第7話 遠征隊の帰還③
日が暮れる頃にサリバン達もカイラス山に辿り着いた。
いつもの隠し場所にビサームチャリオットを置いて、そこにテネスが馬を連れて行き全員騎乗させて案内する。
屋外で焚火をし、皆で火を囲みながら今度はテネスがサリバン達遠征隊にヴォーリャと同じ内容を告げそれに少し補足した。
「フィメロス伯や襲撃に兵を出した貴族はドムンが討った」
「マルーン公は?」
「彼女は神器探索の許可を出したが発案者ではないし、虐殺を指示したわけじゃない。復讐は終わりだ。これ以上カイラス族は貴族と敵対しないとバントシェンナ王と合意した。サリバンは納得いかないだろうがこれで終わりだ」
王、あるいは族長が代替わりした時に王に忠誠を誓いにヴェニメロメス城に行く義務はあるが納税の義務も兵役の義務もない。
「神器提供の見返りか」
サリバンは舌打ちした。族長は実質的に貴族の領主になる。
オルスが決めていた事とはいえ新族長はマリアで、余所者だ。
「それは困る」
「そうじゃのう。儂らも帝国が世界中から巻き上げた神器は各国に返却することにした」
勝手に所有権が移された事にゲルドが物言いをつけ、マヤも同意する。
ビサームチャリオットはケイナン達が乗っていた物もゲルドは回収するつもりだ。
半獣人のマヤが一緒にいることにあまりいい顔をしていなかったヴォーリャとテネスは、神器を各国に返却するという獣人の決定を歓迎した。
「そいつはいいな。調子に乗ってるバントシェンナ王も神器が無くなれば弱るだろう」
「お主らにとっては恩義のある相手ではないのか?」
「疑っちゃ悪いとは思うんだが、この襲撃、大虐殺で利益を独り占めしたバントシェンナ王は胡散臭い」
「そう。それにあんたヴェラスのマヤといったっけ?あたしは襲撃の前にヴェラス種の獣人を見かけているんだ。あんたとはだいぶ容姿が違うが」
簡単な自己紹介しかしていないのでまだマヤが蝙蝠にも人にも変化できるマグナウラ院きっての秀才でマッサリア王国の王女とまでは説明していない。
「儂の父は普通の人間じゃったから純血のヴェラスとは違う。しかし、こんなところにヴェラスの娘がいたのか」
マヤもいちいち同胞がどこで何をしているかなど関知していないが、魔術が得意で腕力はたいした事がないヴェラス種が群れから離れて何をしているのかは気になった。
「気にはなるが儂らに服従しているバントシェンナ王とやらが弱体化するとこちらの同胞も困るじゃろう。ビサームチャリオットだけ返して貰って様子を見るか」
◇◆◇
「で、サリバン達がレナートと一緒ならなんでこんなにぞろぞろ色んな人が付いてきてるんだ?」
ヴォーリャとテネスがカイラス山の出来事を話した後はサリバン達の番だ。
レナートはまだ一人で山小屋の中で眠っていた。
「俺は行方不明の嫁を探しに来た」
カルロはヴィターシャの容姿などを告げたが誰も心当たりはなかった。
「私は神器を返して貰いに」
「私はいい男を探しに」
「儂はまだ反抗しておる人間どもに降伏を促しに」
「見た目通りじゃないかもしれないが、お嬢さんが降伏を迫ったところで誰も耳を貸さないと思うが」
個人的な事情を言っている連中は無視してマヤに対しテネスが冷静に指摘する。
「その通り、見た目通りではない。おぬしのいう通り儂の容姿では人間どもは耳を貸すまい。しかし人間の生死に興味がないヘルミアと違って儂は服従するなら帝国人は生かしてやってもよいと思っている。見えるものだけを信じて差し伸べた手を取らぬのならそれでも良い」
マヤもそういって応酬するが、呆れ顔のゲルドが口を挟む。
「そういう意地の張り合いはめんどくさいので早く本題を話してください」
「『めんどくさい』はないじゃろう?」
