第25話 罪の果実 ~ドムンvsスリク~
「止めろスリク!お前が俺に勝てると思っているのか?」
「黙れ!」
もともとドムンの方が体格は有利だし、修業期間も長い。
稽古でもほとんどスリクが勝ったことは無いし、今は武装の違いもある。
ドムンは完全武装の上、槍を持ち、スリクには小剣しかない。
「これ以上やるならもう手加減出来ないぞ」
「舐めやがって・・・」
スリクが一度攻撃をやめて肩で荒く息をつく。
「レン、お前も止めろ」
ドムンがレナートに指示を出した。
「あ、うん。スリク・・・ボク達はこんなことしに来たんじゃないよ」
思わぬ事実を告げられてレナートは考えがまとまらない。
父やエレンガッセン、それにサリバンが本当にそんな酷い事をしたのだろうか。
動揺したままドムンにいわれて仲裁に入る。
「何、言われるがままになってんだ!ドムンはエレンガッセンを殺したんだぞ。裏切者だ」
スリクはエレンガッセンを同胞とみなし、ドムンを裏切者、敵だと断定した。
「で、でも獣人さんを送り込んで王様達に酷い事したって・・・」
「あんな拷問された挙句の言葉なんて信用出来るか」
だが、あの告白には真実味があった。
「レン。スリクを止めないなら本当に殺すぞ」
ドムンがレナートを見る目はあまりにも冷たかった。
「ドムン・・・どうしてボクをそんな目で見るの?」
ドムンは幼い頃、村の人達を敵視した荒んだ目をしていたが村の子供達と遊ぶようになってそれもいつの間にかなくなった。だが、またこちらを敵を見るような目で見ていた。
「お前が俺の心を惑わしてたのは分かってるんだ」
「え?」
「俺がお前みたいな男女を意識していたのは変な魔術のせいだってここの魔術師が教えてくれた」
ドムンは獣人の女性魔術師達に視線をやった。
「変な魔術?ボクそんなことしてないよ」
「いいや、お前だ。お前がいなくなってから俺はぐっすり眠れるようになった。お前が何かしてたんだ」
「違うって、ボクそんなことしない。ドムンの事は好きだったけど、結婚したんなら祝福しなきゃって思うし」
「じゃあ、ペレスヴェータだ。あの好色女がお前に何かさせてたんだ」
「ヴェータはボクにそんなことさせない!ボクの人生を大事に思ってくれてた」
ドムンが何かおかしい。異常だとレナートは思った。
言い争いを続けて売り言葉に買い言葉になってはよくない、と分かってはいたがペレスヴェータの話を持ち出されると平静ではいられない。
彼女は帝国人には好色に見えるかもしれないが、北方圏の凄まじい人的資源の消費速度ではヴェータや北方人の文化がああなるのも仕方ない部分があった。
「ドムン」
冷ややかに見ていたニキアスが指示を出す。
「そこのスリクとかいう奴は殺せ。他も歯向かうなら殺す。マヤ殿にも先ほどこちらで処理してよいと許可をもらった。そうですな」
「まあ、そうだな」
ニキアスは四年前からずっと獣人に忠誠を示し続けてきたので処断する理由がない。
「レン、お前も手を出すなよ。気の毒だがカイラス山が滅ぼされたのも納得がいった」
「さすがマヤ殿」
マヤの言葉にニキアスは満足げに頷いた。
「で、でも!」
レナートも事情は分かったがまだ納得はしていない。
「さっきの話に嘘偽りが無かったかどうかの検証はあとでしてやる。もしニキアスが信用できんのであれば他の大公連中と手を組む事もあるだろう」
「きっとだよ。ね、スリク。マヤもこういってくれてるんだし、いったんここは引いて」
「うるさい!」
スリクはレナートの説得に耳を貸さず、またドムンに斬りかかる。
「無駄だ」
ドムンは剣を逸らし、横合いから体当たりで体勢を崩して足払いをした。
転倒したスリクに槍を突きつける。
「その槍はオルスさんとうちの一族のもんだ。お前が持っていい槍じゃない」
目前に穂先を突き付けられながらもスリクは強気に言い張った。
「神器は全て陛下に献上する約束だ」
「はっ、そいつはサガの神器じゃない」
「なんだと?」
スリクはホルスから吸魂槍について聞いた。当然ながら祖父はオルスよりも詳しかった。
