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天に二日無し  作者: OWL
第一章 地に二王無し ~後編~
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第3話 ニキアスとグランディ

 春になるとニキアスとグランディは護衛を連れてヴェニメロメス城からシェンスクへいくつかの報告の為にやってきた。


「悪いがここからは徒歩になる」


シェンスクが視界に入ると全員に下馬を命じ、グランディも馬車から降ろした。


「まだ城内までは遠いようですが」

「ここには人馬族もいる。彼らは人間が馬に乗ったり荷物を引かせているのを見ると怒るんだ」

「王である貴方に対しても?」

「分かってるだろう?いくら協定を結んだところで、怒らせればすぐに忘れられ、死んだところで顧みられない程度の立場だと」

「完全にもう彼らの天下なのですね」


これまでに獣人と共に歩く巨大な魔獣を何度も見かけた。


「そういうことだ。我々はもう彼らの家畜も同然。だが、まだ我々は餌扱いされないだけマシさ」

「四級市民は彼らへの生贄なのですよね・・・?」

「だが納税の義務はない。法の保護下にもない、ある意味完全な自由市民だ。」


拡大した領土において千人ずつの市民集団に順次区分けが進んでいる。

第四市民階級は神獣への生贄、繁殖、強制労働の対象だが、納税の義務はない。

領内においては自由に振舞って良い。

支配者の獣人に反抗するのも、へつらうのも自由。

他領への移動だけは不可だが、強制労働に駆り出されている時は別である。


「領主の獣人の奴隷ということですね、いつ食い殺されるかも分からない恐怖に怯えて暮らす」

「食人を好む獣人の被害は限定される。そして広がった支配地に小集団ごとに散る」

「・・・そうなりますね」


第三市民階級は納税の義務もあるし、家畜を持つのも制限されるが支配者の獣人の同族で無ければある程度許される。数は多いが、第四市民が減ったら補填される為にすぐ転落させられる危うい立場だ。そのさじ加減は獣人次第で強制労働にも使われる為、安楽ではない。

これまでに敵対したものの多くはこの階級だ。

武装は許可されないが志願者は市民軍に入る事が出来る。


第二市民階級は数が少ない。

バントシェンナ王の直臣達で一度は逆らったカーバイドと領民達も今は格上げされてここに所属している。獣人から不当な扱いがあればバントシェンナ王に直訴する権利もあった。

なるべく温厚な獣人が支配者となるようニキアスも手配しどうにか文化的な生活は送れている。

武装も許され、兵役の義務を負う。


第一市民階級はニキアス達自身。

シェンスクに住む権利を与えられているが、好き好んで住む者は少ない。

兵器の生産も許可されている数少ない都市の市民達だ。


「いずれ獣人が繁殖して第三階級も実質第四階級になりますよ」


外敵もなく子育てにも適した環境を得た捕食型の獣人はあっという間に増えるのではないかとグランディは懸念する。


「その前に味方を増やす」

「味方?」

「自然界と同じだ。捕食型の獣人は強いが、その分他の獣人にも警戒されている。大精霊とかいう頭目でも捕食型は一人・・・一匹というべきか?・・・とにかくそれだけだ」

「先日ドムン君が指名手配中の殺人鬼を始末したそうですが」

「そうだ。シェンスクからも見放される凶悪な獣人がいる。割り当てられた縄張りから逸脱するものや、第二階級以上の土地で殺人行為をするものはこちらが処理して構わない、出来るものなら、という条件付きだが許可を貰っている」


 シェンスクまで近づくと、以前より巨大な壁に覆われて他の都市まで続くように延伸工事中だった。各地から強制労働者が集い、門前には市場が形成されて獣人も多く活気がある。

