第6話 遠征隊の帰還②
上空からだとカイラス山の位置は分かりにくかった。
森林限界を越えた高度の山に囲まれた多少緑のある山というのは他にも無数にあり、知った道を歩くのとは大分違う。
レナートは焦ってしばらくうろうろした後、渦巻くようなマナの流れを感じて方角のあたりをつけ、高度を下げ、覚えのある風景を探した。
ゲルドが樹木に宿る精霊達から人が住んでいる山を聞いてくれてようやくカイラス山に辿り着いた。
カイラス山竜顕洞の入口にはヴァイスラが育てていた寒い地域にしか咲かない花が一面に咲いていた。薬草にもならないし、花畑を作ると目立つのでヴァイスラの個人的な趣味で少しだけしか栽培していなかった筈なのに、それが何百と植えられている。
その花畑にいたのはヴォーリャだった。
「レン!」
「ヴォーリャさん!」
天馬から降りたレナートがヴォーリャに駆け寄って勢いよく抱き着いた。
「みょうちくりんなものに乗ってきたな」
「危うく撃ち落とすところだった」
隠れて弓を構えていたテネスも出てくる。
「どうしたの?見張りは二人だけ?この花畑は目立つと不味いんじゃ・・・」
「すまない。あたしが戻った時には事が終わっていた」
「終わっていたって?」
オウム返しに聞きながらも悪い予感は当たっているんだろうな、とは思った。
ケイナン達は捕まっただろうし、襲撃も既に終わって犠牲者は出ているだろう。
ただヴォーリャ達もいるし、目立っても構わないということは貴族達とは折り合いがついたのかな、とも思った。きっと敵にも酷い被害を与えてやったに違いない。
ヴォーリャは何度も心の中で練習した台詞がなかなか口に出せない事に苛立ちを覚え、しばらくして意を決しレナートの目を見つめてはっきり口にした。
「オルスさんは死んだ。酷い虐殺だったらしい。カイラス族は8割の人間が死んだ」
レナートの淡い期待は打ち砕かれた。
花畑は木々の奥にも続いており、テネスの視線の先には二百以上の墓がある。
「えっ・・・と、父さんが死ぬはずないよ。騎士にだって負けないんだから」
ヴォーリャは黙って墓まで歩き始めた。
「ヴォーリャさん!」
◇◆◇
ヴォーリャを追いかけて行ったレナートの後にはソフィアとゲルドが置いてけぼりになっていた。テネスが彼女達に事情を聞いた。
「君達は?」
「私は御天馬寮監のソフィア。こっちは妖精の民のゲルド。レンちゃんが故郷に帰る為に天馬を貸してあげたの」
「そうか。あの子を届けてくれて礼をいう。あの子は一人だったのか?」
「いえ、サリバンという方達も一緒よ。他にも東方人とか獣の民もいるけれど迷惑ではないかしら?」
「ここはもう誰の土地でもない。墓を荒らさなければ構わない」
「危険はないかしら?」
「特には。ただの山だ、獣に襲われる可能性くらいはあるがそれはもうどこでも同じだろうな」
◇◆◇
一ヵ所には収まらない墓の数にレナートは愕然として膝から崩れ落ちた。
オルスの墓も、長老達の名も、夫の帰りを待っていたアグノスと生まれたばかりの赤ん坊の名もある。
「落ち着いてから襲撃された場所に戻ったがアルケロとケイナンは見つからなかった」
「父さんは・・・本当に死んだの?こんなにたくさんどうやって殺されたの?」
「魔導騎士が十人以上いたらしい。オルスさんはそのうちの二人、アイガイオンとアルメシオンと戦って敗れた」
「あいつら・・・・・・」
ショックが大きすぎたのか怒りも麻痺してレナートはまだ呆然としていた。
ヴォーリャはレナートが状況を飲み込めるまで少し待ってから生存者の情報を伝え始めた。
