第26話 吹雪の後
レナート達が去ると、視界を妨げる吹雪も去り、皆も動けるようになった。
ニキアスは去り行く天馬を見やり、見張りの弓兵らに撃ち落とせと命令をだした。
天馬は重量オーバーなのかバタバタとしていてまだ射程範囲内だ。
「待て」
矢を番える弓兵らにマヤが制止をかける。
「マヤ殿。処分はこちらに任せて頂けるはず」
「ならん。あれに手を出すな」
マヤが止めている間にどうにかレナート達は射程外に逃れ、そのまま北へと去って行った。
「ソフィア、追ってくれ。後の順序は任せる」
「はい」
レナート達をソフィアが追って飛んでいく。
ラウルの鷹も天馬の群れについていった。
支配者とはいえ、自分の城で勝手に決められる事にニキアスはさすがに不満げな表情をした。
「マヤ殿、彼らは我が甥を目の前で殺害したのですよ」
「痴話喧嘩みたいなもんじゃろ。儂はカイラス族やレンに手を借りる必要がある」
「彼らにもう力はありませんよ」
王である自分より何故カイラス族を重んじるのかニキアスは説明を求めた。
「そうでもない。ラターニャは彼らに恩義があるし、儂はレンを敵に回したくない」
「ふむ。そちらの方々の紹介もして頂きたいところですがレナートがそれほど恐れるものですか?特異な力があるというのはわかりますが」
「儂は可愛い娘が好きなのでな。それよりレベッカ、兵士達をみてやってくれ」
スリクに襲いかかろうとしていた兵士達は凍傷が酷い。
「あー、こりゃ斬り落とさないと駄目かもな」
体の奥がどれほど被害を受けたか、レベッカでももう少し詳しく診る必要があった。
同伴してきた医者だと説明されたニキアスはそのまま任せる事にした。
「客人に済まないがこの城の医者達と一緒に手当してやってくれ」
「ああ」
震えたまま身動き出来ない兵士達をそっと担架に乗せて送り出した。
◇◆◇
いったん落ち着きを取り戻した謁見の間でニキアスとマヤは睨み合い対峙した。
「さて、マヤ殿。私も王を殺害しようとし、騎士を殺し、兵士達を傷つけた者をそのままには出来ません」
「スリクという小僧は構わんが、レンは止めておけ」
「何故です?」
「お前達では敵わんし。あれに全力を出して欲しくない」
「こちらの持つ神器の中には神々ですら捕縛したという縄、拘束した鎖もあります」
「神器はこちらで取り上げる、と言った筈」
立場の弱いニキアスと見下ろすマヤはしばし視線をぶつけて相手の思惑を図った。
「言っておくが儂らにはリグリア・イグナーツ・マリアから奪ったもの、帝都の宝物庫に有ったものなど大量の神器がある。駆け引きを試みたいならやってもよいが、長引けば長引くほどこちらの不信を買うぞ」
内心では舌打ちしつつ、ニキアスは屈服するしかない。
「全面的に仰せに従います。ですが、もし我々が力を失った事を悟られれば反乱が起きたり未だ屈服していない大公達が攻勢に出てくる事も予想されます」
「その分こちらに来る獣の民を増やそう」
ニキアスの抗弁は裏目に出た。
「・・・・・・承知しました。メドン、神器の目録を」
「事務的な調整は後ほどする。まずはお主の家臣に死霊魔術師がおるじゃろう。全員呼べ」
近郊の研究所にいる魔術師もいるのでニキアスが王命だと使いを出したがすぐには来れない。しばらくはこのまま話を続ける。
「さて、貴様をこのまま我々の代理人として使っていいかどうかちと迷いがある」
「私が何か疑われるような事でも?」
「カイラス山を襲った中に亡者がいたという。アイガイオンという魔導騎士じゃ。貴様の仕掛けかの?」
「私は存じません。先ほど使いに出したメドンに工作は任せております」
「困ったものじゃのう。貴様の評価がひとつ下がったぞ」
「それはどういう・・・」
ニキアスが問おうとした時、背後の柱に忍び寄る影があり、その二つの影は獣人のシーラとセラを拘束して地面に引きずり落とした。
「よくやった。フィル、ピーター」