何かのスープを美味しそうに飲んでいる労働者や食べ歩きをしている獣人もいる。

人間から剥ぎ取ったらしい服や宝飾品を物色している者や、解体された肉をかついで市内に持ち込む業者もいた。


「市内ではああいった場所は無いのですか?」

「シェンスク内で血を流す事は禁じられているからここで処分して買い取られる。市内には市内で別の市場があるさ」


少し離れた所に屠殺場があり、悲鳴が聞こえたり血生臭い。

助けを求める声にグランディは耳を塞ぎ足早に通り過ぎた。


「意外ですね」

「多種多様な獣人がいるから仲間割れを避ける為にそうなったんだ」

「理知的で残念なことです。彼らはどんな肉を好むのでしょう。家畜で満足してくれればいいのですが」

「人間と同じ若い雌の肉。それもマナが濃く、かつ狂化しにくい上質の肉さ」


 ニキアスは門を警備している蜥蜴人族に挨拶し、シェンスク市内に入った。


 ◇◆◇


「これは・・・意外です。彼らは普通に都市生活を送っているのですか?」


市内の商店街の経営は普通に獣人が行っていた。


「貨幣はないから物々交換だな、人間の芸術作品を気に入った奇特な奴もいる」

「なるほど・・・。時間をかければ味方も増えるのかもしれませんね」

「ああ、だが人間を捕食対象とみなしていなくても強い恨みを持った奴は多い。数世代後に期待しよう」

「恨みとは?」


立場が逆では?とグランディは訝しがる。


「獣人達にも人間のように結婚式みたいな事をする一族もいるらしいが、会場に『祝砲だ』といって帝国軍に大砲をぶち込まれたらしくてな」

「・・・・・・」


いくら敵とはいえそれが人間のやることか、とグランディは唖然とした。


「講和も破談。騙し打ちを喰らった我が子の一族の惨状に怒り狂った頭目は帝国軍を破って自由都市の市民まで数万人は殺したらしいな」

「無関係な人達までですか・・・」

「俺達に彼らの区別も出来ないし、彼らにもそんなことは望めない」

「お互い理解し合わなければ・・・いけませんね」

「お前も少しは変わってくれて嬉しいよ」


皮肉屋のニキアスは理解し合う時間は五千年間たっぷりあった、と心の中だけで呟いた。


 ◇◆◇


 大通りの商店で取引の内容に納得がいかなかったのか、怒り出した人虎族の男が突然鼠顔の男に頭から噛り付いた。大きな爪を喉に食い込ませ、握りつぶし、頭を脊髄ごと引っこ抜いて血をごくごくと飲み始める。近くの商売人達は慌てて荷物を蹴散らしながら逃げ出した。


(騒ぐなよ)

(え、ええ)


人虎族の男は死体を捨てて、口の周りに付いた血を舐めつつグランディの隣を通り過ぎていく。

ニキアスはグランディを勇気づけるように手を握って自分に引き寄せた。

獣人はニキアスと護衛達の装備から漂う鋼の匂いにしかめっ面をして、大きく咆哮を上げた。

怯えた声をなんとか喉奥に閉じ込めたグランディの隣を獣人は結局何をする事もなく通り過ぎ、彼女はほっと胸を撫でおろした。


「あの咆哮を聞いた瞬間、自分の周辺からマナが消え去ったのを感じたか?」

「ええ」

「そこらをうろついているあの雑兵程度でも魔導騎士とは五分に戦える。昔、皇都の闘技場で見かけた弱り切った獣の民とは違う」


彼らが市内を進むと前方から人馬族の一団がやってきた。


「あれは人馬族だ。見ての通り馬の首から先が人間の上半身になっている。知性が高く穏やかで友人としては申し分ない。無論人間を喰らったりもしない」


獣人間の流通や伝令役も務めて重宝される一族だ。

巨大な一族もいるし、手先も器用で獣人の中でも有力である。


「全員が全員人間を食う恐ろしい種族ではないのですね」

「そうだ。我々帝国は人類の盟主として外国から貢納を強いる為に彼らを残虐非道、狡猾、条約を破る信義のおけぬ・・・」


蛮族と言いかけてニキアスは一度言い直した。


「ヤカラだと定義した。支配するのに都合が良かったからだ。しかし、そう定義したおかげで彼らは帝国に侵入した際に恐れられた通りに振舞った」

「・・・・・・」

「過去の常識は忘れろ。猛獣を人間の定義でひとくくりに判断したのが間違いだ」

「私にはとても難しいです。父や多くの人々が実際に虐殺されたのですから」


推定で既に何千万もの人命が失われている。グランディは理解しようと務めているものの、なかなか同意できなかった。


「愛しいグランディ。それならそれで構わない。一生をヴェニメロメス城で籠の中の小鳥として生きていく事も出来る。他の高貴な女性達と同じように」


ニキアスが獣の民に忠実である限り彼女は安全だった。もう自ら戦う必要もない。


「私は人々を指導して貴方と戦い、破れ、降伏を呼びかけたのです。今さら目を背ける事は出来ません」

「なら俺と共に歩み、悪を為し、人々に恨まれてくれ」

「悪、ですか?」

「俺は人間の常識からすれば悪行をしていることくらい分かっている。変わる事が出来ない旧人類を俺はもう見捨てた。割り切ってはいるが、やはり理解者は欲しい」


先ほどからずっと握っていた手をニキアスは胸の前まで引き寄せた。


「貴方の妻になることに同意したのです。貴方に命じられるがまま降伏の条件を諸侯に送ってしまった私はもう後戻りできません。時間はかかるかもしれませんが貴方を私の夫として王として支えましょう」