「ヴァイスラさんは無事だ。ファノは皆とはぐれて一週間以上行方不明だったが・・・」
「どうなったの!?」
「ここの救援に来たバントシェンナ王の部隊にエンリルがいてな。あいつの鼻で見つけてくれた」
「そう・・・」
良かったとは口に出せなかった。
「ファノはジーンと一緒だったが、地震の時に出来た亀裂から未探索の地下に落ちて衰弱してた」
「それで?」
「衰弱して体がなんだか少し変わってしまっていてな。再建したウカミ村に住み続けるのは難しいかもしれない」
「どういうこと?」
「昔、魔獣に取り込まれちまった事があったろ?その時魔獣から何か貰ったみたいで角っぽいものが生えてきた。シェンスクの獣医に世話になっていたが健康には影響ないからってヴァイスラさんは引き取ったがファノは傷ついてる。周囲に敏感な子だからな」
「そうなんだ・・・」
言葉が少なく、反応も薄いがレナートはちゃんと聞いている。
ヴォーリャは少しずつ経緯を話し、少し遅れてやってきたソフィアは黙って聞き、ゲルドはサリバン達を誘導する為にいったん彼らの所へ戻った。
◇◆◇
「裏切者はペドロだった。ライモンドが暴れて殺された事をブヘルスが罪悪感から話してしまった。それ以来ずっと復讐の機会を伺っていたらしい。野草採集で自由に出歩けたブヘルスを使って神器を奪おうとしていたフィメロス伯に連絡を取り、敵を呼び込んだ」
「ほんとに?あの子の親もお兄さんも自業自得だったのに逆恨みしたの?」
「そうらしい。長老達が地下でエラムを目覚めさせてペドロや魔導騎士、敵の部隊の多くは死んだ。スリクやドムンは無事で隠れていたが、拾った孤児の中に半獣人の子がいて神鷹やその子がバントシェンナ王に援軍を頼んだがオルスさんは間に合わなかった」
生存者はマリアや早めに隠し倉庫に逃れた子供達、最深部で地竜の巻き添えを受けずに隠れられたヴァイスラ達の数十名だけ。
「ヴィーガやキレインも死んだ。サリバンに伝えるのは気が重いな・・・」
子供や甥達が死亡したと聞かされた時のサリバンの心境をヴォーリャは思いやった。
遠征隊に加えてやっていれば死なずに済んだものを、同じ部隊に入れる事は出来ない規則で今回は留守番だった。
「アグノスさんはまた妊娠してたのに・・・」
レナートは彼女の墓の名をなぞり生まれ出でる事の無かった命の冥福を祈った。
アルケロも無事とは思えないし、これで一家全滅だ。
「そうだったのか・・・」
「なんでそんなに殺す必要があるの・・・?」
ヴォーリャに問うたわけではなく、ただ世の無常さを問い質したい気持ちでレナートはぽつりと呟いた。
「みんなおかしくなっちまってるんだ。あたしらはもう皆とも暮らす気はない」
ヴォーリャとテネスはここで静かに皆の冥福を祈って墓と花畑の世話をしていた。
「ありがとうヴォーリャさん」
「お前はどうする?生き残りはウカミ村を再建し始めている」
「お母さん達が無事ならそこに帰るよ。でも大丈夫なの?」
「マリアが神器をバントシェンナ王に譲り渡す代わりにウカミ村の自治権を手に入れた。獣人が間違って手を出さないようにってエンリルが常駐してくれてる」
「じゃあ行ってくる」
レナートは立ち上がったが膝に力が入らずふらふらしてヴォーリャに抱き留められた。
「無理するな。今日くらいはここで休め。ヴァイスラさん達は無事だ。慌てなくてもいいんだ」
「そうだ。明日か明後日にでもサリバン達がついたら俺達も一度ウカミ村までお前達を送ろう」
テネスもここに留まるよう説得し、レナートはテネス達が作った粗末な家に入って休む事になった。




