第31話 魔術師アルコフリバス
使い魔と囚人の会話に驚いたのはこの城の主人と宮廷魔術師達だった。
「待て待て待て、アルコフリバス?本物か?」
「知っているのお兄様?」
妹の為にダンは説明してやった。
「ああ。スパーニア王ティラーノの宮廷魔術師で40年以上前の戦いで死んだ筈だ」
”若いのに詳しいな”
「幼い頃読んだ物語に出てくる使い魔が欲しくて父上にねだった事がある。しかし、この世にはもう存在しないと言われた。使い魔を調教出来たのは現代ではアルコフリバスだけ。そして彼は戦死したと」
”確かに肉体は滅んだ”
「どうやって生きていた?」
”肉体の死を迎えた時、使い魔に意識を移した”
「では今、別の体から喋っているわけではないのか?」
”この使い魔が本体だ”
「不老不死を実現したのか・・・」
”己で蛇や鼠を狩らねばならないがね。活動的になったおかげで精神も若返ったようだ”
アルコフリバスの自己紹介が終わり、話をブラヴァッキー伯爵夫人に戻す。
”さて、私から質問してもいいかね”
「お好きにどうぞ」
レナート達が聞きたい内容はだいたいダンが済ませているのでアルコフリバスに譲った。
”君が市民革命や西方人に好意的だったのは知っている。君の師はメルセデス・ガウディベール・キティ・ダルムント、そうだね?」
「ええ」
”神の血を引く力を持った貴族だけを殺し、市民革命を成功させようとした?”
「ええ、その通り」
”他に協力者は?”
「もういない。同志は全員死にました」
良心の呵責はないのか、などと無駄な質問はアルコフリバスはしなかった。
”メルセデスは死霊魔術師シャフナザロフと通じていた。革命以外に何か目的は聞いていなかったかね?”
「知りません」
”シャフナザロフは神々を呪い、唯一信教に走っていたようだ。メルセデスが何かその件について話したことは?”
「ありません」
”君は今もメルセデスの支配下にある?”
「師の理想と共に生きています」
淡々と答えるブラヴァッキー伯爵夫人だが、少しずつ呼吸が速くなり胸が上下する。
”メルセデスが私の夢に入って知識を盗んだことは?”
「聞いていません」
”もう一度聞く、メルセデスは今も君を操っている?”
「師は亡くなりました」
”メルセデスが私のように己の肉体の代わりを用意している可能性は?”
「可能性だけなら無限に」
ブラヴァッキー伯爵夫人の息は荒くなり、苦しそうに答えた。
”重ねて聞く、メルセデスは代わりの肉体を通じて今も夢の中で君を支配しているね?”
「違う、わた・・・し・・・を」
そこまで喋ったところでブラヴァッキー伯爵夫人の息が止まる。
かっ、かっ、と息を吐こうとしても何も出てこない。
異常を察した周囲の人間が近づくも成すすべがない。
「拘束が厳しくて呼吸が出来ないんじゃ?」
「いや、駄目だ。これが魔女の手段かもしれん」
拘束を緩めようとするレナートをダンが止めた。
「でも、これじゃ死んじゃう」
”そうだ。誰か人工呼吸をしてやるんだ”
アルコフリバスの指示でレナートがひゅう、ひゅう、と息を吹き込んだがブラヴァッキー伯爵夫人の呼吸は回復せず、じたばたもがき、そのまま亡くなった。
◇◆◇
「なんてことだ。史上最悪の魔女が生きているだと?」
”私がこうして君らと話をしている以上、可能性はあるな”
「予想される被害は?」
”さて・・・無防備な夢に入り込んで知識を奪い、記憶を操ったり、何か行動の示唆を行うというが真の力は不明だな”
「目的は?人類の殲滅とでも?」
”さあ。人前でわざわざ焼身自殺を遂げたと聞くが、当時の官憲の追及を避ける為だったのかもしれん。ずっと家族に幽閉されていたらしいが、たいした目的もなく人類絶滅を企むような人間ではなさそうだ”
「しかし、当面の問題として亡者の知識を得られた人間を失ったのは困るな」
「なら、協力しましょうよ」
レナートはブラヴァッキー伯爵夫人からの知識こそがダンとツィリアの自信だと思って再度協力を促した。
「駄目だ。蛮族とは手を組まない。しかし、君らが亡者の知識と対策を持ち込むのは歓迎しよう」
ダンとツィリアの方針は変わらず、今回の件でツィリアはますます人間不信になり、以降魔力を通さないエゼキエル鋼で囲まれた部屋で過ごすようになった。




