第23話 皇都見学②
目的のダナランシュヴァラ神の神殿はかなり小さなものだった。
小さな祠の中に女性の乳房のふくらみと小さな男根がある裸体像が鎮座している。
神殿の石碑には生と死を司り、この世と地獄を行き来することを許されたもっとも慈愛深き神ダナランシュヴァラ像がある。
「どんな神様だったの?」
「神々の間に大戦争を引き起こした女神が地獄に封じられると、憐れんで慰めに花畑を作ったり、都度都度話相手になっていたそうよ。その女神の恋人だったとも」
「ほんとに両方生えてたの?」
「さあ、わたくしの聞いた話ではな何か魔術的な力で肉体を変化させていただけで同時に両性を持っていたわけではないと聞くけど」
本当の事は現代人が知る由もない。
「はだかんぼが世の中に公開されちゃうなんてかわいそう・・・」
レナートの素朴な感想に女性陣はぷっと笑う。
「確かにそうね。彫像の制作時期によって神々の衣装は大分変わるみたいだからレンちゃんの感想も学問的には価値のある感想なのよね」
「まっ、・・・そうなの?」
「古代帝国期の像はほとんど裸で、新帝国期になると服を着始めるのよね。男神のアレとか女神のものも隠されるようになっていって・・・、最近は裸神教団の芸術家の影響でまた裸の像が増えてるみたいだけど」
「裸人教団?なあにそれ?」
「裸神よ。まあ裸人でも間違いはないのだけれど。拝金主義がまかり通る現代の価値観を捨てて古代に帰ろうっていう教えを信じる人たちのこと」
富裕層にも意外と信徒が多く、教団の規模が拡大すると全裸で暮らすのは法律で禁止されてしまった。規制を掻い潜るぎりぎりを攻めたデザインの服が考案され、それが服飾業界に評価されて逆に信徒がさらに増えた。
「この像は割と古そうだからそれとは関係なさそうね」
「そうなんだけど古代像の割には小さいのよね。大地の神とも関係があるのに」
「両性を持つ神だからでしょう」
エンマとグランディはここには用がないので雑談を始め、レナートは神像の前に跪き祈り始めた。
父が望むように強い戦士に、母が望むような健康な女の子になれますように、と。
エンマ達は別に興味がないので、レナートを残していったん外に出たが、思ったより長く祈っているようなのでしばらくしてひょい、と顔を覗かせたらまだ何やらぶつぶつ呟いていたので「これは思ったよりも真剣みたいね」ともうしばらくそっとしておく事にした。
◇◆◇
しばらくするとレナートが出てきたが、心ここにあらずといった体でぼんやりしている。
「レン、もういいの?」
「うん・・・」
「じゃ、次はお母様が健康な赤ちゃんを生めるように今度は安産の守り神さまのところへ行きましょうか」
「うん」
大地母神の系統の為、安産の守り神は複数あり、最初に寄ったところの神は猫を眷属としているので寺院のあちこちに猫がごろごろしていた。三人ともそこで猫に構い、かなり時間を食ってしまった。
次に寄ったのは月と弓の女神の神殿で、レナートの母の故郷の神でもある。時間が押していたがここは詣でた方がいいだろうとの判断で立ち寄った。
土産を買うには早かったが、せっかくなのでレナートはエンマに買ってもらった。
「ありがとうエンマ様」
「いいのよ。お礼はグランディの『侍女』としてしっかり勤めあげる事で返しなさい」
「はーい」
少し遅めの昼食を取った後、レナートがうとうとし始めたので馬車に乗り博物館に着いたところで起した。エンマに寄りかかって胸に顔を埋めて寝ていたので服に少しよだれのあとがついていた。
「あ、ごめんなさい」
「いいのよ。でもちょっと赤ちゃんみたいだったわね?」
「ボク、なにかしちゃった?」
「気にしないで。グランディ、そこの上着を」
「貴女がこんなに母性豊かだとは思わなかった」
寝ぼけたレナートがエンマの胸に縋りついていたのを見ていたグランディはくすくす笑いながら上着を寄こしてやる。
「ほっといて」
日が陰ってきた事もありエンマは上着を羽織り、三人は博物館に向かった。
◇◆◇
博物館に入ってすぐの大部屋に竜の骨格標本があった。
説明によると本物は一部で残りは伝承や古代の絵画からの想像で作られたものだという。
博物館の職員がエンマの専属となって案内につき説明を始めた。
「これは南方圏で発掘された火竜シニーグ。五大神の一柱オーティウムに敗北し下僕となったそうです。火山に住み、溶岩を飲み、それを溜め込んでは吐き、空に舞っては天を焦がしたといわれています」
竜との戦いでは現代人に比べ神々に近い力を持っていた古代の英雄も苦戦し、シニーグに至っては五大神ですら苦戦したという。
「創造主である神々が自分でこの竜達を生んだのに、それに歯向かわれたということ?」
「いいえ、魔獣と同じく自然発生的なものだと研究者は考えています。マナの淀みから生物が突然変異したのでしょう。生命は神々が直接お産みになった後、次の世代からはそれぞれ独自に進化していったと考えられています」
神代は長く何千年か、何万年か続いた。
神々にも第二世代、第三世代があり、中には神々同士ではなく自分達が生んだ子である人間の英雄と結ばれた者もいる。
「私達の守護神である法の神エミスも第一世代の主神、太陽神モレスと大地母神ノリッティンジェンシェーレの子でしたよね」
「そうです。そのエミスの子孫がフォーンコルヌ家を築いたと言われています」
なるほどなるほどとレナートは頷いている。
「うちのお父さんこういう魔獣をたくさん倒したんだって」
「こちらは・・・?」
職員は貴族の会話に口を挟んできた子供を訝しがる。
エンマはそれを許しているのも変だ。皇都でも四大貴族クールアッハ家の事は知らない者はいない。
「気にしないで。この子の父親は昔帝都で剣闘士をしていて随分活躍したそうなの」
「そうですか。でもさすがに帝都にも竜ほど強大な魔獣はいなかったと思いますよ」
「そうでしょうね。岩竜とかいう竜もどきはいるそうですけれど」
「岩竜は魔導騎士でも苦戦する強力な魔獣です、どうやら相当な方のようですね」
「もし、本当にソレを倒していたら、ね」
結局職員はレナートを何か訳ありの貴族の子供だと勘違いしたまま丁寧に応じ、博物館を案内した。そして、最後にはいつも通り求婚されていた。
親切に説明してくれたので気に入ったらしい。




