第2話 ドムン・ローライトの叙勲
「腕を上げたな、ドムン」
「まだまだです、カーバイド様」
ガル判事の城を落したのはカーバイドの騎士隊とメドンら工作班の特殊部隊だった。
外の軍勢を対峙させている間に魔導騎士達は城に侵入して主要人物を拘束した。
ガードルーペはさすがに侵入に気づいて迎え撃ったが、ドムンによって倒された。
「神器の支援があったとはいえ真向勝負で倒したのはお前の腕あってこそ、だ。誇っていいぞ」
「有難うございます」
「母君の家を継ぐことになったのだし、陛下に謁見したら正式に騎士として叙勲して頂けるよう申し上げておく」
「俺が・・・?いや、私が?」
カーバイドから教えを受けてはいたが、礼儀作法も何も知らず、学もないドムンが騎士叙勲はさすがにまだ早いのではと困惑する。
「陛下の甥を見習いとして扱わなければならないこっちの事も考えろ」
旗下に加わる貴族が増えるにつれ、絶対的な君臨者として王権の神聖化が始まる。
親族にへつらう者も増え、カーバイドの面倒も増えた。
「今後は同僚として苦労を分かち合いたいものだ」
「はあ」
「この後はクールアッハ大公ですか?」
「どうだろうな。シェンスクの意向次第だな」
行政官達は官僚が不足しており実効支配、管理も出来ない事から支配地を広げる事に反対している。
軍人たちは裏切者だらけの土地を越えて、各総督の本国へ攻め込むのはリスクが高すぎると反対していた。ニキアスはシェンスクを宥めながら現実的なラインを模索している。
エンマの帰還で力を取り戻したクールアッハ大公家を潰すのを優先するか、士気盛んな彼らは後回しにして他の土地の征服を急ぐか、あるいはどれも形だけにしてこちらは一度後退して支配地の確立を行うか。
「陛下のおかげで虐殺を免れているなど、誰も思わないだろうな」
支配が難しいなら管理できる数まで人口を減らしてしまえ、というのがシェンスクの意向である。
河の流れを操り、地震を起こし、岩を砂とすることもできる神器を手にした今、やろうと思えば簡単に出来る。
己の地位安泰の為であればさっさとやってしまえばいいのだが、人類の未来を思えばバランスを取りながら支配を進める必要がある。
「陛下には頭が下がります。ですが彼女達は少し不憫ですね」
「貴族の義務と言う奴だ。忘れてしまえ」
◇◆◇
「偉そうなことをいっておいて、いざとなったらこうして婦女子を人質に出すなんて情けない!」
揺れる馬車の中で怒りの声を上げているのはエッゲルトの長女イレーネ。
「やれることはやった上での事ですから仕方ないではありませんか、お姉様」
「グフィタ。わたくしはまだ良いのです。政略結婚で望まぬ所へ嫁がされるのは覚悟していましたから、でも貴女やズテンカにはまだ早いでしょう」
「やっぱり私達はバントシェンナ王の家臣に下賜されるのでしょうか」
「彼の下には盗賊の頭だの強盗騎士だのが集まっていると聞きます。裏切者や下賤な者達から忠誠を得る為に高貴な私達の血を利用するつもりでしょう」
「ガードルーペ様を倒したのも平民の成り上がり騎士見習いだとか」
年寄りでも醜男でも貴族なら許せたが、平民に与えられるのは我慢ならない。
「彼女も口ほどにもありませんでしたね。まあでも騎士見習いに嫁がされるならまだマシかもしれません」
「どうせなら私はバントシェンナ王の後宮に入れて貰いたいです」
「まあ!なんてことを!」
イレーネはそういったふしだらな関係になるくらいなら平民でも正規の妻として尊重されたい。
「正妃のグランディ様もまだ予定というだけですし、ひょっとしたら立場を逆転できるかもしれませんよ。私が思うに彼女はもう用済みな筈です。最後まで抵抗したのにお父様には領地をそのまま統治してよい、との事ですし明らかに別格な扱いです。私達がうまく取り入れば正妃になれるかも」
「私達って・・・まさかわたくしにも後宮入りを目指せ、と?」
「だって私やズテンカではまだ大人扱いして貰えないかもしれませんし」
グフィタは一応世間一般的に結婚可能な年齢に達していたが、ぎりぎり引っかかる程度に若い。
ズテンカは論外だった。
「わたくしは嫌です。男爵風情に媚びを売るなど!」
自分の将来の容姿に自信はあっても、今はまだまともな大人の男には相手にして貰えないと思うグフィタはどうにかして姉の考えを変えさせようと食い下がる。
「でも幼いズテンカの為ですよ?あの子はまだ政治も何もわかりません。嫁入り修行もしていないあの子がどんな扱いを受けるか・・・」
地位や顔が良ければいい嫁ぎ先が見つかるというものではない。
フォーンコルヌ王国は法の神を守護神としているとはいえ帝国を構成する国のひとつ。大地母神の賢母の教えは根強く残っており、未熟な娘は政略結婚に利用される際にも格落ちとなる。
「でも・・・わたくしがバントシェンナ王に気に入られるでしょうか?」
「大丈夫ですよ、お姉様の美貌は皇国随一、大地母神に勝るとも劣らない恵まれたご容姿をしていらっしゃいます」
帝国人は若干太り気味だが、イレーネは流行りのほどよく引き締まった体をしている。
妹が褒め讃える通り美貌も優れ、総督らの権力から独立しているガル判事領の娘で無ければとうに嫁ぎ先が決まっていた。
「まあ、わたくしも平民の妻よりは王妃の方がいいですが・・・」
「王のおわすヴェニメロメス城についたら私も女官達にお姉様を推しておきます。よそのお嬢様を預かって世話していた事で他の候補者より私達の方がずっと優位ですよ」
辛く苦しい時代だったが、強かな女性達は敗北してもなお野望を胸にバントシェンナ領へ向かった。
ようやく序章40話まで誤字修正を行いました。
改めて読んでみると意外と序盤からちゃんとあれこれ説明してました。
最近ちょっとくどかったかも。




