表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天に二日無し  作者: OWL
第一章 地に二王無し ~後編~
215/397

第4話 シェンスクにて ~ドゥンのナグレブ~

 巨大な影がすばやく頭上を通り、ニキアス達が空を見上げた時には既にそれは通り過ぎていた。

シェンスクの城の屋上へ着地したようだが、ほとんど視認できなかった。

最後の城門を通り過ぎると、上階からは雄叫びが聞こえてくる。


「今のは?」


ただの猛獣の声ではない。

雄叫びに続いて振動も伝わってくる。何者かが戦っているのだ。


「俺もわからん。こんなことは初めてだ」


グランディの問いかけにニキアスも首を振る。

城内の獣人達も怯えていた。

それでも引き返す訳にはいかず、ニキアスは知人である山羊頭の獣人に状況を尋ねた。


「チョウドイイ。ドゥンノナグレブガキタ。ホウコクシロ」


他の獣人達も槍を構えて、イケ、イケと彼らを強引に最上階へと連行していった。


 ◇◆◇


 最上階は大型の獣人が暮らしやすいように改築されており、そこに大型の獣人が三体いた。

ニキアスも知っている巨牛人族のブリトゥとクジャトゥ。

それに先ほど上空を飛んでやってきたのが白虎に翼が生えたナグレブ。

ナグレブは牛人を叩きのめし、クジャトゥの片腕をねじ切って咀嚼していた。


ニキアスはグランディを後ろに隠し騎士達と少し後方へ下がらせた。

ナグレブは食べかけの腕を放り捨てて、また雄叫びを上げる。


”三年経って進捗なしとはどういうことだ!”


ナグレブは声帯の関係で人語を話す事は出来ず、魔術による念話で会話していた。

獣人の種族間の共通語として帝国語が使われている。追放刑を受けた帝国人を保護していたのと、何千年も帝国と戦って来たので公用語としてなにかと都合が良かった。

ほとんど魔獣のような出で立ちながらこのドゥン種というのがいかに強力で見た目と違い知能も高い事をニキアスは悟る。


「進捗が無い訳じゃない。三州以上は攻め取った」


ブリトゥは弁解するも、ナグレブはさらに怒り爪でその胸を抉る。


”たったの三州か!ここは百州くらいある国だろうが!何十年かける気だ!!」


「以上といっただろ!ほらそこの男に任せてある」


ブリトゥ達がバントシェンナ領に攻め込んで来た時はニキアスも彼に弟の腕を捥がれ父を殺され酷い目にあったが、今の情けない姿をみても満足感は得られない。

さらに恐ろしい獣人がこちらを振り向いたから。


「じゅ、十八州を占領しました。今日はその件の報告と割り当てのご相談に参りました」

グランディと正式に結婚する件も報告に来たのだが、それどころではなくなった。


”俺を騙そうとするなよ人間。三年かけてようやく三州攻め取ったと報告を受けたばかりだ”


「侵攻路がシャモア河とその先の要害で封じられていたから時間がかかっていたのです。そこを突破し、最近一気に版図が広がったのです。残りもすぐに攻め取って献上しましょう」


ニキアスは部下に地図を広げさせて示そうとしたが、その前にまたナグレブが雄叫びを上げる。


”俺を騙そうとするなといった筈だ!”


(見抜かれたか)


ダカリス地方への内応工作は女王ツィリアによる大規模な粛清で失敗した。

フロリア地方の工作は成功したが、エンマの帰還によりクールアッハ大公家が息を吹き返し、ショゴスと挟み撃ちにあって裏切者はこちらと合流する前に殲滅されてしまった。

ニキアスの弱気が見抜かれたのか、それとも情報を掴んでいたのかは不明だがナグレブは『すぐに攻め取る』のを嘘だと看破した。


「いましばらくお時間を頂きたい。この先は砂漠が多くさらに大地峡帯に阻まれ進軍は困難です」


”駄目だ!お前は信用できん!首を挿げ替える!”


ナグレブは熊のように二つの足で立ち上がり、腕を振るってニキアスの頭を薙ぎ払おうとする。


「っつ!」


騎士達が阻もうと動き出すのは遅れたが、代わりに獣人の魔術師達がそれをなんとか止めてくれた。

知己の山羊頭の獣人や蝙蝠の羽を生やした女性の獣人達である。


「コヤツハ、ヘルミア、ヤクカラ承認サレテイル」


”俺はドルガスの指示で来ているんだよ!”


「コヤツハ、先日ノ献上品ヲ届ケサセタモノ」


”む?あれをか”


少しだけナグレブの気勢が削がれた。


”もっと寄こせ”


「仰せの通りに致します。ですが希少品ですので強引に集めれば絶滅してしまいます」


”それはそうだな。どのくらい出せる?”


