第17話 遠征隊再出発②
レナートは座席が空いているのでシェンスクまではビサームチャリオットで行く事にした。これで最後の利用になるし、天馬に乗っている間は会話が出来ないので皆と喋りながら移動できる戦車の方がいい。
「エンリル君は意外に子供の面倒見いいよね」
周辺の見回りだけでなく、孤児たちの遊び相手もしてくれている。
「普通だろ。ちっちゃいのを構うのは」
臆病な性格の馬や犬でも異種族、人間の赤ん坊や幼児に対しては興味津々で近づいて見守る光景はよくある。
「エンリル君は嬉しそうに尻尾振ってるし~」
「そんなことねえよ!」
いくら否定しても感情が駄々洩れなのでスリクも笑っている。
「そんなことよりお前の妹、ファノの奴」
「どうかした?」
「同化した魔獣、餌を呼び寄せる為に、助けを呼ぶ子供みたいな音を出す特性を持ってるから気を付けないとな。本体の魔獣みたいに強くないわけだし」
子供を守ろうとする本能を利用して獲物を待ち伏せる捕食型魔獣だった。
吸収した様々な獲物の子供の声、音を出す特性を持つ。
「ボクにはよくわからないけどそうなんだ?」
「年がら年中発しているわけじゃないからな。ユランやシェンスクみたいな都市内で生活した方がいいんじゃないか?」
「うーん、母さんがなんていうかなあ・・・」
生涯のというか先祖代々の仇敵である獣人の都市で娘を生活させるのにいい顔はしないと思った。本人も終始ピリピリしてしまうだろう。
「どうせいつかは子離れするんだぜ」
「そうだねえ・・・」
といってもファノはまだまだ小さい。まだヴァイスラが保護する必要がある。
「あ、ラターニャさん。シェンスクの近くに住んでるノエム先生の所に寄ってもいいかな?ファノの体を診て貰ったそうだから」
「妹さんの?もちろん構いませんよ」
人間の医師で特に精神病院に務めていたエイラより獣医で獣人の面倒も診ているノエムの意見も聞いてみたかった。その話を切り出した所カルロが反応した。
「ノエム・・・?まさかセクス・ノエム・リベルか?」
「家の名前までは聞いてないですけど」
「どんな奴か教えて貰えるか?」
「黒髪で・・・くせっ毛で・・・あとはダルムント方伯?の推薦状を貰って医者の学校に通ったって聞きました」
「奴だ・・・」
どうやらカルロの知り合いだったらしい。
「他に誰かいなかったか?」
「んー、どうだったかな。スリクは覚えてる?」
「車椅子の人がいたぞ」
「名前は?」
「ヴィターシャって言ってた。レンだって聞いたろ」「覚えてない」
残念ながらレナートの記憶力は特別優れていなかった。
しかし目端の利くスリクの方はきっちり覚えていた。
「俺の妻だ!君、有難う。助かった」
喜んでいる所に水を差す必要もないと思ったが、ラウルは少し溜息をついた。
こいつ本当に探す気あったのか、と。
マリアや一部の大人にカルロは一応聞き込みはしていたが、子供らとその世話をしているスリクには聞いていなかったのだ。
「あー、ごめんなさいカルロさん。ボクちゃんと覚えて無くて・・・」
「いや、いいんだ。君のおかげで縁が結びついたんだから」
一度会っただけで特に関わりのない人物をはっきり覚えているスリクの方が異常ではある。
「会ってみてほんとに本人だといいですね」
「ああ、そうだな。まだぬか喜びってこともあるかもしれないがここまで二人とも特徴が一致してるなら間違いない」
金髪で青い瞳でやや北方系らしい白い肌。いつも使っていた特徴的な眼鏡はつけていなかったが、カルロはもう確信していた。
「スリクは凄いなあ、物覚えがよくて。お父さんから秘伝書も貰ってるし」
「あれはヨハンネスとかいう人の医学書にオルスさんが注釈つけたりしただけだぞ」
