第30話 地獄門
眉間に槍を受けたエクニアは呼吸を止め、また石化してしまった。
それと共に堰き止められていた溶岩が流れ始めて地下空洞からどこかへと渦を巻いて落ちていく。
熱気でしばらく目も開けられない状態だったが、蒸気が落ち着いてくると地獄門が開き始め大騒ぎとなった。
「あれ、開いていい門なのか?」
「亡霊がたくさん出てきそうだな」
スリクやダンが不安がるのでレナートが霊視してみたが、亡者の姿はない。エクニアは石化しているが、巨大な魔石のように強く光り輝いている。
エラムほど弱り過ぎてはいない。スリクの一投は効果的に働いている。
亡者にどういう思考能力があるかわからないが、精霊ならまずここには近づかない。
「とりあえず大丈夫そう・・・あれ?」
門の奥からは弱々しいがひとつのマナスが近づいてくるのが見えた。
「どうかしたか?」
「誰か来る」
ダンが兵士達に警戒させ、注目していると地獄門から一人の女性が現れた。
「ロスパー!」
地獄門から現れたのはカイラス山で行方不明になっていたロスパーだった。
一緒にいた筈のヴェスパーの姿はない。
開いた地獄門からふらふらと現れたロスパーは、目の前で凄まじい勢いで溶岩が流れていくのをみるとそこで足が止まってしまった。
レナートは急いで女神の力を呼び起こし、空中のマナを蹴って対岸まで飛んでいく。
ロスパーを抱え、開いた地獄門を無理やり押し戻して凍らせてからスリク達のところまで戻った。
「知り合いかね?」
「ええ。気を失っています。お医者さんをお願いできますか?」
「ああ、いいとも。ところであの門は?」
ダンは部下にロスパーと医師の手配を任せてくれた。
「カイラス山で消えたロスパーがここから出てきたってことは道が繋がってるんでしょうね」
「向こうは本当に地獄なのだろうか」
「ロスパーが目を覚ましたら聞いてみましょう」
「ところで君のその姿は?」
肌が白というより青白く変化して、マントの裾から女性らしい肢体が覗いているのでダンはどういうことかと問うた。
「氷神グラキエースがボクの体に降りるとこうなっちゃうんです」
「地獄門は本来大神の力で封じた門だというが、君の力で大丈夫か?」
「さあ・・・周囲が周囲なのでどうでしょう」
溶岩だらけのこの地下空洞でグラキエースの力が通じるかどうかはレナートにも疑問だった。
「一応物理的な封鎖を強化しよう」
ダンはひとまず橋を架け、工事を始めるよう部下に指示した。
◇◆◇
ロスパーは極度の栄養失調であり衰弱している為、話せるようになるまで数日は間をおくよう医師に求められた。
スリクはともかくレナートとソフィアは獣人の意志と状況は伝え終わったのでこれ以上、ダカリス地方に用は無かったのだが、ロスパーが回復してこれまで何があったのか聞けるまではここに残る事にした。
「ツィリア様、このような異常事態、やはり皆で手を組んで対策を練るべきと思うのですが」
ソフィアは改めて説得してみた。
「必要ない。地下は全部埋めてしまえばいい」
「妹よ、それはさすがに危険だ。地下の圧力が高まって爆発でもしたら我々も死んでしまう」
「じゃあ、ダイソンやブラヴァッキー伯爵夫人を呼んで考えさせて」
「仕方ないな。彼らに対処できる範囲だといいんだが」
ダイソンというのはツィリアの顧問である宮廷魔術師である。
ブラヴァッキー伯爵夫人についてはレナートにとっては旧知の人間で、ここで聞くとは思ってもみなかった。
「え、ここにいるんですか?牢に?」
レナートの驚きの共鳴するように天馬達についてきた鷹がソフィアの肩で小さく鳴く。
「ソフィアさん、その鷹、ラウルさんのですよね」