長年マヤの護衛をしてきた人狼兄弟は賞賛の言葉に嬉しそうに尻尾を振る。
「何を?彼女らはシェンスクからの連絡役です」
「らしいの。そしてシャフナザロフの愛人でもある。こやつらのどっちかは死んでいた筈じゃが死霊魔術で生き返ったかな?」
「存じません」
「貴様を信用していいかどうかためらう理由の一つはあまりにも無知ということじゃ。所詮は辺境の一男爵の子に過ぎんというのがよくわかった」
「それを重宝してきたのはあなた方でしょう」
「そうらしいが、儂は知らん。しかしこの大量の亡者発生の元凶どもを使うとはな」
「どういうことです?」
突然訪問してきて、カイラス族の連中に暴れさせ、さらに連絡役の獣人まで捕えて、とニキアスにはわからないことだらけだった。
「シェンスクに廃人状態の女がいた。どうにかして話を聞きだしたが、そやつはフラリンガムで亡者を暴走させる実験の資金提供者だった。もともとは亡者を自由に使役するような外国勢力が出てきた時の為の対抗手段を開発するという名目で帝国政府から各皇国に指示が出ていたものじゃ」
帝国政府内で亡者研究を再開しようという気運が出たのも案外、裏で閣僚を買収してもっともらしい事を吹き込んでいた人間がいたのかもしれないとマヤは疑った。
「それが帝国を滅亡させたい連中に素材を提供され実験を乗っ取られていった。その結果が西部の大量発生じゃ」
「私の部下にその犯人たちがいると?」
「そう。アイガイオンに施術した奴じゃ。関わった人間を詳しく調査して隔離する必要がある。シュランナ、マミカとシュミットで間違いないな?」
「はい」
バントシェンナ家譜代の家臣ではないが、もう何年もよく仕えて来てくれた宮廷魔術師のシュランナがマヤに頭を下げる。
「シュランナ?」
「申し訳ありません陛下。これまでの恩義は恩義なれど、十分に返したと思います。今後は本来の主筋であるラターニャ様にお仕えさせて頂きます」
ニキアスに知らぬ間に腹心と思っていた宮廷魔術師シェンスクと秘密裡に繋がりを持っていた事にニキアスは驚きを隠せない。
「そちらの客人か。少しは説明して貰いたいものだ」
「勿論です陛下。陛下が獣人達に叛意が無いことも私から報告させて頂きます」
「それは有り難いね」
内部情報を全て知られているのでは駆け引きは無駄だ。
ニキアスは叛逆とされるような行動を自分は取っていなかったことに安堵する。
しかし、嫌味くらいは言いたい。
「で、評価の下がった私は今後どのようにお仕えすればいいのかな。まだ役に立てる事があればいいのだが」
「そうじゃな。気の毒じゃからいましばらくは統治していてもよいぞ。儂もヴェーナに帰らねばならんし、後の事を貴様に任せられるのであればその方が楽に済む」
「私は何をすれば?」
「一つは休戦の取りまとめ、一つは亡者対策、もう一つは寒冷化対策じゃな」
ニキアスは未だに世界規模での災害については何も知らない為、情報のすり合わせをしてやる必要があった。
「重要な任務ですが、私が役に立たないと判断した場合はどうされるのです?代理人のアテがおありですか?」
「こちらのラターニャ殿はとある皇国の皇女じゃし、レンは北方選帝侯の証を複数所有しておる。大公達には十分権威が通じるじゃろうて」
これまで満足行く献上品さえ出していれば放任に近かったシェンスクと違い、新たな獣人の登場でニキアスは苦境に追い込まれた。
ナグレブは話が通じないし、マヤは話は出来るが、ニキアスの価値を図りかね、いない方がマシかもしれないとすら疑っていた。
三大公は未だ健在であり、彼らから敵視されているニキアスより新たな代理人を立てた方が話は通じやすい。レナートは他の大公達と顔見知りであり、ラターニャの本来の地位は大公達よりも高く、権威主義的な貴族達に顔が効く。
「私はあまり表に出ない方が良さそうだ。監督、指揮に専念しましょう」