「面倒です。ここの閉鎖的な国の人は知らないでしょうけど、中央大陸各地で亡者が大量発生して人口が半減して獣人社会もかなりやばいので一緒に今後の事を考えましょうっていえばいいじゃないですか」
「それはばっさり言い過ぎじゃろ!?もともと人間の魔術師どもが引き起こした問題ではないか」
「シャフナザロフ匿ってたのは獣人の大精霊じゃないですか。お互い潰し合って自滅だなんて馬鹿みたい」
「上から目線で他人事みたいに笑ってくれるが、いずれ亡者はお主の国にも到達するぞ」
「うちは大丈夫です。いざとなったらうちの女神様が綺麗さっぱり浄化してくれますし。皆さんも森の女神に宗旨替えしてはどうですか?」
マヤとゲルドがやんややんやと言い合っている内容をヴォーリャは耳聡く聞きとがめた。
「亡者がどうしたって?」
「獣人も攻めあぐんでいた要塞都市を亡者が陥落させていたんですよ。死んだ人がすぐに起き上がって一億人くらい亡者がいるかもって」
「亡者って西部の話だけじゃなかったのか」
「違います」
これまでの遠征隊の行動範囲に亡者がいなかったのでカイラス族ではあまり危機感を感じていなかった。
「それならここの襲撃に来たアイガイオンも亡者の筈。あたしらは確実に死んだのを確認したが襲撃に加わっていたらしい」
「どういうことじゃ?」
ヴォーリャもテネスも実際に遭遇はしていないが、ヴァイスラがアイガイオンと戦って最終的に火葬している事を伝えた。
「生者と亡者が行動を共にする?ありえるのか?」
「ヴァイスラさんは死体から変な蟲が湧いて出てきたのを目撃したらしい」
「それはどうした?」
「燃やしたって」
「賢明じゃが、惜しいな」
マヤはサンプルが欲しかった。
ヴォーリャもテネスも直接目の当たりにしていないのでマヤの質問にも答えられなかった。
「聞く限りアルメシオンとやらが死霊魔術師とは思えん。この地域でも亡者の感染が秘密裡に進行しているかもしれんとなると・・・今後他人との接触は気をつけねばならん」
「もう随分経つがウカミ村もバントシェンナ王領も亡者は湧いていないぞ」
「それでも気を付けた方がよかろう。遠くからでも亡者を見分けられたレナートと行動を共にすべきじゃな」
サリバンは勿論、東方から来た人々も頷いた。
故郷に持ち帰るわけにはいかない。
◇◆◇
そろそろ寝ようかという時になってテネスが皆にもう一つだけと口にした。
「見ての通りそこにもう一軒小屋を建てたんだが、今はここを襲撃した魔導騎士の一人サイネリアって女が寝ている」
「どういうことだ?」
復讐の対象を求めていたサリバンが憤る。
「その女が彷徨っている所を俺達が見つけた。ここを襲撃した時マリアと戦って引き分けたんだが、その後襲撃部隊の司令官を自分で殺してる」
「・・・どういうことなんだ?」
「それがどうも要領を得なくてな。自分でもどうしてあんなことをしたのか分からないと言ってる。騎士の名誉の為に手柄を欲したが、弱者を殺して名誉を失った。内心反対していたから上司を殺して止めたと言ったり、叛逆して名誉を失ったと悔いたり支離滅裂なんだ」
精神的に不安定なのかテネス達が聞くたびに言っている事が変わる。
「族長は、マリアはどういってる?」
「サイネリアの事は覚えてた。その女騎士とは正々堂々の勝負しかしていないし、虐殺に加わっていた目撃情報もないし、もう手打ちは済んだから好きにさせておけばいいと」
「大方罪悪感で気が狂ったんだろ。罪悪感を感じるだけマシだが殺してやった方がいいんじゃないか?」
「本人も殺して欲しいと言ってた。自殺は許されない罪だから裁かれたい、と。だが俺達は無抵抗の女を殺す趣味はない。それにさっきもいったがあまりにも不自然な状況でバントシェンナ王が利益を独占している事も疑っている」
ガンジーンの監視網を内部の情報を得ていたとはいえペドロやブヘルスがだし抜けるものなのか?