喜んだニキアスはその場で彼女に口づけをしてしまう。さすがにグランディは嫌がったが、振りほどけずされるがままとなった。


「やあ、ニキアス。そちらのお嬢さんが君のつがいか?」


二人が話していたところ、人馬族の集団がすぐ側まで来ていた。

そしてそのうちの一頭が世間話を始めてきた。


「これはガ・ウル・ナクサス。ブリトゥに顔見せしに行くところです」


ニキアスは慇懃無礼に礼を取り、グランディも目礼する。


「良かったな。今日は機嫌がいい。しかし今度からはメスは連れてこない事だ」

「そうします」


それだけ言ってガ族は去っていく。


「本当に穏やかに会話が出来る種族もいるのですね」

「ああ、彼らはもともと人間の自治区の面倒を見てやっていたらしい」

「自治区?」

「東ナルガ河の奥地にあったそうだ。帝国追放刑を喰らった連中や、指名手配犯、脱走兵などが獣の民の縄張りに逃げ込んで、集まって生き延びていた。獣の民の指導者は何かの役に立つと思ったらしく彼らを保護していた。いくつか自治区があって合計で何十万人もの人口に達していたらしい。サウカンペリオンが落とされたのは彼らの貢献が大きいとか」

「そうでしたか・・・。しかしそれでは女性が少なすぎて人口を維持できないように思いますが」


凶悪犯罪者や脱走兵、それに追放刑を受けるのはほとんど政治犯で男ばかりの筈。


「獣の民と恋仲になった場合もあるようだ。それに東方圏や北方圏のナルガ河沿いにある国々から女を拉致していたからな。だからここには半獣半人が多い」

「彼らと恋愛関係が成立するのですか?」

「あれだけ理知的に会話出来ればそりゃ出来るさ。それに第一、相手の意向など無視する場合もあるだろ?お嬢様には想像も出来ないか?」

「・・・それくらいわかりますとも」


少々顔を赤らめてグランディは答えた。


「お前の事は俺と騎士達が死んでも守るが、一応フードでも被っておけ。ま、彼らの嗅覚を誤魔化すのは無理だが」

「ご親切にどうも」


無駄でも一応グランディはフードで長い髪を隠した。

人馬族は先ほど血を流した人虎族の男を逮捕しにきたらしく、向こうで争いが起きている。


「・・・なるほど。一応秩序は守られるのですね」

「ここは半獣半人の獣人に与えられた地域だからな。帝国でも肥沃とはいえない土地だから丸投げされたようだ。侵攻が遅れていても放置されていたのは彼らにやる気がないから、というのもあった」

「やはり、いつどうなるかは彼らの気分次第ですか」

「そういうことだ。今のうちに彼らをよく知ることこそが生き延びる道だ」


ニキアスはここには人間の獣医がいる事も教えてやった。


「獣医?」

「学問、特に医学についてはさすがに人間の方が発展しているからな。かなり大事にされている。奇跡の巫女だとか信仰さえされてる。すぐ向こうにある家のなんといったかな・・・」

「ノエムという獣医です、陛下」

「ああ、そうだそうだった」


ニキアスは家臣に指摘されて思い出した。


「シェンスクとバントアンバー子爵領だったユランに住まいを持つ一級市民でな。車椅子の女と暮らしている変わった奴だ。始終獣の匂いをさせているせいか、敵意を持たれなかったらしく所帯さえ持っている。まあ所帯といっていいのかどうか連中の概念はよくわからないが」

「け、獣の民とですか?」


強制されているわけでもなく好き好んでそんな事をする女性がいるとは驚きだった。


「興味があるのなら訪ねてみるか?」

「い、いえ結構です」

「ちなみにカーバイドの主君だった子爵領を今支配している半獣人の妻も生粋の人間だ。いずれこうして混血が増えていくんだろうな」


※判事領三姉妹はもう出てこないです。


さて、序章約100話分の修正が終わりました。

後半になってくると誤字は減ってきましたが、句読点の使い方がおかしかった部分や文章がくどかったりした部分などを修正しました。

あと100話・・・頑張ろう。



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2022/2/1
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