第11話 祖父ホルス
「お爺ちゃん?」
「そうじゃ」
「うそだあ」
「なにが嘘じゃ!」
怒られるのと同時に頭に拳骨が落ちてきた。
「いったあ」
「何するんですか!」
横合いからヴァイスラがホルスを突き飛ばす。
「儂は祖父への礼儀を教えてやっただけじゃ」
「必要な教育は私がします。手を出さないでください」
「駄目じゃ。孫息子はオルスの代わりに儂が鍛えてやる」
もう70以上の筈だが、まだまだ血気盛んだった。
「いたた」
レナートが頭を触るとたんこぶが出来そうなくらいひりひりするので氷の精霊が冷やし始めた。
「お前が躱せないなんて珍しいな」
遠征出発前はスリクとドムンの二対一でもレナートにはなかなか有効打を当てられなかったのにホルスは正面から一撃を叩き込んだ。
「全然動作が見えなかった」
「ふふん、儂は部族で一番の戦士じゃからな」
「いや、赤ん坊より弱っちいマナしか感じないから動きが見えなかったの」
「なんじゃとう!」
馬鹿にされたと思ったホルスがまた拳を振り上げるが、今度はヴァイスラにその腕を掴まれる。
「今度この子を殴ったら、ファノを連れて出ていきます」
「む、むう?お前は老いた義父を捨てて行くというのか?」
「とっくの昔に死んだものと思ってましたから、また死んだものと思ってお別れさせて頂きます」
ヴァイスラもマリアが自治権を勝ち取った後はファノを連れてヴォーリャ達とひっそり暮らそうかと思ったが、この村にはエイラもいるしスリクもいる。夫の妹の息子は天涯孤独になってしまったのでスリクが孤児たちを世話するなら手伝ってやるかとウカミ村再建に協力していた。そんな時、ふらっとホルスがやってきた。
「この人いったい何処から湧いて出てきたの?」
「虫みたいにいうな!」
レナートが母に問うも、即座にホルスが口を挟む。
「なんで怒鳴るんだよお」
おっかないのでレナートは涙目になってスリクの後ろに隠れた。
「なんじゃ男のくせに情けない!」
「じゃあ、女の子になっちゃおっと」
レナートはあっさり女性の体に変化した。
最近は大分慣れたものだった。
調整可能な服を着ているので胸元の紐を緩め、大きくなったお尻に食い込んだ下着をずらす。
「なんじゃあこやつ!面妖な!」
「うっさいなあ」
怒鳴らずに喋れないのだろうか。
「こんな人だからオルスも家を出て帝都の闘技場で生計を立ててたのよ」
「ヴァイスラ!こやつはなんなんじゃ?息子ではなかったのか?」
「どっちでもいいでしょう?この子は自分で性別を選べるようになったのよ」
「まーた貴様らの得意の魔術か。男にせい!修行をつけてやりにくいじゃろうが!」
「ボクは修行なんかしないもーん」
「オルスが死んでしまったんじゃからお前が一族の秘伝を受け継がなくてどうする!」
一子相伝の技が絶えてしまうからレナートが学べ、とホルスは言うがレナートにその気はない。護身術レベルでいいと思っているし、父からならともかくこんな乱暴な祖父から学びたくない。
「ホルスさん、一族の秘伝は俺が継ぐ筈でしょ」
レナートが何処で何をしているのか、生きているのかもわからなかったのでホルスはスリクに修行をつけてやっていた。
「オルスの息子が生きていたんじゃからこやつが学べばよかろうが!」
「ひっでー。俺は孫じゃないのかよ」
ザルリクに嫁いだ娘の子スリクも一族だし継承者としてみなしていたのに長男の息子が帰ってきた途端お払い箱である。
「ひっでー」
ファノも一緒になって祖父をなじった。
「さいってー」
「最低ね」
ホルスは一家から総スカンを受けた。
「そ、そこまでいわんでもよかろう?儂だって父祖達からの厳しい教えに耐え、伝統を守ってきたんじゃぞ。そういう決まりなんじゃ」
「長老達はもうそういう伝統は辞めようかと話していましたよ」
「フン!それで結局カイラス山の神器に頼って自滅ではな。馬鹿な連中じゃ」
この物言いにレナートはますます祖父が嫌いになってきた。
「やっぱボク、ヴォーリャさん達と暮らそうかなあ。ファノも行く?」
「えぇ?レン、俺と孤児院をやる約束だろ」
スリクはファノを連れて出ていく構えをみせたレナートの腰を抱き寄せた。
スリクもすっかり大人らしくなってきて、タコで硬くなった手でがっちりと掴む。
「それも大事なことだけど、今ちょっとやることあるんだよね」
「どうかしたのか?」
「んー、サリバンさん達がついてから細かい事は話すけど・・・」
レナートがスリクに抱えられたまま亡者の件を話そうとしたが、ホルスが口を挟んだ。
「なんじゃ、おぬしらべたべたしよって」
「ほっといてよ」
「従妹同士じゃろうが!」
「外国じゃこのくらい普通だもん」
レナートはスリクに軽くキスをした。
「あああ!なにをしよるか!」
ホルスが伸ばそうとした手を横合いからヴァイスラが弾く。
「ボクはしたいようにするし。これ以上喚くなら家出てくし」
「駄目よ、レン」
ヴァイスラが止める。
「そうじゃ、駄目じゃ」
「出ていくのはこの人よ。ここはオルスと私の家なのだから」
ヴァイスラは長年、捕らわれの身で戻ってきたら妻も息子も娘も皆死んでいたホルスを哀れに思ってこれまで我慢していたが、義父よりは息子たちの方が大事だ。
先ほどは子供を連れて出て行こうかと思ったが、オルスと長年暮らした家を仲の悪い義父にやって、自分達が出ていくのはおかしいと思い直した。
「それはないじゃろう、ヴァイスラ」
「昔っから貴方はそうでしたが、私はこれでもオルスに合わせて生きてきました。そちらも少しは外国の風習に合わせてくれてもいいじゃありませんか」
「ここは帝国じゃぞ!」
「もうそんな国はありませんよ」
「ぐぬう」
ホルスは苦しそうに唸った。
この歳で今さら価値観を変えるのは難しい。
「だいたい国の事なんかろくに気にもしてなかったくせに」
「ぐむむ」
割と真剣に悩んでいるようだったのでレナートは悪ふざけをやめてスリクから離れた。
「ん」
その時、もう一度キスをする。
「どうかした?」
「なんとなく」
腰をがっしり掴まれて抱かれている感触が無くなって寂しくなり、少し離れがたかった。
「お爺ちゃんの事はともかくお母さんに話があるの」
「なに、どうかした?」
「ヴェータがいなくなっちゃった。神様の話じゃもうこの世にはいないんだって。実はお母さんの所に来てたりしない?」
「来てないわ。どういう事なのか詳しく話して」




