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天に二日無し  作者: OWL
第一章 地に二王無し ~後編~
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第28話 逃避行と竜退治

 スリクを天馬に乗せたレナートはしばらく無言で飛行を続けていた。

二人乗せるのを嫌がった天馬が最初は暴れたがレナートが強引に抑え込み、今は落ち着いている。


沈黙に耐えきれなくなったスリクがぽつりと呟く。


「何処へ行くんだよ」

「ダカリス。この近くだとニキアスさんの追手が来るから」

「そこでどうするんだ?」

「後でソフィアさんが来るかもしれないけど一応マヤの条件を伝えておく」


獣人は四年間でかなり繁殖し、下界・・・東海岸からもフォーン地方に上がってきた獣人も増えた。これまでは勢力を保っていたダカリス地方の貴族達も今後はそうはいかないだろう。

出来れば休戦に同意して貰いたい。


「俺は?」

「・・・ボクが知るもんか。自分で決めてよ」


レナートは突き放した。

スリクが処刑されるのは見たくなかったが、ドムンを殺した事は許していない。


「お前はあの王様が憎くないのか?」

「スリクは馬鹿なの?今そんなこと言ってる場合?お爺ちゃんがあんな姿で戻ってきたのに」

「『あんな姿』っても普通の人と何か違うのか?自分の意思で考えて行動してるじゃないか」


生命と魂の定義がどうしたこうしたとか、スリクにはどうでもよかった。

唯一の肉親が帰ってきて普通に食卓を囲めたのだ。それで十分だった。


「みせかけだよ」


レナートの目には人形が魂を持って動いているように見えた。

最初に見た時は亡者ではないのか、と疑いもした。


「俺にはわかんねえ。皆損得勘定だの、大義だの利益だので考え過ぎじゃないのか?許せない奴は許せない。それでいいだろ」

「・・・・・・そうかもね」


 ◇◆◇


 しばらく飛行していると彼らのすぐ隣をラウルの鷹も並行して飛び始めた。

追いついてきたソフィアも加わり天馬の群れが編隊飛行を始め、下に降りるようサインで示された。周囲に生物がいないことを確認して広大な塩湖の中心に降り、ソフィアから話があった。


「駄目だっていわれたのに」


ソフィアの叱責にレナートとスリクは言葉もない。


「ドムン君を仲間に引き込むどころか殺しちゃうなんて馬鹿な事を」

「あいつが何もかも知っててあのクソ野郎に仕えているなんて思わなかった」


裏切ったのはアイツだ、とスリクは思う。


「痴話喧嘩にしてもレンちゃんに酷い事いってたしね。で、今後の事は考えているの?」

「大公領の中じゃダカリスが一番近いからそこにスリクを降ろせば追手はかからないと思う」

「一番休戦成立の可能性が低いしね。最初はそこから終わらせますか」


休戦条件としてニキアスが犯罪者としてスリクの引き渡しを要求してくる可能性があり、揉める原因となってしまう。もともと休戦が成立するとは考えていないツィリアの手元にあれば利用されないと踏んだ。


 ◇◆◇


 北へ数日飛行すると、上空からは遥か北の彼方に噴煙を上げる霊峰ツェーナ山が見えてきた。元フォーンコルヌ皇国を囲む環状山脈沿いの山々のあちこちも同じように噴煙を上げている。


「まだ火山が落ち着いてないところもあったんだね」


そして直下の大地峡帯の谷底には亡者が蠢いていた。


「昼間なのに普通に動いてるな・・・」


亡者達は夜に最も活動的になる。

従来はそれが常識だったのだが、今は違う。

噴火で空に噴煙がかかっているせいか、亡者達が日光を恐れていない。


谷には魔術で臨時の橋がかかっており、獣人の群れがそこを渡ってダカリス領に雪崩れ込んでいく最中だった。


「大地峡帯を越えたよ。スリク、もう一人でいいよね」

「まだこの辺は戦争中みたいだし、俺もダカリス女王の所へ連れてってくれ」

「・・・・・・ボクは休戦の話を伝えにいくんだよ。スリクはバントシェンナ王と戦う為だよね。まだ殺したりない?」

「俺だって本気でドムンを殺す気は無かった。でもあの野郎を庇って立ちふさがれちまったんだからしょうがないだろ・・・」


昔、オルスに相談して教わった通りに体が動いた。

怯えて見せたのはフェイントだったが、好機を逃すな、躊躇うなという教えが体に染みついていた。


「『しょうがない』じゃ済まないよ」

「ごめん・・・」


スリクはレナートにオルスが教えてくれたフェイントの結果だとはいえなかった。


「もういい。ツィリア様が覚えてくれてるかわからないけどお城まで連れてく」

「ああ」


 ◇◆◇


「獣人と魔獣の群れだ」


飛行を続けるとさらに奥地まで数百匹がダカリス地方に侵入していた。

彼らがこんな大群を形成するのはかなり珍しい。

先頭の大型の虎がレナート達に視線をやった。


「う、こわ。逃げよう」


その虎には翼があり、天馬ほどの速度は出せないと思われるが威嚇の咆哮を聞いたレナートは偵察を止めて急いで逃げた。ダークアリス大公の城はソフィアが知っているので迷わずに進む。


 物見の塔の見張りは一度は銃を向けたが、天馬を確認すると手を振って着地を促した。


「よく来てくれた。帝都はどうなってるんだ!?」

「え、帝都?」


見張りは帝国政府の特使だと勘違いしていた。

天馬でやってくるのは基本皇帝の特使だし、レナートの服装は王に謁見する為、北方候の衣装のまま。ヴェニメロメス城を出発してから何日も経っているが水の女神の神器はまったく汚れておらず、明らかに貴人の風がある。

