第23話 カイラス族とバントシェンナ王③
「もういいだろ、スリク。王の御前をこれ以上騒がせるな」
ドムンはスリクに後ろに下がって獣人とバントシェンナ王の会談をこれ以上邪魔するなと指示する。
「澄ました顔しやがって。お前こそ田舎もんの孤児のくせに出しゃばるな」
「我が甥は孤児ではない。結婚して家庭を持ち、正式に我が騎士となった」
スリクの侮辱的な言葉にニキアスが口を挟み、ドムンの新たな立場を告げた。
「結婚?」
「そうだ。叔母の家の男らがシャモア河で戦死したのでドムンを婿入りさせた」
ドムンは母親の再婚先の娘と結婚した。
つまり義理の妹と結婚してそのローライト家を継いだ。シャモア河で敵対してしまった家は取りつぶされて、蛮族の餌となりかねなかったが王の計らいで結婚が成立し家名が保たれる事になった。
「そ・・・そっか。おめでとドムン」
レナートは言葉だけは祝意を伝えたが、その表情は強張っていた。
「ああ」
「夢が叶ったんだね」
いつかはそういう日が来るのは分かっていたが、ウカミ村の人にも何の連絡もないままとは思わず、不意打ちに驚き、心から祝福は出来なかった。
「さあ、もういいだろ。下がってろ」
「良くねえよ!お前が仕切るな!こいつらが手を貸さなければガンジーン達がやられるわけなかったんだ!アルケロもケイナンも拷問されて死んだんだぞ!アグノスさんもアルケロが帰ってくるのを子供と待ってたのに兵士達に・・・やりたい放題されて皆殺された!何さらっと流そうとしてやがんだ!!」
酷い話をたくさん聞いた。
レナートも北方圏で帝国人の蛮族に対する蛮行を聞いたし、ゴーラの人もネヴァの人も変わった風習で隣人に酷い扱いをしたりされたりしていた。帝国南部でも東方圏の人達の事も酷い話ばかりで最近心が麻痺していたのかもしれない。
経緯を聞いてもスリクのように強い憤りは無く、哀しみが増しただけだった。
レナートにはまだ母や妹がいるが、スリクにはもう何もない。
スリクは神鷹を使って外で捕まっていた仲間が殺されていくのをただ一人じっと見ていた。
現場で何もできずに見ているだけだったスリクの怒りと憎しみは誰よりも深い。
レナートはスリクを嫌味な性格も無くなったしすっかり大人になったと思っていたが、彼は心の中に激情を抱えていた。
「スリク、お前は陛下の寛大さに感謝すべきだ」
「は?」
「そっちの獣人さん達の前でいうのはなんだが、生きたまま食われた人も多いこのバントシェンナ領に比べたら人間同士の争いで殺された方がマシだ。俺がこのまえ倒した獣人は人間の女を犯しながら食い殺す殺人鬼だった。あんなのに襲われた人達に比べたら人間として戦って死んだだけはるかにマシだ」
「そんなもん知るか!なんで俺がクソ王に感謝しなけりゃならない話になるんだよ!」
「その言葉、死刑に値するぞ」
ドムンは槍を構える。
「やれるもんならやってみろ!」
スリクも剣を抜きかけると謁見の間の騎士達も一斉に剣を抜く。
獣人の女性らは巻き込まれないように空を飛んでマヤのように柱の上に乗った。
「ちょ、ちょっと待ってよスリク。ドムンもさ。本気にならないでよ」
「これだけ大勢の前で王を面罵した以上、処刑が当然」
「ドムン?」
何の処分も無ければ王の沽券に関わる。
ドムンの判断は当然なのだが、それが幼馴染への態度か。レナートは以前とは別人のように思った。
「こらこらお前達、大概にせんか」
マヤは一応仲裁の言葉をかけた。
対してニキアスも口を挟む。
「マヤ殿、私を処断しようとこの連中を連れてきたというわけではないのですよね?」
ニキアスは念のため確認する。
「違う。地上に生きる生命全てに危機が迫っている今、カイラス山で何百人死のうが儂らには関係ない。人間の代表者達に混乱を鎮め、我々に従わせる指導力があればそれでよい」
「それは良かった。ではこちらで処理させて頂く」
「こやつは何もしておらん。手を出すなよ」
マヤは柱から降りてレナートの手を引き寄せようとするが、レナートはその手を振り払った。
「ちょっと待ってよ!スリクもドムンも駄目だからね。ちょっと無礼だったかもしれないけど王様がスリクを殺すっていうならボクも相手になるよ」
「我が甥がいうように私は寛大だ。引くなら許してやっても良いぞ」
外国人らしき者がいるが、外様の諸侯が立ち会っているわけでもなし、獣人側にその気がないのならニキアスも事を荒立てずともよかった。
「何が許してやる、だ。上から目線でふざけやがって」
「いい加減にしろ、スリク。陛下の厚意にこれ以上甘えるな。カイラス族の死は当然の報いだったのにいい条件で自治を許して貰ったんだぞ。最近許可もしてない奴が移り住んで来たようだがそれも見て見ぬ振りをしてくださっているんだ」
「当然の報いだって?狂ったのか、お前。お前んちはいいトコじゃなかったかもしれないけど、お前を受け入れてくれた幼馴染だっていたんだぞ。ロスパーやヴェスパーだって」
「一人一人の死は残念に思うよ。でもカイラス族自体は滅んで当然だ。オルスさん達は獣人をここに誘導して自分達の安泰を図った。陛下もその報復をしただけだ。だから当然の報いだっていったんだ」
「でまかせを言うな!お前、オルスさんに散々可愛がってもらいながらよくもそんな・・・!」
レナートがあまり鍛錬に熱心ではなかったのでオルスはドムンを我が子のように可愛がって修行をつけてやり、護衛代わりに側においたりもした。
「嘘ではない、ドムンの言う通りだ。証人を呼んでやろう」
◇◆◇
ニキアスが呼んだ証人とはエレンガッセンだった。
「エレンガッセン・プエルトナザレス。マグナウラ院の学者先生だったか?」
「・・・はい」
エレンガッセンの顔は青あざがあり、歯が抜けて目も落ちくぼんでいた。
手錠をかけられ、何度か折れては治った手足がひん曲がっている。
よぼよぼで杖を突きながら引きずられるようにしてやってきた。
いつも衣服を整え、かつらに拘っていた颯爽とした権威ある学者の面影はない。
「お前が何をしたのか話せ」
「獣人が近づいてきたカイラス山を守る為、オルスとサリバンと共謀し故意にアラーキ岳に誘導しました」
当時、人間とフォーンコルヌ皇国への侵攻路を探して周辺の山岳地帯に散らばっていた獣人をサリバンが引き付けてアラーキ岳山岳狩猟協会に通報した。
「何故私の領地を選んだ?」
「荒野に囲まれたこの地に獣人が橋頭保を築けばこの先に道は少なく、中心領域に進出するにはシャモア河を渡りマルーン公と対決するしかない。獣人が繁殖するのに適した地でもなくフォーンコルヌ皇国の人々は数年間は安穏とした生活を遅れると思ったからです」
「ふむ。自分達だけではなくより多くの人々の為か?」
「はい」
エレンガッセンは口の中を切っている為、ぼそぼそとだが、強い意志を込めて頷いた。
「合理的な判断だ。ご苦労だった。殺せドムン」
こくりと頷いたドムンは止める暇もなく、すっと槍をエレンガッセンの心臓に差し込み絶命させた。
「ドムン!」「先生!」
スリクは剣を抜いてドムンに襲いかかり、レナートは倒れていくエレンガッセンを抱き留めた。