「サイネリアは次の戦いに備えて仮眠していた筈が、いつの間にか指揮官の首を切ってそれを持っていたらしい」
「なるほど・・・」
鷹がぴぃと鳴き、黙って話を聞いていた鷹の騎士が相槌を打った。
「何か?」
「夢魔メルセデスが眠っているその女に介入して精神を操った可能性がある。とっくに死んでいる本人ではなくともその弟子の組織がこの国に入った事は分かっているのだから疑うのはよい勘をしているといえよう」
一般人は第四帝国期最悪の魔女と呼ばれているメルセデスの事を知らないので鷹の騎士ラウルは簡単に説明してやった。
「14世紀の魔術師だが、ダルムント方伯家の屋敷の一つに幼い頃から幽閉されていた。しかし、何故か帝国各地で目撃情報があり夢の中で複数の人間に出会って政争に関与していたという。最も有力な選帝侯家の人間であり、実際に家から出たこともなく司法が彼女を捕える事は出来なかった」
夢の中で示唆を与えられた、行動を操られたと犯罪者が自白しても、その犯罪は実行犯のものだ。
彼女の関与を誰も証明出来なかった。
慈善活動に積極的で芸術家との振興もあり、多くの貴族、民衆のアイドルのような存在で司法は彼女への疑いを公言することも出来ず、犯罪者が自白することも減りそのうち司法界でも方伯家への政治的攻撃でばら撒かれた噂といわれるようになった。
「魔術師達の噂では彼女の術がより巧みになっただけでは?と言われた。そのうち最高評議長から下らない噂を止めるようにという意向が示されると帝国魔術評議会すら操っているのかとまで疑われた」
実際に会った事がない魔術師すら名前を出しただけでその容貌が思い出され、その姿は一致していたという。なんの関係もない自分の夢の中にまで現れて、その記憶を消されたのかと魔術師達は慄いた。
「自分が何をさせられたのか、犯罪者になってしまったのかという恐怖で皆、疑心暗鬼になった」
身に覚えのない請求書、会った事もない人間からの感謝状、タチの悪い噂だと言い合っていた事が自分の身に起きる。人身売買で検挙された者が出て、彼がそんなことをするわけがないと弁護していた友人も別件で検挙された。
「昔の話だが、そんな噂をされていた魔女の弟子達といわれているのがスパーニアの霊媒師ブラヴァッキー伯爵夫人、帝国の夢見術師コリーナ、青い涙の暗殺者アクア・トファナ。この女達はカルロの妻ヴィターシャ・ケレンスキーと関わりがあり、西方の終末教徒の一団とも結びついている」
◇◆◇
「そのサイネリアって女は拘束しておいた方がいいんじゃないか?」
話が一段落ついてからサリバンはそう提案した。
「魔導騎士を拘束?不可能だ」
「ならやっぱ殺すしか・・・」
「構わないが自分でやってくれ」
当然ながら寝ている無抵抗な女性を殺したい人間はここにはいない。
「疑心暗鬼になったところで寝ている間にしかけられる魔術は防ぎようもなかろ」
マヤはいちいち考えるな、と忠告した。
精神的に疲れている時は魔術への抵抗力も減る。ヴェラスは精神を惑わす事に長けた種族なのでマヤ個人は抵抗するのに自信もあった。
「しかしなあ・・・」
「レナートから加護でも貰っておくか、傍で寝ておけ。今は男じゃし」
「傍で寝ると何か効果があるのか?」
「神像のお守りみたいなもんじゃ。儂は毎日抱きしめて眠っておるから快眠じゃ」
「気休めかよ!」
皆不気味な思いをしながらこの日はサイネリアが眠っている家に外から鍵をかけ、狭い家に無理やり入って就寝した。




