第27話 死霊魔術師マミカ
呼び出しをかけた魔術師達が集まるのには時間がかかり、謁見の間での会合は解散し、その後一部要人だけを集めた会議が開催された。
「陛下、いったい何の御用でしょうか」
そこへやってきた老魔女マミカは東海岸からの難民ではなく皇都フラリンガムの脱出者だった。家臣を増やそうとニキアスは広く有能な人物を受け入れていた為、彼女もヴェニメロメス城で仕官出来た。将来やってくるかもしれない亡者対策を検討させていた他の死霊魔術師にその知識を買われて徐々に頭角を現してきていたが、多忙なニキアスは差し迫った脅威ではなかった亡者の件は家臣に任せてきた。
「俺も詳しい事は知らん。マヤ殿。これでお探しの人物は全員集まりましたでしょうか?」
「ふむ・・・ラウル」
「大分老いているが間違いない。スパーニアに仕えていた魔術師マミカだ」
マミカは眼鏡を直して鷹の騎士の顔を見つめるとその表情に驚愕が広がる。
「ラウル・・・?ティラーノ様の騎士の?」
「そうだ。お前がシャフナザロフが残した実験体や資料から死霊魔術の研究を引継ぎ、今回の騒ぎを起こしたのだということは分かっている」
「なんだと!?」
ニキアスはそんな報告は受けていない。
そんな危険な疫病神だと知っていれば亡者対策は講じさせても見張りを厳重につけている。
「本当か、マミカ」
「誤解です。まったくの誤解です。酷い名誉棄損です」
「じゃがのう。実際フォーンコルヌ皇国に『アンチョクスの蟲』を持ち込んだタッチストーンが摂政ベラトールを通じて貴様に渡したと、貴様の研究支援者が暴露したのじゃ」
事情に詳しいヴィターシャの供述を得ていたマヤがマミカを追い込む。
「あ、ああ、それは確かに持ち込まれましたが誤解があります」
「聞こうか」
「研究者は私だけではありません。私は確かに死霊魔術の第一人者シャフナザロフの研究を引き継いだ者として評価され研究主任を任されました。ですが外国人の私にいつまでも任せたりはしません。ベラトールは皇家の魔術師と各大公家からも魔術師を集めて私の知識を奪い、研究を主導させました」
マミカは弁解するが多くの人は信用していない。胡乱な目で彼女を見つめた。
「証明出来るか?」
「私が身の危険を感じて早期に脱出したことを同郷のブラヴァッキー伯爵夫人が証明して下さいます。他の研究者達は亡者の暴走に巻き込まれた筈」
「ブラヴァッキー伯爵夫人は精神を操る事に長けた女だ。彼女に関わった人間の発言は信用できん」
ラウルはスパーニア出身で彼女達を良く知る者として警戒していた。
「詳細はおいおい聞かせて貰うとして、まず確認したいのはアイガイオンの件じゃ。どうやった?」
「アンチョクスの蟲というのは人体を破壊する機能と再生する機能を備えています。神人である彼が死ぬに死ねない由縁です。品種改良で再生力だけを持つ蟲を選り分けました。これも行き過ぎると破壊と同じ状態になりかねないので調整が厄介なのですが・・・・・・」
アイガイオンは再生能力だけを持つ蟲で肉体だけを修復した実験体だという。
頭脳も再生されて自由意志を持つかどうかは不明だった。
「うんちくはいい。亡者は止める手段は?」
「王のご命令により研究中です」
「アテはあるのか?」
「再生蟲を捕食する寄生生物を亡者に解き放つのを検討していますが、アンチョクスの蟲の感染速度を上回る必要があり、私達研究者でも議論している所です」
説明はさせたがそれが妥当なものなのかどうかはマヤ達にもすぐに判断出来なかった。
「さらに感染能力の高い生物を作る、というのはちと恐ろしいのう」
「現実的な手段では砕く、燃やすしかありませんよ」
「他に安全な策はないのか?」
「蟲が嫌うような植物のエキスはありますが、大量生産は難しいかと」
「エイラシルヴァ天の屋敷にあったような奴か・・・。森の女神に強引に聖なる木で世界を満たして貰うしかないかのう・・・。あやつなら喜んでやりそうじゃが」
基本的に獣人達は争い合う神々を嫌った神獣に従って遥か遠い昔、神代にこの地を去ったので神々に頼るという手段は取らないが、マヤは人類社会で育った為、少し柔軟だった。
「ううむ。シュランナ、ラターニャ。お主らはどう思う?」
「帝国の半分が亡者に汚染された状況では危険な策に走るのも致し方ないかと」
「私は反対です。人類に制御できるとは思えません」
「では何か代案はあるか?」
「時間はかかっても亡者は一つ一つ祓い、霊を弔う事です」
ラターニャは巫女らしく亡くなった霊に真摯に尽くそうとしているがマヤには現実的には思えない。億単位に膨れ上がっているかもしれない亡者を弔うのに何千年かかることやら。
「マミカの研究の進展はどうなのじゃ?安全性を確認し、確度を上げねばならぬ」
「それについてですが、ケイナン君の研究が有望です。なので出来れば捕えて資料を押収して欲しいと頼んだのですが」
ニキアスはカイラス山襲撃工作を任せていたメドンを呼んだ。
「マミカに依頼されたケイナンとやらの件は?」
「は・・・それが」
獣人の姫とニキアスに詰問されたメドンは次の言葉を告げるのが恐ろしく、言い淀んだ。
「どうした」
「それが・・・正体を知られた為、その場で殺害しました」
「何をやっているか!」
「は・・・誠に申し訳ありません。平民の己惚れた学者でそこまで重要な人物とは思っておらず・・・」
「まあ、せっかく近くに住んでいるのだからいないよりはいてくれた方がいいというニュアンスで告げてしまった私も問題はありますが、早計でしたね」
「私もあの時は脅すだけで連れ帰るつもりだったのです。しかし、あの時はシーラもセラも同意してこれでよいと」
カイラス山襲撃工作には獣人達の協力もあった。
上位者である彼女らも監督していたので、メドンとしては問題ないと思った。
「彼女らにも話を聞くか」
拘束して地下牢に放り込んでおいたので引きずりだすよう命じたが、彼女達は既に死んでいた。そしてヴェニメロメス城の門番の一人が姿を消している。
「ぬう、ヴィターシャを利用した連中がまだ暗躍しているのか。奴しかおるまいが・・・やはり生きているか」
シャフナザロフはティラーノに組織を奪われたとはいえ、はぐれ者の獣人に多くの信奉者を持っていた。知性を残した亡者の研究もしていた男に対して『まだ生きている』という表現が正しいのかどうかはともかく、マヤはその暗躍を確信した。




