第32話 フィンドル城の戦い
ドゥンのナグレブは人虎族や人狼族などを率いてダークアリス公の居城、フィンドル城を強襲した。付近の都市はほとんど素通りしてきた。彼らの強行軍が成功したのも足の遅い余計な獣人を連れていなかったこと、そして食料は現地調達したことだ。
彼らに大軍を養う水も食料も必要ない。
道中の人間や家畜を喰らうだけ。
普通の獣人の群れであれば、餌が転がっている人間の村や都市で足が止まる。
発情期なら雌を襲う。
だが、今は強力な統率者に率いられており、足を止める事は許されない。
彼らは降伏勧告などしない。
フィンドル城の城下町が近づくとナグレブが吠え、各部族は分散して包囲にかかる。
城壁上から砲撃が飛んでくるが、着弾前に散っていて砲撃は当たらない。
砲兵たちは急いで角度を調整し大砲を旋回させようとしているが、獣人の脚はそれより速く、第二撃を放つ前に城壁に辿り着いた。
岩の塊のような魔獣トリンペトスがアルマジロのように丸まって突撃し城壁に穴を開けた。
獣人達はそこから雪崩を打って城下町に入っていく。
石竜テイルラレックは大通りでバリケードを組んでいた騎士、兵士を薙ぎ倒す。
ナグレブは事前にここの偵察を済ませていたシェンスクの獣人達から情報を聞き、近隣都市の闘技場から大型魔獣たちを解放して部下に加えて連れてきた。
城壁上の銃兵や弓兵などからの攻撃で獣人が多少撃ち殺されているが、首の長い魔獣が橋になって小型の魔獣はそれを伝って兵士らを襲い始めるとすぐに沈黙した。
攻城塔などなくとも獣人達は城壁の攻略を成功させてしまう。
市内では住民が必死の抵抗で槍衾を作って突撃し、健闘を見せるが魔獣にはまったく歯が立たない。
「よぉし、いいじゃないか」
ナグレブは空から戦場を俯瞰し、攻略が順調に進んでいる事を確認した。
要塞都市であろうと一度城壁を突破された後は蹂躙されるだけ。
長時間の飛行に向いた体ではないので、大聖堂の屋上に着地しまた号令を出す。
「城へ向かえ!」
族長らは獣の習性で上位者に喜んでもらおうと健気に荒野の強行軍についてきた。
彼らの手柄を奪う事もあるまいと落城まで任せる事にした。
ここの貴族の多くが粛清された影響でこの地域には地元の魔獣がのさばっており、それも部下に加えられたので本城の攻略も容易いだろう。
城までの道は迷路のように入り組んでいるが、魔獣はそれを全て破壊して一直線に進むことが出来る。
◇◆◇
城の攻略を任せている間、ナグレブは城下町で雌を襲って楽しんでいた。
人間が献上してくるよく熟成された肉、手の込んだ料理も悪くないがやはり狩りはいい。
生暖かい血を飲み込む時のとろりとした喉越しはやはり新鮮なものの方がいい。自分達を長年知性の無い獣だと蔑んでいた人間が恐怖に震える姿が笑えて仕方がない。
必死に逃げ、見失ったと思い安堵した瞬間に脅かしてやる。
希望が恐怖に変わる瞬間がたまらない。
狩りの練習で虫や鼠の命を弄ぶ子猫のようにナグレブ達は殺戮を楽しんでいた。
どこかで貴族の血を飲んだのか狂化して敵味方構わず暴れている若者を笑いながら抑え込む。
帝国の皇国の大半を滅ぼし、大都市攻略の醍醐味が無くなって久しく、連れてきた直属の部下達は皆、興奮していた。
城下町での組織的な抵抗がほぼ終わり、掃討戦に入ってからナグレブは本城へと向かった。
「何だぁ、お前ら?」
大型魔獣たちは巨大な剣で真っ二つに切られており、獣人達はその剣を振るう巨人に群がっているが振りほどかれ、踏みつぶされほとんどダメージを与えられていない。
巨人は見慣れない鎧を着ていて、関節部にみえる『肌』は生物ではなく何かの鉱物のようだった。
見知った顔の獣人が助けを求めるような表情でこちらを向き、その頭を掴まれてぐしゃっと潰される。
本城への通路の脇道から血まみれの巨人の兵士が何体も出て来ていた。
魔術を使える者が動きを止めようと必死に魔術をぶつけるが鎧に弾かれてまったく通じていない。
「ちっ、下がってろ。お前らは回り込め」
獣人達であれば正面突撃をしなくても裏へ回り込んで崖を登って城内に侵入出来る。
部下を迂回させてナグレブは自ら巨人と戦った。
彼は毛の一本一本に魔力を通して強固な鎧として、銃弾や魔剣の一撃も防ぐことが出来る。
巨体だが柔軟な筋肉と羽を使えば身軽に空高く飛ぶことも出来る。
とはいえ彼でも魔導騎士の武具は危険なので警戒する必要はある。
「ただの剣じゃねえなあ」
魔獣を斬る事が出来たのはただの質量と力だけではない。
これほど巨大で大量の魔剣や魔力の通う鎧をこんな辺境国家が大量に用意できるとは信じがたいが、ナグレブは警戒しながら巨人と戦った。
速度ではナグレブが上、力では巨人が上だが、柔軟性や戦闘経験ではナグレブの方が遥かに上だった。直線的な動きしかしない巨人を引きずり倒し、鎧を剥いで『肌』に爪を立てる。
「かてえ!」
魔力を込めればどうにか肌を削げるが、血が出ない。
内臓があるのかどうかも疑わしい。
「石人形の類か」
帝国人が得意とする魔術だが、単純作業しか出来ない筈。
決まり切った作業しか出来ないので、状況に合わせなければならない戦闘ではたいした戦力にはならない。
「普通じゃねえなあ・・・しかし意志の無い人形じゃあつまらねえ」
石人形であれば命令を記憶する魔石が体内に埋め込まれている。
もしくは近くに術師がいるか。
だが、近くに人間が隠れている気配もない。
「一体だけならともかくなあ」
一体だけならそのうちバラバラに出来るが、視界範囲にはざっと7体いる。
他にもいるかもしれない。
「王を直接ぶっ殺すか」
ナグレブは人形に構うのを止めた。
知性の低い魔獣、獣人達の場合、自分の力で倒す事に拘るが彼のような上位種はそのプライドより優先順位を付けた行動をする事が出来る。
大きく飛んで彼も城内に入ってしまおうとしたのだが、空中で先に突入していた獣人達が中型の人形達と戦っており苦戦しているのが見て取れた。
「まだいるのかよ」
それも数十体。
これはちょっと不味いかなと本能で察した彼は一時撤退を考えた。
しかしシェンスクに戻ると皆逃げ帰ったと思うだろう。
それは屈辱だ。
獣の本能と屈辱を恥じる思考がせめぎ合う。
一頭の獣としてではなく、指揮官としてのプライドが災いして思考が長くなる。
成果なく戻ればマヤや他の種族たちの笑いの種になる。
ひいては大精霊ドルガスの権威も貶められてしまう。
彼の嫌う人間のように知性が高く、社会構造が発展してしまったが故に出てくる弱みだ。
その僅かな間の浮遊時間に、下の巨人たちはめいめいに武器を構えた。
ナグレブは先ほどまでの戦いで巨人たちに力はあっても戦闘技術は無く、脅威ではないと考えてしまっていた。
巨人達は剣や槍といった武器を持っており、ナグレブが気づいた時にはそれを投擲され、羽を羽ばたかせ回避する前に彼の体を貫いた。
キリのよいところでお休みする予定です




