第22話 カイラス族とバントシェンナ王
バントシェンナ王ニキアスはクールアッハ大公領を攻略する為、大軍団を組織しようとしていた。
フロリア地方の動向、そして複数の報告から冷害が数年続くと予想され口減らしが必要となっていた。転落に怯えている第三市民を使って何十万もの難民を追い立てさせ、クールアッハ家に送り込む。迅速な攻略と口減らしの両問題を解決する手段だった。
ニキアスも久しぶりに出陣しようかと考えていた所シェンスクからまた使者がやってきた。
「マヤ殿にカイラス族の連中だと?」
「はい。随分大勢でいらっしゃってますがどうなさいましょうか」
「大勢?どのくらいだ。用件は?」
「十人ほどです。用向きについてはまだ不明です」
「多いな・・・。しかし何故カイラス族の連中とあの方が?」
「私にはわかりかねますが、お一人明らかに貴人がいらっしゃいます」
ニキアスは訊ねてみたが、シュランナには答えられなかった。
「シーラ、セラ。シェンスクとの連絡役のお前達は聞いていないのか?」
「サア」
「マヤ様ヲ、オマタセシテハ駄目。護衛ガオオイノ当然」
「分かってる。だが、面倒だな・・・。その人数だとこの執務室には入らん。謁見の間で会おう。この前来たゲルドというのはいたか?」
「はい。いらっしゃいます。他に上空にも天馬の群れがおります、天馬寮監とレナート殿も」
「くそ、面倒な」
カイラス族の生き残りが何か言ってくる可能性は考慮していたが、準備は済んでいる。
しかし忙しくなってきたこのタイミングで獣人と来るというのは困りものだ。
「まあいいか。この際面倒をまとめて片づけてしまおう」
ニキアスは騎士や妻のグランディも謁見の間に集めて訪問者を歓迎した。
◇◆◇
「上座から失礼する。マヤ殿」
「構わん」
そういってマヤは柱の上にふわりと飛び乗った。
ヴェニメロメス城はもともと防衛用の山城で領主が普段住む城ではなく王に相応しい謁見の間は無く、ヴェニメロメス城の屋上に支配下に加わった諸侯との謁見用の場所を作った。
もともとは山神ヴェニメロメスに捧げる為の祭壇があったが、十分な広さの場所が他に無くここを謁見の場とした。
祭壇の一部だった柱に乗ったマヤに見下ろされる形になり、顔を上げてニキアスは問う。
「ご用件は」
「うむ。ひとつはこの地域の大公達と休戦することにした。軍勢を組織しているようじゃが解散してよい」
「・・・・・・」
「不満じゃろうな」
表情に出るのを抑えきれなかった。
「我々も下準備に随分な労力を割いたのですよ」
「休戦といっても実質降伏勧告じゃ。交渉が決裂したら攻めて良い。しばし待て」
部分動員中は労働力が低下している為、交渉が長引くようなら解散して招集した兵士をもとの職場に戻した方が良い。命令するのは簡単だが実行するのは面倒だ。
諸侯からも不満と不信感を買う。
「ナグレブ殿が既に出撃しておりますが」
「いちおう止める使者は出したが、ダカリスはアテにしておらん。休戦する、というのは亡者の件があってのことじゃ。お主も警戒しておろう」
「はい。ご存じでしょうが各都市間を結ぶ大規模な回廊と城壁を建築中です」
シェンスクとユラン、ヴェニメロメス間の話であり、他の地域は労力が余っていればやっておけ、くらいの指示だが一応亡者が押し寄せた場合の準備はしている。
以前から強制労働を割り当てられた第三、第四市民が従事していた。
「我々には戦争が必要です。大量の難民が押し寄せてきており、口減らしと追い払う口実が必要なのです」
「知らん。どうにかせい」
冷たい返答にニキアスは唇を噛みしめた。
「四年あっても征圧出来なかった己の無能を悔やむのじゃな」
「二年で帝国を蹂躙したあなた方にはそういう資格がおありだ」
「ふふ、貴様も獣人間で勢力争いの潰し合いなど画策しなければもっと早く侵攻出来たじゃろうに」
「お戯れを。侵攻の遅れは私の無能さゆえのこと」
マヤの指摘したような事も多少はやっていたが、獣人達の手を借りた場合主導権を握られ、己の利用価値、地位の低下の方を心配していた。
意外とシェンスクで安穏とした生活を楽しんでいた獣人達に油断をして時間をかけて慎重に攻略を進めた結果、ナグレブやマヤの介入を招いてしまったのだと反省する。
「他のご用件は」
「うむ。死霊魔術や寒冷化について研究を急ぐ。シュランナやおぬしの部下達を借りる」
「彼女らは重要な側近です。私の家臣は大領地の管理に慣れておらず、人手を奪われれば統治が行き詰ります。人間の反乱が相次いだ場合、貴女方にとっても面倒な事になるのでは?」
「うまくやるのじゃな。あまり騒ぐようならドルガスがこちらに来る。ヘルミアは貴様らの生き死にに興味を持っていない」
これが支配者と従属者のあり方だ。
どれだけ尽くしてきても理不尽な目に遭い、それでも従わざるをえない。
不満を口にすれば首を挿げ替えられる。
彼の苦労を多少なりとも知っていたシェンスクの頭目達は上位の支配者が、方針を変更するといえば皆あっさりと従い、ニキアスに助け舟を出すことは無い。
ニキアスは一時の感情で歯向かい、これまでの努力を全て失うほど愚かではない。
◇◆◇
「さて、先日ゲルド殿よりお話のあった神器の件はどうしましょうか。休戦が成立すれば我々には必要なくなりますが」
「休戦が成立せずとも神器を用いるのはやめておけ」
「何故です?河の流れを変え、大地を割り、城を落とす力があるというのに」
「サガがそれらの神器をヴェーナに持ち込まず、カイラス山に隠したのは戦争に利用して欲しくなかったからじゃろう。第二帝国期、つまり神聖期と違い信仰が薄れた帝国人に正しく扱えるとは思えん。神々がその力を振るい、世界を一度破壊したのを忘れたか」
「世界など既に壊れているではありませんか」
五千年間続いた帝国の支配体制は崩れ、獣人の天下となっている。
天災はまだまだ続き、亡者が出没し始めた。
「ある意味ではそうじゃ。だがまだ完全には壊れていない。生き残りたければ神器でこれ以上世界を破壊するな」
「勿論仰せには従います。それで先日ゲルド殿にビサームチャリオットの返還を約束させたのはどういった意味合いで?」
あの乗り物に世界を破壊するほどの影響は無いと思われた。
「ああ、あれか。あれはお主の勘違いじゃ。ゲルドは獣人ではなく妖精の民で貴様らの関係に疎い。王であるそなたが約束すればレナート達も心よく返却すると思っただけじゃ」
「なんですと?」
「その勘違いで少々困ったことになってのう・・・」
マヤは演技でなく本当に困っていた。