「あ、そいつ。あたしの師匠だわ」
レベッカが口を挟む。北方戦線でエドヴァルドと知り合ったオルスが譲られてそれが今はスリクに移った。
「へえ、お前達エドヴァルドの知り合いの子供らだったのか」
「お父さんはその戦いで帝国騎士の人達と一時期一緒だっただけみたいだけどね」
「その人無茶苦茶強かったんですよね?マリアさんより強いのかな」
「あいつは別格だぞ。闘神を守護神にしてるし。あたしでも歯が立たなかった魔導騎士を一人で同時に五、六人なぎ倒してついでに数十人の敵兵もぶち殺してる」
レナートは父を誰よりも強いと思っていたが、その人物はさすがにカテゴリ違いの人物のようだ。
「そんな強い帝国騎士がここにいてくれたらもうちょっと獣人さんと人間達の力も釣り合いとれるのに」
「そりゃ無理だな。帝国に酷い目に遭わされたのが奴の娘だから」
「帝国騎士なのに?」
「東方の田舎王国から出稼ぎで帝国騎士やってただけなんだ」
◇◆◇
少々話がそれてそのままになってしまったが、一度休憩で戦車を止めた時にレナートはカルロに今後の事を相談した。
「カルロさんの目的がヴィターシャさんを連れ帰る事なら、これで問題解決ですよね」
「そうなるな」
「今後はどうします?」
「ゲルドを妖精の森まで返さないといけないからしばらくは付き合うよ。ラターニャ様の護衛もあるしな」
「良かったあ」
当面は旅の一行の編成は変わらない。
昨年秋からの付き合いで、亡者の大群とも遭遇した数少ない仲間で、大人が近くにいるのはレナートにとって心強い事だった。
「レンちゃんちょっといいかしら」
「はい?」
今度はラターニャから話があった。
「天馬の事なのだけれど、今乗れるのはソフィアさんとゲルドさんと貴女だけ。こちらの国土は広いしこの戦車では移動先が限られるから出来れば天馬で各地との連絡に協力して欲しいの」
ラターニャは旧フォーンコルヌ皇国領の現状を聞くにつれ迅速な連絡手段の構築の必要性を痛感した。天馬なら砂漠や荒野、大地峡帯を突っ切って移動出来る。
天馬寮監のソフィアはかつては皇帝直属の中立な使者として大公達とも面識がある。当主は代替わりしているようだが、家臣達ならソフィアを覚えているだろう。
「そうだね。ボクも一応エンマ様の事はよく知ってるし」
「シェンスクで獣人側からの要求を整理したらお手紙を書くからお願いね」
「整理って必要なの?」
「いちおうこの地域の支配を命じられていた人達がいるから頭ごなしに指示しても、皆混乱してしまうわ」
休戦しよう、となった時に勝手に戦いを始める者がいると亡者、寒冷対策の協力の話がとん挫してしまう。誰がどこまで侵攻しているのか把握しj、止める必要があるなら止めないと信頼関係を構築できない。
「政治って大変だなあ」
「そうね」
脅威がはっきりしていて協力しないと全員破滅するというのがわかっているにも関わらず、すぐには話を進められない。ずっと小さな社会で暮らしていたし、今後もずっとそのままでいいと思っていたレナートには馬鹿馬鹿しく思えてしまう。
「面倒で大変な社会だけど力を合わせれば大きな成果が得られるわ」
レナートは破綻もね、と思ったが今後はラターニャのような死霊魔術の専門家や植物の品種改良の専門家達に頼らざるを得ない。気持ちよく頑張って働いて貰う為にレナートは使者のお仕事に専念することにした。
「スリクやドムンも天馬に乗れて一緒に来てくれたら心強いのになー」
「天馬の乗り手の訓練も課題ね」
世界全体で十数人しか乗り手がおらず、フォーンコルヌ皇家お抱えだった天馬の乗り手はフラリンガムから脱出したという情報がなく死亡していると思われた。