「これはノリッティンジェンシェーレが俺達の祖先に竜を封じるために渡したもの。サガの渡した神器とは何の関係もない。俺達一族のもんだ」
ホルスは遊牧民の戦士の一族で槍の扱い方を父達から習って残してきた。
ロスパーやヴェスパー達、長老の一族も悪霊祓いなど特殊な技を先祖代々受け継いできた。
オルスの知識は不完全だったが、ホルスはスリクに完全な知識を与えている。
「お前はうちの一族じゃないし、その槍はそこのデカい態度のクソ王に譲られたもんでもない。お前がその槍を持つのは泥棒のやることだっつーの」
「な、なんだと」
泥棒と言われたドムンは動揺する。
出来るだけ正しくあろうとしてきたドムンにとっては今までの中で一番言われたくない言葉だった。その隙にスリクは槍を掴み奪い取る。
「このっ」
スリクは槍を構え、ドムンは剣を抜いて対峙する。
「や、やめてっていうのに」
レナートは氷の女神の力を引き出そうとするものの、動揺のせいかうまく制御が出来ない。
距離も近く、引き出し過ぎると手加減出来ずにまた凍らせて砕いてしまう。
体だけが妙齢の女性になっただけだった。
「フン。そんな格好してももう俺は騙されないぞ。変態野郎」
「へ、へんたい?」
「そうだ。お前は男だか女だかいつまで経ってもよくわからん。中途半端なんだよ、気持ち悪い」
「ひ、酷いよ、そんな言い方。ボクを女にしたのはドムンなのに」
一人ぼっちだった頃に少しずつ親しくなり、近所の頼れるお兄さんになって、そのうち憧れの男性になった。ひとを意識した目でずっと見るからこっちだって意識してしまうのに、あんまりな言いぐさにレナートは傷ついた。温泉でバレてしまってあと、特に魔獣と戦った後は体に興味ありげにちらちら視線を向けてくるから、時々みせつけてからかったりもした。
ひょっとしたら自分の体の事を受け入れてくれるかもと思っていたのに、こんな言葉をぶつけてくるなんて。
「ドムン、お前レンに手出してたのかよ。それなのに捨てるってのか」
「違うってそういう意味じゃないよ」
レナートはドムンに対して女として恋心を抱いているのはペレスヴェータにも指摘されて自覚している。
「こいつは獣とだって寝る好色女なんだから捨てるも何もないだろ!」
ドムンは後方に控えている人狼に目を向けた。
「エ、エンリルとのこと言ってるの?」
ドムンに軽蔑の眼差しを向けられたレナートは瞳に涙を溜め始めた。
「ゆるさねえ!」
スリクは全力で斬りかかるも、やはり簡単にあしらわれ背中に剣の柄を思いっきり打ち下ろされた。痛みに呻くスリクをドムンは見下ろして剣を構え殺意を向ける。
「俺はシャモア河の戦いからもう何十人も斬り殺して来たんだ。前と同じと思うなよ」
ドムンは剣を振り下ろそうと大上段に構え、スリクは怯えた目をしてドムンと視線を合わせた。その幼馴染の死に直面した表情をみて、ドムンは剣を構えたまま硬直した。
次の一瞬で勝負はついた。
倒れたままスリクは槍を突き出してドムンの首を貫いた。
「ドムン!」
レナートの悲鳴が響く。
ドムンはよろめき、穂先が抜けた喉から派手に血を噴き出した。
そのまま柱に倒れ込み、何も言葉を残せずに死んだ。
◇◆◇
「やってくれたな」
二人の争いを前に泰然自若として玉座に座っていたニキアスが立ち上がる。
「ベラー、メドン。我が甥の仇だ。この小僧を殺せ!」
一度は剣を収めていた騎士や守備兵も一斉に剣を抜いた。
「スリク!」
レナートは今度こそ氷神の力を使い、この謁見の間に吹雪を作り出した。
魔導騎士や宮廷魔術師やマヤは魔力を高めてそれに抵抗したが、兵士達はみるみる凍り付いていく。
魔導騎士はそれでも動けたが、エンリルが立ちふさがった。
「カーバイド。こいつは俺の女だ、手を出すんじゃねえよ」
魔導騎士達の動きが止まっている間にレナートはスリクを連れ出して上空の天馬を呼びその場を逃げ出した。
RTX4080(12GB)がキャンセルされましたが、製造済みの筈なので名前を変えて販売されるんでしょうか。
RTX4070かRADEONが狙い目なので今の執筆済みの公開が終わったら続きはPCを買い替えた来年以降になりそうです。