何度か特使としてきた事もあるソフィアも一緒なので勘違いを訂正するのには骨が折れた。


 その見張りに帝都の大精霊に会った事、亡者の大群がフォーンコルヌ皇国以外でも猛威を振るっている事、そして獣人の姫が休戦を求めていること、ついでに先日こちらに向かう獣人の軍団を見たことを告げた。


「休戦したいのか、襲撃に来たのかどっちなんですか?」


休戦の打診と同時に襲撃部隊が侵入してくれば誰でも疑問に思う。


「休戦を受けるのであればマヤは組織的な攻撃はせず、交渉期間中大地峡帯から先への侵入はせず引き揚げさせるといっています。ひとまず交渉だけでも受けて急がないとこの城まで到達されますよ」


時間稼ぎの為だけでもひとまず受けたらどうかとソフィアは提案するつもりだ。

見張りにもその旨を伝えた。


レナートも口添えし胡乱気な顔をしている見張りに交渉相手の事を教えてやる。


「獣人ってひとくくりにしない方がいいと思いますよ。大精霊のヘルミア様は帝国人の生き死にに無関心ですが休戦を提案しているお孫さんは吸血蝙蝠の半獣人だから服従さえしてくれれば無駄な殺しはしたくないと思っている子です。大精霊ドルガスの系列は普通に捕食型の獣人さんだから、襲われると酷いことになると思います」


羽の生えた巨大な虎を見かけたし、今領内に侵入してきているのは後者の方だろうと告げた。


「天馬だから私達の方が早く着いたけれど、ここへ一直線に向かってますよ」

「ツィリアさんの家臣にも魔術師はいるだろうから何かしらの手段で知ってるかもしれないけど、速く伝えた方がいいんじゃないかな?取り次いでもらえないならボクはもう行きますね」

「連絡自体はしている。細かい話は隊長と頼む」


どちらにせよ異常の報告はしなければならないので、見張りの兵士達が聞き取りをしている間にも裏で報告は行われていた。


 ◇◆◇


 ツィリアとの面会は深夜になってようやく調整された。

ツィリアは以前に会った時よりさらに目の隈が大きくなっていた。すっかり大人の女性になっているが、黒いドレスに赤い飾りのついた衣装はやや少女趣味のままだった。

相変わらず青白く病的だったが、レナートの事は覚えてくれていた。


「私にだけ求婚してくれなかった子よね?」

「えぇと・・・そうでしたっけ」


パーシアに求婚した時、近くにいたのだがツィリアは無視されたのでヘソを曲げ、女子寮時代もほとんど絡んだことは無かった。


「・・・で、何の用かしら。今度こそ私と結婚する?」

「え、ええ?」

「イヤ?」

「ツィリア様はまだ結婚してなかったんですか?」


同世代だったエンマやグランディ、パーシアらは皆とっくに結婚している。


「嫁き遅れっていいたいのね。ええ、そうよ。その通りよ。私なんかに求婚するような男なんていないもの。・・・だからこの際、平民でもいい」

「えええ!?」


ツィリアの言葉にレナートはたじたじだった。


「困っているじゃないか。冗談はそのへんで止めておきなさい。ツィリア」

「はい、お兄様」


昔の恨みを晴らし終わったツィリアは「さぁ、用件をどうぞ」と促した。

ふざけていたらしいとようやくレナートは気付き、気を取り直して用件を伝えた。


「えとですね。獣人さんには休戦を求める人達もいますので、できれば受けて亡者と災害対策に専念して欲しいんです」

「イヤ」


レナートの依頼はにべもなく拒絶された。


「ええと・・・何故です?」

「何故って・・・何故?」


ツィリアは小首を傾げて尋ねて来た。

そのままだと会話にならないので側に控えている兄のダンが口を挟む。


「うむ。妹は君ら・・・特に獣人もバントシェンナ王も信用に値しないと判断している」

「お兄様の言う通り」

「でもこのままだと人類も獣人さんも全滅してしまいますよ」

「私達は大丈夫」


この四年で初めて天馬が来たと思えばそんな話か、とツィリアは退屈そうにあくびをして兄に窘められる。眠そうな妹に代わってダンが会話を引き継いだ。


「我々は昨年の企みも頓挫させた。亡者も獣人も我々には勝てないさ」

「何か対抗策があるんですか?」

「話を聞いていると君は蛮族に融和的なようだ。教えてやることはできない」


当然の判断だった。

そこでスリクは仕官を申し出た。


「俺は違う。バントシェンナ王と戦うなら俺も兵士として戦います。女王陛下の家臣に加えてください」

「・・・キミに何が出来るの?」


オルスに鍛えられて多少腕は立つといってもスリク程度の人間はいくらでもいる。

ツィリアはスリクから何の魔力も感じなかったし、わざわざ配下に加える必要を感じなかった。ありていにいえばバントシェンナ王のスパイではないかと疑っている。


「俺は・・・ええと俺は・・・」


スリクはなんとか売り込める材料を探そうとして口ごもった。


「俺は・・・俺は・・・竜が、竜が倒せます!」


スリクは竜を封印する吸魂槍の使い方を知っている。それくらいしか特殊能力はない。

しかし竜は神代に全滅しているとされてきたので普通は何の役にも立たない。

だが・・・


「じゃ、倒してみせて」

「え?いるんですか?竜」


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2022/2/1
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