「月に一体なら・・・あぁ、熟成に時間がかかるのです。人間の料理人の技術はお気に召して頂けていると伺っております」


”足りん!”


「版図を広げる必要がありますが、ブリトゥ殿との協定でこれまでは私の部下だけで進軍していました。可能ならお力をお借りしたく・・・」


狂暴な獣人に侵攻させるのを出来るだけ避けてきたがもうどうしようもない。ニキアスも我が身が可愛いし、後ろには妻もいる。


”むう・・・”


ナグレブも学術的には魔獣というべきか曖昧だが、虎系統の獣人なので砂漠を越えるのは嫌がった。

ドルガス達がこの国に侵攻するのを半獣人のグループにやらせているのも自分や子飼いの部下が砂漠や荒野を侵攻するのをめんどくさがっているからである。


”シャバービ。貴様らは?”


「コノ高地地方ノ植物ノ多クガ毒ヲ含ンデイテ、ヨソ者ノ侵入ヲ拒ンデイル」


捕食型の獣人は多くないのでシャバービ達のような草食型の獣人が人間の軍隊でいえば歩兵の役割をしている。征圧地域の人間を食らえばいいナグレブ達と違ってシャバービ達には兵站の確保が必要だ。


「コノ国ハ広大イスギル。水源ガ少ナク、植物ハ自衛ノタメ強イ毒ヲ持ッタ」


この地域の動物は水をあまり飲まなくてもいいように、食物から水分をよく吸収するように進化している。一部の動物は毒にも耐性を持つようになったが、極北から来た獣人達にはその耐性が無い。


「しかしようやく少数精鋭であれば十分な兵站を確保出来るようになりました」

「トイウコトダ」


現地の他の獣人達もニキアスに同意している事を理解したナグレブは振り上げた拳をひとまず下した。


”では貴様とブリトゥは南北を手分けして攻めろ”


「御意に」

「わかった」


しばらくは新たに加わった家臣を尖兵として侵攻させるつもりだったニキアスはこれでまた強行軍を命じなければならない羽目になった。

とりあえずこれで納得して帰ってくれるか、と思ったのだがナグレブは鼻をくんくんとさせ、後ろに匿われているグランディに気が付いた。


”なんだ上手そうな肉を持ってきているんじゃないか”


ニキアスを押しのけてのしのしと彼女のもとへと向かう。


「護れ!」


獣性の高まりを感じ、ニキアスは咄嗟に騎士達に命令を出した。

普段は獣人に面従腹背の騎士達も主君の命があれば立ちどころに闘志を剥き出しにする。

主君の妻を守ろうと一斉に剣を抜いた。

ナグレブは騎士達を面倒そうに振り払い、グランディに手を伸ばす。


「そこまでじゃ、このけだものが」


ひらひらと飛んできた蝙蝠がナグレブの額に体当たりしてそれを止めた。

ナグレブがそれを掴もうとするが、簡単に躱されてしまう。


”邪魔するんじゃねえ!マヤ!!”


「ほ、ほ、ほ」


蝙蝠は変化を解き、翼を生やした獣人の姿となる。


「神器なんぞ使うものかと思っていたが、変化してもついてくるというのは便利なもんじゃ」


”何しに来た?ここはドルガスに命じた筈だ”


「少々予定が変わってな。服従する限りしばらくここの人間を無用に食うな」


”俺の食事の邪魔をするってのか”


食事の邪魔をされた肉食獣の怒りは恐ろしい。先ほど食べたクジャトゥの腕の血がまだ口元を赤く染めている。


「メシなら反抗しておる連中がまだいるのじゃろ?そっちで狩りでもしてくればよい。自分の翼でな」


マヤの後ろには続々と獣人達が集まってきている。大精霊直系の子と争う愚をナグレブは避け、憤然として飛び立っていった。


 ◇◆◇


「有難うございます」


翼と角を生やしているが顔立ちは普通の人間の女の子なのでグランディは庇ってくれたお礼を言った。


「うむ。無駄に血を流す趣味はないからの」

「あの・・・貴女は半獣人の方なのですか?」

「そうじゃ。しかしお前達に好意的とは思わんことじゃな。儂はマッサリアの王女マヤじゃ。貴様ら帝国人に何百万人も虐殺された土地の、な」


グランディは言葉少なに頭を下げた。


「儂はしばらくこちらに滞在させてもらう」

「とても心強いです」

「ふ」


牙をちらりと覗かせてマヤは小さく笑った。


※ドゥン

四凶の一つ「窮奇」

海内北経にある翼の生えた虎がモデル。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、ご感想頂けると幸いです

2022/2/1
小説家になろうに「いいね」機能が実装されました。
感想書いたりするのはちょっと億劫だな~という方もなんらかのリアクション取っていただけると作者の励みになりますのでよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