「ええ、スパーニアの使い魔だっていうけどどうかした?」
「使い魔?」
「スリク君が持っていたっていう神鷹みたいな働きをしてくれる生き物。そのご夫人は警戒した方がいいみたい」
「心配ない、エゼキエル鋼の鎖でがんじがらめにしてある」
しばらくして連れてこられたブラヴァッキー伯爵夫人は老婆に対する拘束としては過剰なくらいだった。彼女は車輪がついたベッドに縛り付けられたまま運ばれてきた。
「ひ、酷すぎませんか?」
小さい頃、優しくされた覚えのあるお婆ちゃんだったのでレナートはその扱いに抗議した。
「この女は皇都に死霊魔術の素材を持ち込んだ女でな。しかも精神を操るらしく関わった人間が悉くおかしな行動を取っている。予想外の暴走をしたとかなんとか言っていたが、この魔女が元凶といっていい」
「暴走?」
「説明してやれ」
ダンはブラヴァッキー伯爵夫人の猿轡を取らせ、ダイソンら宮廷魔術師に監視させつつ説明させた。
「・・・対象は強力な魔力を持つ貴族だけの筈でした」
「マナを喰らう蟲、それが平民にも感染した挙句、潜伏期間も長く、容易に発見できないよう品種改良を加えた。そうだな?」
「はい」
目隠しをされた状態でブラヴァッキー伯爵夫人は何度も尋問されて同じことを答えてきた。
ダンの問いに淀みなく返答していく。
「始末する手段は?」
「一般的な亡者と同じですが、肉体の奥に隠れて水分を外側に集めて猛火にも抵抗します。骨の髄まで焼き尽くさねば、肉体を修復して起き上がらせます」
寄生虫は骨髄にまで逃げ込む為、通常の火葬ではなかなか殺しきれない。
「火力不足では駄目か。人体を離れるとどうなる?」
「生体に寄生する為、離れるといずれ力を失って死にます」
「凍らせた場合は?」
「活動を停止しますが、暖かくなればまた動き出します」
「苦手なものは?」
「聖なる木、水、そして雷気」
「雷気?」
「あらゆる属性の魔術を試しましたが先ほど述べたように火にも耐性をつけて対抗策を持つようになりました。ですが雷気であれば体の奥に隠れた蟲も灼くことができます」
「他には」
「太陽神の神術が効くようです」
「ようです?」
「使い手がおらず検証不足です」
ダンの質問はこれで終わった。
「エクニアを封じてくれた礼だ。レナート君。ソフィア殿。他に質問したいことがあればどうぞ」
「あ、ありがとうございます。でもこんな扱いって・・・」
「魔術を極めた者に対しては本来高位の貴族用の幽閉先にでも押し込めておかないと危険なのだよ。我が妹は足を運ぶのを面倒がるのでね、こうなった」
”彼の言う通り。霊体ごと縛らなくては危険だ”
その声はソフィアの肩に止まる鷹から聞こえてきた。
「えっ?」
皆が一斉にソフィアを見やる。
「いま喋った?」
「私じゃないわよ」
ソフィアが慌てて手を振る。
「わかってます」
鷹が高い声で鳴いたと思ったら人間の声で上書きされたように聞こえた。
「ラウルさんって魔導騎士ですよね。誰の使い魔なんですか?」
「私は聞いてない」
「つか喋れるのかよ。俺の神器よりすげえ」
スリクの神鷹は訓練して視覚や聴覚は共有出来るようになったが、喋らせることは出来なかった。
「何者だ?」
ダンの問いに答えたのは鷹ではなくブラヴァッキー伯爵夫人だった。
「彼の名はアルコフリバス。スパーニア王ティラーノの教育役。帝国魔術評議会評議員・・・最後の使い魔の作り手」
”久しぶりだな、ブラヴァッキー伯爵夫人。まさか君がそんな惨めな姿になっているとは”
「お互い様ね」
※アルコフリバス
ガルガンチュア物語の作者「François Rabelais」のアナグラム
まだしばらく休みがちになります。




