自信が良くわかりました」
「うむ。蛮族どもが考えを改め条件を変えて和を乞うならこちらも考えよう」
”君らの弱点は遠征能力が無い事だな”
アルコフリバスが痛い所を衝く。
食料不足で遠征が出来ず、防衛は出来ても形勢逆転には至らない。
”遠隔操作にも限界があろう”
大地峡帯の渡河地点は数えるほどしかなく、本城よりそちらの方で守れば領民や配下の貴族達の領土も荒らされずに済んだ。
しなかったということは本城の防衛程度にしか動員できないということだ。
”ブラヴァッキー伯爵夫人の友人、ソラ王子の知り合いの暗殺者にして夢見術師コリーナは特殊な器具を使って人と人の精神、夢を繋いで意識を共有させたという。尋問した時、妙にブラヴァッキー伯爵夫人が従順だったが、お前達は彼女の精神を支配してその技術を引き出したな?”
「ご名答。隠しても無駄だったか」
”彼女も油断したか。さすがに大公閣下。優れた魔術師を部下にしていたとみえる”
「君達が中立の使者であれば、出来れば伝える必要のない事は黙っていて貰いたいね」
「勿論、私達も人類の不幸は望みません。少なくとも北部を経由して亡者が現れることは無いとシェンスクには伝えます」
「助かるよ」
気になっていた魔導装甲歩兵についての情報が得られてからレナートはツィリアに話しかけた。
「ダンさんがいなかったら獣人にきっと酷い目に遭わされていましたよ」
「獣人がここまで乗り込んできたら私、自殺するから」
「女王のいう台詞じゃないわね・・・。閣下がいなかったら領民全員不幸になっているだけだわ、この国」
ソフィアも呆れて言う。
「城下の被害でよくわかったよ」
獣人達は一切なんの交渉も試みずに襲って来た。
ナグレブが死んで撤退を始めた彼らは幾人か女性を攫って行ったが、追撃は困難だった。
「あの獣人より上の大精霊とか神獣はもっと強いと思うんです。今のうちに交渉した方がいいと思いますけど」
「奴らがこの地去るというのなら歓迎しよう。そのうえでバントシェンナ王の首も頂く」
「ニキアスさんの?」
「そうだ。奴が自分の土地だけで満足していればいいものをこちらに内応工作など仕掛けてきたからこちらも家臣を粛清しなければならなかった。本日の被害もそうだ。王であれば責任と取らねばなるまい?」
「彼も彼で領民を守る必要があって・・・」
「奴が守りたいのは領民ではなく半獣人になった次世代の領民だ。我々は人類を代表する者として半獣の王の存在など許しはしない」
レナートはああ、これが帝国人のスタンスなのだと理解した。
ヘリヤヴィーズを襲った帝国の副司令官のようなタイプだ。レナートはツィリアだけでなくダンとの交渉も徒労に終わると判断した。
「じゃあ、みんなそれぞれの立場で頑張って生きるしかないですね」
「そうだな。ロスパー君の健康も回復して話を聞いたら去るといい」
「はい」
◇◆◇
レナートとソフィアはダカリス地方西部の大地峡帯にいる亡者を偵察し、アルコフリバスは一度状況を伝えにシェンスクへ単独で向かった。
ひと段落ついてからレナートはロスパーの健康が回復しつつあると聞くとナルヴェッラの指輪をスリクに託した。
「スリク、これあげる」
「これって・・・」
神器を持たないスリクを心配してレナートは神器の指輪を押し付けるように渡した。
「いいのか?」
「ボクにはもうこういう神器は必要ない」
北方圏で信仰が拡大しているのか、レナートの力は日増しに高まってきている。
何故か東の方からも力を送られているのを感じるが、北からの力に比べると微々たるものなので何かの間違いだろうと思っている。
「姿を隠せるって指輪だろ?」
「うん。肉体を完全に霊体化出来る。ボクはもうその気になれば自分の体を好きに出来るし」
「でもお前だって持ってた方がいいんじゃないのか?」
レナートが強力な力を持っているのは理解してもいまいち頼りなく、心配なスリクだった。
「今は他の神様の神器の服も着てるし、ナルヴェッラの指輪はボクの力と反発しちゃうんだよ。だからもう要らない」
「そか、なら貰う」
レナートはスリクに指輪を嵌めてやり、発動の合言葉も教えてやった。
「今まで有難う、スリク。意地を張り続けてくれた事、凄く嬉しかった」
「いいって。どうせ自棄のスケベ心だって分かってたんだろ?」
「それでも。何度も続ければわかるよ」
最後にもう一度だけ口づけをかわす。
「酷い事言って御免ね。スリクはボクの為にドムンに怒ってくれたのに」
「ああ」
「ダンさん達のことはともかくロスパーのことお願いね」
「任せとけって」
ロスパーの健康が回復しても天馬で連れていく事は出来ない。
それに地獄門から来た人間をツィリアやダンは解放しない。
ここでスリクと一緒に暮らす事になる。
◇◆◇
ロスパーはナグレブが襲ってくるしばらく前から目は覚めていたが、まだまだ体が弱っていた為、医師が国王らの面会を許さず幼馴染のスリクにだけ世話することが許されていた。
カイラス山を貴族の兵士らに襲われた為か、精神も不安定でここの兵士や貴族に怯えていた。
ここがカイラス山から遠く離れた地で蛮族に攻められていると聞くと生きたまま食い殺されると叫び、夢の中でさえ恐怖に震え、スリクがずっと付き添っている。
一週間以上経ってようやく落ち着き、スリクに少しずつカイラス山で襲われた後の事を話し始めた。それをスリクが皆にまた話し、質問はもう少し安定してからということになった。
「で、ロスパーはどうしてたって?」
「あの門の向こうはやっぱり地獄だったって。そこでレンの神様に会って助けられた」
「ボクの神様?」
自分にとって守護神みたいな神様なんていたっけ?とレナートは首を傾げた。
「ダナランシュヴァラ、お前の神様だろ?」
下書きから推敲している間にPCが二回落ちてしまい、大分悪化してきました。
いつ更新が止まってしまうやら…
買い替えるにはちょっと時期が半端なのでもうしばらく持って欲しいです。




